第79話 家族との語らい(9歳)
サミュエルはすでに1年以上続けている朝の鍛錬とお祈りを終え、納品の受け取り作業をしていた。
「さ、最近少し涼しくなりましたね」
「そうですね。この時期は雨も多いですけど、農家のお父さんもまだまだ忙しいんですか?」
「はい!だから代わりに私が来てるわけで……その……」
親孝行な農家の娘と日常会話を交わし、その日の納品を終えると、ルシアンのもとへ報告に向かった。
「サミュエル。お前の家族がマルシュブルグに来ているんだろ?家族が帰る日までは、午前の作業が終わったら家族の所に行っていいぞ」
「いいんですか?」
「姉の結婚式が終わるまでだろ?ならそんなに長くはねえ。会えるうちに会っておけ。それと俺もあとでお前の両親と会って、お前のことも話さないとな」
ルシアンはそんなことを言い、クツクツと笑う。
悪いことをした覚えはない。それでも自分の知らないところで、自分の日頃の様子を両親に話されると思うと、どうにも落ち着かなかった。
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午後からは早速、家族たちが滞在しているルーカスの家へ向かった。
久しぶりに顔を合わせたこともあり、近況を語り合う内に話題は自然とサミュエルへ移っていく。
マルシュブルグでの暮らし、工房での仕事、そして王都での出来事――。
一通り話し終えると、真っ先に反応したのはマイケルだった。
「サムは王都に行ったのかー! いいなあ、俺もいつか行ってみたいな!」
ほとんどがヴァロン周辺しか行ったことがなく、マルシュブルグにも今回初めて来たマイケルが一番食いつく。
「王都はどうだった?」
「凄かったです。本屋も大きかったですし、王城の書庫にも入らせてもらいました」
「いいなあ。私はまだ王都に行ったことがないんだ」
ルーカスが少し羨ましそうに笑う。
「そうなんですか?」
「辺境伯家の傍系だからね。王都とはあまり縁がないんだ」
そのやり取りを聞いていたエドワードが、ふと思い出したように口を開く。
「そういえばルーカス殿。貴族学校へは進まれなかったのかな?」
「ああ、はい」
ルーカスが自身の経緯について説明する。
「私はマルシュナト一門として、本家の下で働く予定でしたからね。それに傍系の私には王都で人脈を作る必要はあまりありません。学費も決して安くはないから、お祖父様たちも私も行かなくていいと判断しました」
「なるほど……」
「そういえばお父様やお祖父様は行かなかったのですか?」
サミュエルの質問にエドワードはやや苦い顔をする。
「お祖父様は貴族学校へ通う年齢の頃は、まだ騎士爵家だったからね。男爵になったのはその後だ。私は男爵家の嫡男だったが、やはり学費の問題があった」
今でこそ以前よりは金銭的余裕は出てきている。それでもマイケルやサミュエルを通わせるほどの余裕はまだない。
「それに……男爵家の息子が行ったとしてもきっと肩身が狭い思いをしただろうと今ならわかるよ。だから行かなくてよかったと思うよ」
王都での生活に憧れはあった。しかし大人になるにつれ、自分の家格では肩身の狭い思いをするだけだと理解するようになっていた。
「貴族学校ということは、平民は入れないんですか?」
サミュエルの素朴な疑問に、エドワードは首を横に振る。
「いや、学費さえ払えれば平民でも入学できる。実際、大商人の子どもが通うこともあるそうだ」
「ただ人数は少ないとは聞くね」
ルーカスが言葉を継ぐ。
「王都で人脈を作るための学校だからね。高位貴族との繋がりを必要とする家でなければ、そこまでして通わせる意味はあまりないんだ」
「そうなんですね……」
自身には縁がなさそうな話だとサミュエルは思った。
貴族学校の目的は人脈作り。魔術具の開発ならいくらでも考えられるが、人と積極的に関わって関係を築くのは、あまり得意な方ではなかった。
「サムも貴族学校に通いたくなったかい?残念だけど、マイクを通わせる余裕もまだないからね。ちょっと難しいかな」
マイケルは次期領主のエドワードの後継として領地で頑張るだろう。そして自分は師匠の下で研鑽を積み、いずれはヴァロワール領のために兄を支えていきたい。
そんなことを漠然と考えるようになっていた。
「俺は王都で貴族と付き合うより、剣を振って魔物領域を切り開くほうが性に合ってる!」
突然飛び出した兄の言葉に、サミュエルは思わず目を丸くした。
「魔物領域を……ですか?」
魔物領域――世界中に点在する魔物が多く生息している地域のことを指す。
人が足を踏み入れるだけで、本能的に普通の森とは違うと感じるほど異様な空気に包まれているという。
ヴァロワール領の南東にも、その魔物領域が広がっていた。
人類未踏とされるその地を支配している魔物を討伐すれば、魔物領域はただの土地へと変わる。そして切り開いた土地は、功績としてその者へ下賜される。
もっとも、実際に魔物領域を切り開いた者は、歴史上でも数えるほどしかいない。
「マイクがそれをやってくれれば、ヴァロワール家も男爵から子爵になれるかもしれないな。でも無理はするなよ。死んだら元も子もないからな」
エドワードは決してマイケルの野望を否定しない。だが大事な息子の一人であるため、軽く諌めるように伝える。
「将来の夢もいいけど、マイクもそろそろ婚約者を見つけてあげないといけないわね」
レベッカに現実的な問題を突きつけられ、マイケルは眉をひそめた。
「そ、それはまだ早いかなーって……」
「なにを言ってるんだマイケル。僕12歳の時に君の姉上と婚約話が持ち上がったんだ。14歳なら早くはないさ」
「もしかして……気になる娘がいるのか?」
「べ、別にそんなんじゃないよ!」
そのマイケルの反応にエドワードは察した。
「そうか、ならよかった。子爵位までの貴族家の娘なら相手に婚約者がいないというのであれば父さんは応援するぞ。伯爵以上は……うちで付き合いがあるのは辺境伯様ぐらいだからまずないだろう」
「……平民だと?」
「平民なら正室は無理だ。貴族教育を受けてない娘では本人も不幸になってしまう。よくて妾だな」
その話を聞いてマイケルは落ち込む。サミュエルですらその反応がどういう意味か理解してしまった。
「まあ……いまの我が家がこのまま成長すれば、お前が次期領主になったぐらいには妾の一人は養えるかもな。俺は……うん、そんなつもりはないから安心していいぞ」
エドワードはマイケルを励ましたつもりだったが、妻であるレベッカの視線に耐えきれなかったようだ。
「あと大事なことだが……相手が婚約していたり、お前の正室となる娘が妾を認めなければ諦めろ。いいな?」
「そ、そんなんじゃないよ!ただ気になっただけだから……」
どうやらマイケルの恋愛事情は前途多難なようだ。
自身には恋愛話は無縁のため気楽に聞いていた。
「それで……サムはどうなの?こっちで気になる子でも見つけたのかしら?」
今度はミシェルがサミュエルに話を振ってきた。
「特にないですよ。周りにいる女性って子どもがいるハーフリングとドワーフの人だけですから。あとは仕事で付き合いがある人ぐらいです」
「そうよね。9歳のサムにはまだ早かったわね……」
「でもサミュエルはエレノアと仲がいいみたいじゃないか」
ルーカスがそういえばと思いついたように知っている人物の名前を上げたため、ミシェルが食いつく。
「ルーカスさん。その方はどんな方ですか?」
「辺境伯家の直系の僕の従姉妹だよ。歳は今年でたしか8歳だったかな?お祖父様も可愛がっているようで、よくサミュエルの世話を焼いたという話をしていると聞いたよ」
世話を焼いているのは自分のほうだと思うが、それはひとまず置いておこう。
「ルーカスさん……エレノア様の性格をご存知ですよね。あれは世話を焼かれているというより、振り回されているだけですよ」
サミュエルはさらに家族にも勘違いされないように情報を付け加えることにする。
「それにエレノア様は第三王子と婚約しているのに僕にどうこうできるわけないですよ。身分も違いすぎます」
「ええっ!第三王子様と!さすが辺境伯家のご令嬢ね……」
「それでも縁があるというのは大切だ。人との縁は大事にしておけ」
母は辺境伯家の令嬢が第三王子と婚約していることに驚き、父は息子に将来に繋がるかもしれない縁ができたことを喜んでいた。
家族との再会を楽しみながらも、サミュエルにはもう一つ気掛かりなことがあった。
辺境伯家で試験中の片手用改良送風具――その評価も、そろそろ届く頃だった。




