第78話 マルシュブルグでの再会(9歳)
片手用改良送風具、いわゆるヘアドライヤーの設計をしてから数日後――
ヘルガやルシアンに相談したおかげか、特に苦労することもなく完成した。
「師匠、先日相談した魔術具が完成したのですが……」
「もう完成したか。どうだった?」
「動作に問題はありませんでした。ただ……僕だとまだ検証不足なんです」
サミュエルは自身の髪が短いため、髪の長い女性でなければ十分な検証ができないと考えていた。
そこでルシアンへ相談することにした。
「そうだな……うちの工房の女どもは魔術が使えん。レオン様に持ち込んで辺境伯家の使用人に試してもらおうか」
「いいんですか?」
「安全性の確認は終わったんだろ?だったら問題ない。それにお前の話通りなら、貴族の子女に売れる商品になる。ならレオン様も協力してくれるだろう」
ルシアンがそう言うと、レオンにアポイントメントを取り、夕方頃なら会えるとのことだった。
そうして約束の時間になり、辺境伯家の執務室でレオンに魔術具の説明をした。
「なるほどな……たしかに髪の長い女性にとっては嬉しい魔術具だ。それをうちの使用人で試して欲しいと」
「はい、仰るとおりです」
「安全性には問題ないのだな?」
「はい、私自身で試しましたが、問題ありませんでした。ただ注意点としては筒の部分が熱くなるため、使用中はそこには触れないようにというぐらいでしょうか」
温風を出し続ける構造上、どうしても付近が熱を帯びてしまう。冷暖房具なら意図的にでなければ触れることはまずない。だが今回の魔術具は片手で扱うものだ。どうしてもそのリスクは付きまとう。
「わかった。ただし条件がある」
「なんでしょうか?」
「製品化した場合、一台譲ってほしい。二台目以降は通常通り払うのでな」
サミュエルはルシアンのほうに「それで問題ないか」と視線を送る。それに気づいたルシアンが軽く頷いた。
「承知しました。製品化の際には辺境伯家に一台、協力して頂いた対価として納品いたします」
「ではそれで頼む」
レオンは一つ頷くと、何かを思い出したようにサミュエルへ視線を向けた。
「ああ、そうだサミュエル。これは別件なのだが……」
どうやら別の話題をサミュエル個人に伝えることがあったようだ。
「近日中にお前の姉が家族と共にマルシュブルグにやってくる。ルーカスたちと一緒に出迎えてやれ」
それはサミュエルにとって慶事であった。
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さらに数日後、サミュエルの家族がマルシュブルグに到着する日に、サミュエルはルーカスの家族と一緒に出迎える準備をしていた。
「サミュエル。久しぶりだね」
「お久しぶりです。ルーカスさん」
「ルシアンさんに弟子入りして、マルシュブルグに来ていることは知っていたけど、私の所にも顔を出さないだなんて水臭いじゃないか。君の未来の義兄なんだから」
「すみません……お仕事の邪魔をしたら申し訳ないかなと思って……」
事実ではあったが、会ってもなにを話せばいいのかわからず、そのまま会う機会を逸したまま今日を迎えてしまった。
「それとレオンお祖父様から色々話は聞いているよ。まさか2年足らずでもう実績を出すなんて凄いじゃないか」
「いえ……師匠や工房の人たちのおかげです」
これも事実として、自分一人では改良送風具や冷暖房具の製作は無理であった。様々な人の助言や協力があったからこそできた物だと認識していた。
「お祖父様の屋敷で使わせてもらったけど……あれは確かに欲しくなるね」
「すぐにとはいきませんが、作りましょうか?」
「ごめんごめん、催促したわけじゃないよ。単純にあの魔術具に感心しただけだよ。それにうちは魔術が使える人がいないから宝の持ち腐れだよ」
辺境伯の孫とはいえ傍系である。辺境伯家ほどの財力はなく、魔術が使える使用人を雇えるほどの余裕はなかった。
「そうでしたか……。失礼しました」
「いや、私の言い方が悪かったから気にしないでくれよ」
そんな話をしていると、ヴァロワール家の紋章が描かれた馬車が到着した。
ヴァロンからは、ミシェルのほかに父エドワード、母レベッカ、兄マイケルも結婚式へ参列するため同行していた。
祖父母であるセドリックとルーシーは領地でお留守番である。現領主と次期領主がそろって長期間領地を空けるわけにはいかないため、結婚式の参列は父であるエドワードが参列することとなった。
「ようこそ、マルシュブルグに歓迎いたします」
ルーカスの父であるオスカーがヴァロワール一家に対し、歓迎の挨拶をし、それに対してエドワードが代表して返礼をした。
一通り挨拶が終わり、サミュエルに向かって嬉しそうに声をかけてくる。
「サミュエル……こんなに大きくなって……」
真っ先に駆け寄ってきたのが、母であるレベッカだった。1年と約半年、まだ幼い息子と自分の元を離れ成長している姿に感激したのか、サミュエルを抱きしめていた。
抱きしめられると同時に、胸の奥がじくりと痛んだ。前世では決して向けられることのなかった感情。それは今もなお、サミュエルの胸を苛み続けていた。
サミュエルは抱きしめられた恥ずかしさと胸の痛みが綯い交ぜになった複雑な感情から、どう反応していいかわからず、されるがままになっていた。
「立派になったな。背だけじゃなくなんというか……働く人間らしい雰囲気といった感じだ」
エドワードも父として成長を喜んでくれた。それは親元を離れている人間特有の雰囲気を感じ取ったからだろう。
「ありがとうございます。お父様」
「サミュエル、久しぶりね。元気にしていた?これからは私もマルシュブルグにいるから、寂しくなったら会いに来てもいいのよ」
ミシェルは自分も不安なはずなのに、それを押し殺してサミュエルを冗談交じりながら気遣ってくれた。
「ありがとうございます。お姉様。だけど僕のほうがマルシュブルグに詳しいので、そういう時は僕を頼ってください」
「フフ、言うようになったわね」
弟の成長を感じ取れたミシェルはつい、サミュエルの頭を撫でていた。
「サムも身体大きくなったな。こう……なんというか、身体つきが少ししっかりしたな。もしかして鍛えているのか?」
「はい……師匠から工房での仕事は体力勝負だからということで、毎朝走り込みと剣での打ち込みをやっています」
「それでか。じゃあ剣で一緒に稽古しようぜ」
鍛えていることによる身体の変化に気づくあたり、さすがはマイケルだった。だが剣の稽古をするには時期が悪い。
「さすがにお姉様の結婚式前に怪我をするわけにはいかないので……せめて終わってからでお願いします」
「手紙で話は聞いているが、直接話も聞きたい。オスカー殿からの歓待が終わったらあとでゆっくり話そう」
「はい、楽しみにしています」
久しぶりに家族がそろった。
結婚式までの数日間は、サミュエルにとって穏やかでかけがえのない時間となるのだった。




