第77話 形の理由(9歳)
ルシアン工房にとって最も忙しい夏が終わった。
王党派、貴族派を問わず冷暖房具の依頼が相次ぎ、さらには王家からの追加注文。
工房は休む暇もなく稼働し続けた。
それでもレオンが窓口となって調整してくれたおかげで、無茶な納期を押し付けられることはなく、なんとかすべての依頼を納めることができた。
これでようやく、サミュエルは以前から考えていた魔術具の製作に着手できるようになった。
(今回作るのは送風具の応用だ、それほど難しくはないはず……。)
ただし片手で扱えるサイズにしなければならない。
(冷暖房具の術式をそのまま詰め込むわけにはいかない。必要な機能だけを残さないと……。)
送風は必要だ。温風もだ。
(そういえば送風具も冷暖房具も風量は固定だったな。)
送風術式は魔力の消費量によって風力を変えられる。ならばこれは魔力調整の術式で三段階に分けることができる。
(あと冷風も出せたけど……でも片手サイズじゃ無理じゃないか?)
とりあえず冷却術式も入れた術式の設計図を書いた。そして外観図も書いてヘルガに相談しにいくことにした。
ヘルガの作業部屋に行くと、すでにルシアンが別件で話をしていた。
「おう、サミュエル。どうした?ヘルガに用事か?」
「はい、でも師匠のもですよね?」
「いいよ。ルシアンとの話はさっき終わったからね。それでなんの用だい?」
「新しい魔術具を考えているんですが……この術式で片手で持てる大きさは無理……ですよね?」
ヘルガは渡された外観図と術式の設計図を広げた。しばらく考え、答えを口にした。
「まあ、無理だね。送風具とあまり変わらないようだけどなにに使うんだい?」
「これは……髪を乾かすための魔術具です」
サミュエルが思いついた魔術具……前世でいうヘアドライヤーだった。
「なるほどな……涼むためじゃなく、局所的に乾かすための物か。どうしてこれを思いついた?」
「えっと……貴族の女性って髪が長いので乾かすの大変そうだなって……あとすぐ乾かせれば髪が綺麗に保ちやすいので人気も出るかなと思って……」
一人の少女の髪が、風に靡く姿に見惚れてしまったとは恥ずかしくてさすがに言えなかった。
「それで片手でってことねえ。令嬢の髪の手入れをするなら女性使用人だから『女性が片手で持てる』大きさと重さじゃないと駄目だね。そしてこれだけの術式はちょっとねえ……」
「なあサミュエル。髪を乾かすために温風はわかる。風量を調整できるようにするのもわかる。だがなぜ冷却を入れるんだ?」
前世のヘアドライヤーがそうだったから考えなしで入れた。とは口が裂けても言えない。
「えっと……温めて乾いた髪を冷やしたほうが気持ちいいかなって。あと髪にも優しいと思いました」
「なるほどな……」
「ねえ、それって冷風じゃなきゃいけないかい?ただの送風でも十分じゃないのかい?」
頭皮や髪の熱を取るだけなら、ただの送風でも十分ではないか。ヘルガはそう言う。
「言われてみれば……これを使うなら夏場でもそれなりに涼しい時間です。それで十分かもしれません」
「それなら片手サイズにできるかもね」
「そうだな。基盤で収まらないようならこの筒の内側に刻むのがいいかもしれんが……。おいサミュエル。なんでこの形なんだ?」
「え?」
出した外観図は、筒状の本体の下から直角に持ち手が突き出た、まさにヘアドライヤーそのものだった。
「いや、似たような道具を俺は見たことがない。風が出る場所が筒状になってる理由も、わざわざ持ち手が直角に取り付けられているのもわからん」
「そうだねえ。ただの四角い筒じゃだめなのかい?それなら内側にも術式を刻むことができるよ」
サミュエルはヘアドライヤーといえばこの形としか思っていなかった。だがその形に至った理由をルシアンたちはわからない。
「えっと……髪を乾かしたい場所に風を向けやすいから……です」
「真っすぐな筒を持つよりか」
「はい。持ち手が後ろにあると風を当てる場所が見えにくくなるので」
サミュエルは咄嗟に口から出まかせを言ったつもりだった。だが、言葉にしてみると意外にも筋が通っている気がした。
それを聞いたヘルガは、手元にある木片を使って、似たような形を組み立て握ってみる。
「なるほど。たしかに片手なら向きも変えやすいし支えやすい。よく考えたねえ」
即興で直角に組んだ木片をルシアンへ渡し、試すよう促した。
「それに持ち手が離れていれば、温風で本体が熱くなっても手が熱くなりにくいと思います」
「たしかに。送風具と違って手で持ち続けて使う魔術具だ。そうなる可能性は高い」
二人はその形になったことを納得してくれたようだ。
「じゃあ丸い筒の理由は?」
「それは……風が逃げにくい気がします。つむじ風なども円を描いているので風はそのほうが集まりやすいかなって」
「しかしお前……作る前からこの形を思いついたのか。よく出来たな」
「王都からの帰り道で考える時間はたくさんあったので……」
ルシアンとヘルガは外観図へ視線を落とし、改めてその形を眺める。どちらも反対する様子はなかった。
どうにか誤魔化せたようだと、サミュエルは胸をなで下ろした。
「よし、それなら設計はこれで決まりだね」
「はい」
サミュエルは設計図を書き直しながら、小型化した魔術具の完成図を頭に思い描く。
今回は新しい術式を生み出す発明ではない。
これなら十分実現できそうだ。サミュエルは完成した設計図に満足そうに頷いた。
あとは実際に形にするだけだった。




