第76話 殺到する依頼(9歳)
サミュエルはマルシュブルグに戻ると、まずはルシアンとともに、ガレスや他の職人たちと情報を共有することになった。
一通り、ルシアンからなにがあったのか、説明を聞くうちに顔を青くしていたガレスが一言感想を漏らした。
「それはなんというか……大変でしたね……」
「大変なんてもんじゃねえ。冷暖房具を二人だけで作らなきゃいかんわ、新しい機能を考えなきゃ駄目だわで、神経が恐ろしくすり減ったわ!」
「でも陛下には満足してもらったんだよねー?褒美はなにが貰えたの?」
あの時の苦労をルシアンは愚痴交じりに語ったが、ミーナはそんなことより言わんばかりにその結果を知りたがった。
「ああ、俺は王城の書庫の利用許可を貰った。サミュエルと一緒に数日間通い詰めてたな」
「そうか。では珍しい魔術や術式などあったのでは?」
褒美の内容を聞いて、リュシエルの目が鋭くなる。
「そういうのはサミュエルがいくつか書き写していた」
「素晴らしい!サミュエル!是非見せてくれ!いや見せろ!」
リュシエルはサミュエルの両肩を掴み揺さぶる。
「わ、わかりました。紙を束ねた物に術式だけをまとめたものがあるのでそちらを貸します……。貸すだけなのであとで返してくださいね……」
「ああ、必ず返す。だがこちらでも書き写させてもらうから少し遅くなるかもしれん」
リュシエルはサミュエルに術式を書き写したお手製の紙束をあとで借りられることに満足したため、サミュエルを解放する。
「二人でって言っても外装はどうだったのさ?ましてや献上品なんだろ?」
「それに関しては王都の御用職人が全部やってくれた。楽ではあったが、だからこそ機能で特別感を出さなきゃならんくなったがな」
「それで思いついたのが空気生成ねえ……」
「はい、以前ヘルガさんに教えてもらった話が役立ちました。あの時はありがとうございました」
あの時は何気なく聞いた話だった。それが王家へ献上する魔術具の完成につながるとは、当時は想像もしていなかった。
「それでな……おそらく今後うちに冷暖房具の製作依頼が来るはずだ。覚悟しておけ」
「陛下が他の貴族に冷暖房具を紹介できるように、レオン様が説明書を二種類献上したのは……まあそういうことですよね」
工房を預かる身として、レオンの意図にガレスは気がついた。
「そうだ。だから今年は冷暖房具だけで手が塞がることも考えておけ。幸いレオン様が窓口になっていただけるから無茶は言われんのが救いだな」
「レオン様と師匠たちのおかげでしばらく稼げそうですね」
こうしてサミュエルを含むルシアン工房の面々は冷暖房具作りに忙殺される日々が待っていた。
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新しく思いついた魔術具を作りたい……。そう思っていたがルシアンが言ったとおり、冷暖房具の製作にサミュエルは駆り出されていた。
本来であればルシアンとサミュエルは工房の仕事を任される立場ではない。しかしレオンに持ち込まれた依頼がルシアンの想定をはるかに超えていた。
「なんで私まで手伝わねばならんのだ」
リュシエルまでもが製作を手伝わされる事態になっており、その状況に対し不満を口にする。
「普段は研究に集中させてもらってるんだ。こういう時ぐらいは頭より手を動かしな!」
ヘルガがリュシエルに一喝する。リュシエルもそれをわかってはいるため作業を止めるようなことはなかった。
しかし術式を描いている最中、リュシエルがサミュエルに話しかける。
「おい、サミュエル。この前見せてもらった……あれはなんと言ったか……、王都で術式を書き写した紙束――」
「ああ、『術式ノート』ですね」
「そうだ、お前がそう呼んでいる物に書かれていた中に、冷暖房具に使われている術式より効率よく魔力を貯められる術式が載ってなかったか?」
作業に駆り出されるまでに、リュシエルはサミュエルから借りていた術式ノートを見ていた。そこにはリュシエルが言ったような術式は確かにあった。
「ありましたね。でもまだ検証もできてないので依頼品には使えなくて……」
「それもそうか。見た限りこの術式より多く貯められる。逆を言えばより多く吸われる。検証もせずに実装はできんか」
「この忙しさが落ち着いたら、検証しようとは思っています。他にも作りたいものがありますし……」
「ほう……なにを思いついたんだ?新しい術式でも試すのか?」
話の流れから、王都で見つけた術式を使う魔術具だと思ったようで食いついてきた。
「いえ、冷暖房具の応用品ですので、想定通りなら新しい術式は使う予定はありません」
「では検証が終わってから聞こう」
魔術や術式にしか興味がないリュシエルらしい反応だった。
そんな会話を交えながら作業をしていると、ルシアンが工房の奥から二人の元へやってきた。
「おい、ガレス、サミュエル。今いいか?」
「はい、なんでしょうか?」
「追加の注文だ。献上品と同じ仕様の冷暖房具を作れときた。しかもあれより大型の物だ」
「どういうことでしょうか?」
突然の追加依頼にガレスが問いかける。
それに対し、ルシアンはレオンから降りてきた新しい依頼の内容を説明する。
「これは王家からの注文だ。当然最優先で作ることになる。そして設置場所は大広間と謁見の間に使うということだ」
「なるほど、部屋が広いからそれ用に大きくして欲しいということですね」
「そうだ。そして外装に関しては献上品と同じく王都の御用職人が作る。俺たちは基盤を作って送る。あとは向こうの職人が組み立ててくれるみたいだ」
そう言って、取り付け予定の外観と寸法が書かれた紙を二人に見せてきた。
「これが王都から送られてきた外観図だな。この大きさ以下で作る必要がある。それと向こうの要望で操作棒は上に伸ばしてほしいとのことだ」
「上に伸ばすんですか?」
「ああ、なんでも天井に取り付け、屋根裏や上の階から操作と魔力供給をしたいそうだ」
ここまで二人の会話を黙って聞いていたサミュエルが質問をする。
「それで……なんで僕まで呼ばれたんですか?」
「献上品を作ったのは俺とお前だけだ。それに発案の大半はお前だ。できないならはっきりできない。どうすればできるかを考えるために呼んだ」
「空気生成型の冷暖房具は俺もまだ作ったことがないからね。せめて1台は一緒に作ってみないと俺も他の連中に仕事は回せない。だから一緒に作ろう」
「それともう一件。改良送風具を8台欲しいとのことだ。用途は王族の私室での利用だ。こちらも外装は向こうで用意するらしい」
「それとレオン様からの話では、もう噂が広まってるらしい。王党派だけじゃねえ。貴族派からも問い合わせが来てるそうだ」
「……派閥が違うのにですか?」
自身が作った改良照明具が政治的な理由で注文が入らなくなったサミュエルはルシアンの言葉に複雑な心境だった。
ルシアンの話はそれだけでは終わらなかった。
「普通ならそこまで多くはこない。だが冷暖房具は別だ。便利なうえに王家からの紹介だ。簡単に真似できねえ。欲しがる連中は派閥なんざ関係なく欲しがる」
「つまり、しばらくは注文が途切れそうにありませんね……」
「職人の手配も材料の確保も考えなきゃならねえ。忙しくなるぞ」
ルシアンの言葉に、二人は顔を見合わせる。
次から次へと増えていく依頼に、サミュエルが思い描く魔術具の作成は当分後回しになってしまった。
それでも工房に活気が満ちていることだけは間違いなかった。




