第75話 王城の書庫(9歳)
エレノアとの王都観光で疲れ果てた翌日、サミュエルはルシアンと共に王城の書庫を訪れていた。
扉を開いた瞬間、思わず息を呑む。
天井まで届く本棚が幾重にも並び、そのすべてに本が隙間なく収められている。
(これ全部、本なのか……?)
視線を巡らせても本棚は途切れることなく続いていた。
(すごい……! この中に、僕の知らない知識がどれだけあるんだろう)
本の数は知識の量。もしかしたらまだ多くの人に知られていない有用な知識も眠っているかもしれない。そう思うと心が震えた。
「俺たちが使えそうな知識はもっと奥だが……他に興味があるなら見てもいいぞ」
魔術や術式、魔術技師に関する専門書はもちろん、歴史書や神話、魔物や鉱物の図鑑、建築や農業、法律や軍事に至るまで、あらゆる分野の本が並んでいる。むしろ魔術関係よりも、それ以外の蔵書の方が多いのではないかと思えるほどだった。
「まずは術式に関する本を読みたいです。使えそうな術式があれば記録しておきたいので」
一般に流通している術式は、既に広く知られているか、使い道がないとされたものがほとんどだ。しかもその全てが載っているわけではない。
王城の書庫なら、市販されていない術式が記された本もあるかもしれないと思い、書き写すための道具を用意してきた。
「それでペンと紙の束を持ってきたのか。わかっているとは思うが本をインクで汚すなよ」
「……マルシュブルグに帰ったら神学を学べよ」
「ぜ、善処します……」
おそらく王都へ向かう道中の会話であまりにも神話や神学についてサミュエルが無知だったのを気にしたのだろう。
ルシアンは慣れた様子で奥へ進む。
「この辺りが術式関係だ。基礎から応用まで揃っている」
「こんなにあるなんて……」
特に光属性と闇属性は市販品では圧倒的に資料が少ない。そのためその二つの属性を中心に夢中になって紙へ書き写していく。
夢中で書き写しているうちに、持ってきた紙の束は半分以上が術式で埋まっていた。
一息ついたタイミングで、ルシアンが声をかけてきた。
「今日はここまでだ。また明日も来るぞ」
そう言われて気がついた。窓から差し込む光がすでに赤みがかっていることに。
「もうこんなに時間が経ってたんですね……。気が付きませんでした……」
「あれだけ集中していればそうだろうな。だから帰るまで放っておいた」
邪魔をしないように気を遣わせてしまったようだ。
そうして王都を発つ日まで、サミュエルは毎日書庫へ通い、できる限り多くの知識を吸収していった。
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そして王都からマルシュブルグへと帰る日、レオンとエレノアがヴィクトルに別れの挨拶をしていた。
「またのご来訪、お待ちしております。父上。エレノアも元気でね」
「次はいつになるかはわからんが……そう遠くない内にまた来るだろう。屋敷の管理を引き続き頼んだぞ」
「ヴィクトル叔父様、今日までお世話になりました。またお会い出来る日を楽しみにしております」
別れの挨拶を告げ、二人は馬車へ乗り込む。するとヴィクトルがサミュエルとルシアンの方に向かってきた。
「サミュエルも仕事ご苦労だった。修理だけではなく献上品まで作ってくれたおかげで、陛下からも我が家の覚えもめでたいことだろう」
「私はレオン様からの依頼に応えたにすぎません。それに献上品に関しては弟子のサミュエルが一番頑張ってくれました」
ルシアンはサミュエルに話を振ったため、ヴィクトルもサミュエルを向き直った。
「君がサミュエルだね。父上やエレノアからも話は聞いている。それに今回の働きも見事だったそうじゃないか」
ヴィクトルが初めてサミュエルに対して声をかける。
献上品に関する働きが、彼にも伝わっているのだろう。
「お褒めに預かり光栄でございます。これからも精進してまいります」
「まだ幼いのに殊勝な心がけだ。これからも我が家を支えてくれよ」
そう言ってサミュエルたちもヴィクトルから離れ、馬車へと乗り込み、出発した。
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帰路の道中、何度かエレノアがサミュエルたちの馬車にやってきた。
「サミュエルは最近全然見なかったけど、どこに行ってたのかしら?」
「師匠と王城の書庫に行っていました」
「えっ、書庫に通っていたの?」
内緒にしていたわけではないが、話す機会がなかったため、伝えそびれていた。
それに他の人に尋ねれば知っている人が教えてくれたのではないかとも思う。
「冷暖房具を献上した褒美として師匠が王城の書庫への立ち入り許可を貰ったんです。それに僕も付いていっていいということだったので……」
「なにそれ!ずるいわ!」
「でもずっと本を読んでは書き写しているだけで、エレノア様が楽しいと思える場所じゃないですよ」
「私だって本ぐらいは読むわよ。最近でた新作の『若き冒険者クロード』が面白かったわ!」
(普通の令嬢なら恋愛小説なんだろうけど、エレノア様だもんなあ)
「それで、なにを書き写していたの?」
「知らない術式とか使えそうな術式を中心に書き写していました」
「へー。じゃあ帰ったらなにか新しい魔術具でも作るの!?」
エレノアは期待に満ちた目でサミュエルを見つめていた。
「学んだ術式を使うかはまだわかりませんけど、次に作りたい物は思い浮かんでいます」
「なになに?教えて!」
「それはまだ秘密です。うまくいけば、エレノア様にもいい物ができると思います。いつになるかはわかりませんが、楽しみにしておいてください」
サミュエルの脳裏には、本屋で出会った一人の少女の姿を思い浮かべていた。
それは絹のような薄紫の髪が、風に揺れる光景だった。
これにて第5章は終了となります。
故郷を離れ、魔術技師ルシアンに弟子入りしたサミュエル。多くの人たちや技術と出会い、サミュエルにどう影響していくのか。乞う、ご期待ください。
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