第73話 王家への献上(9歳)
数日後、王都の工房。
「……できた」
サミュエルは届いた外装と魔術具を組み合わせ、最後に、ルシアン工房と自身の刻印を見える場所へ刻みつけた。
刻印の場所は予め他の職人たちにも許可を貰っている。
「さすがに疲れたな。あとはレオン様に報告は俺がしておく。お前はもう休め」
昔、師匠が「体力を付けろ」と言っていた意味を痛感していた。自身がまだ子どもとはいえ、それなりに鍛えている自分より、70歳近くの老人のほうが元気なのだ。
そんなことを考えながら、与えられた部屋に戻るとすぐにベッドに突っ伏して眠りに落ちた。
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翌日、ルシアンはレオンと共に登城していた。できた魔術具2つを納品するためである。
「さすがに陛下に御目通り願うとなると緊張しますね……」
「意外だな。伯爵家の出なら慣れているものかと思っていたが」
「はは……。そう思われますか」
ルシアンは苦笑する。
「私は若い頃に家を出ましたからね。魔術具に夢中になってしまいまして。受け継ぐものもありませんでしたから、貴族として生きるより、魔術技師として生きる道を選びました」
「だから王家とは縁が薄いと」
「今の男爵位も家の爵位ではなく、レオン様から賜った一代限りの名誉爵位ですから」
腕の良い魔術技師は希少であり、他家に引き抜かれることも珍しくない。レオンはルシアンを繋ぎ止めるため、そして彼の身分と技術を保護するために、名誉爵位を授けたのだった。
「家を出て以来、貴族同士の付き合いからは遠ざかっています」
「今回は基本は私が中心に話す。魔術具のことを聞かれたときだけ説明してくれればいい」
「助かります……」
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王城、執務室。
「マルシュナト辺境伯、ルシアン・アイゼル様がお見えになりました」
「通せ」
二人が王の執務室へと通される。
「数日ぶりだな。本日は例の魔術具の件か?」
「ご明察の通りでございます、陛下。ご依頼の品をお持ちいたしました」
レオンが合図をすると、執務室に2台の魔術具が搬入された。
取り付ける前に一度実演するため、一緒に持ち運ばれた高めの台に冷暖房具を置く。
「こちらが冷暖房具でございます。本来は壁の高い位置に設置し、使用しますが、まずどんなものか近くでご覧いただきたいと思います」
レオンが王へ説明をすると、ルシアンは操作棒を掴み魔力を流す。すると冷暖房具の前面から澄んだ風が前方に吹き出した。
「なるほど、だがこれは送風具とどう違うのだ?」
「はい、冷暖房具は本来は今のような過ごしやすい季節ではあまり使うことはありません。ですが、暑くなる夏や寒い冬にその真価を発揮いたします。部屋を締め切って使うことで部屋の熱を一定に保ち続けてくれるため、辛い季節でも快適に過ごせます」
今は冷暖房具を使う季節ではない。それをレオンの実体験に基づいた上で王に説明した。
「その口ぶりからすると、辺境伯家で使われている冷暖房具も同じ使い方をしているというわけか。それで『王族に相応しい』と思える部分はどこだ?」
「それは製作した我が臣下から説明をいたします。直答をよろしいでしょうか?」
「かまわん、許す」
外装以外は辺境伯家で使っている物と同じではないか?依頼通りではないのではないか?そういった意味を含ませた質問をレオンに投げかけたが、これは想定済みのためルシアンに説明を促した。
「アダムス陛下、お初にお目にかかる栄を賜ります。レオン・マルシュナト辺境伯が臣下、ルシアン・アイゼル男爵と申します」
ルシアンは緊張した様子で、王へと挨拶をする。しかし彼も貴族家の生まれだけあり問題なく挨拶をこなす。
「僭越ながら、私から説明いたします。辺境伯領で使われている物と陛下からご依頼を賜りましたこちらの冷暖房具の違いは、風そのものにございます」
「どう違うのだ?」
「従来の品は、送風の術式……いわばウインドを用い、部屋の中の空気を取り込み、それを冷却・加熱して送り出しております。しかし今回の冷暖房具は、クリエイトエア……空気生成の術式を使い常に綺麗な空気を作り、それを冷却・加熱して送り出しております」
アダムス王は顎髭に手をやり、続けろと態度で示した。
「これにより、部屋にいる方々は常に綺麗な空気の中で過ごすことができます。また、従来品に必要だった清掃が不要になります。さらに従来の冷暖房具は、夏や冬にしか使い道がありませんでした。しかしこちらは綺麗な空気を作り続けるため、季節を問わず一年を通してお使いいただけます」
「便利になるのならば、辺境伯領の品もそのようにすれば良いのではないか?」
「陛下の言、御尤もでございます。ただ残念ながら我々の技術では未だに魔力の消費量が多く、貴族でも日常的に使うには難しいのです。ただし、王家は違います。優秀な魔術師や魔術使いを多く抱えているため、何ら問題とはなりません」
「なるほど。つまり貴様はこう言いたいのだな。王家にしか使えない魔術具ゆえ、『王族に相応しい』ものだと」
「ご明察の通りでございます」
その答えに満足したのか、アダムスは鷹揚に頷くと、レオンの方へ視線を移した。
「よかろう。マルシュナト辺境伯および、アイゼル男爵は今回の依頼を見事達成したものとする」
その言葉に、ルシアンは胸につかえていた重圧が一気に解けていくのを感じた。
「辺境伯よ。褒美を取らせよう。望みはあるか」
「我らには過分なお言葉だけで十分にございます」
「遠慮するな。余は約束を違える王ではない」
レオンは僅かな時間考える素振りをする。実は望みは決まっていた。
「でしたら、今後この執務室に訪れる方々に冷暖房具のことをご質問されましたら、こちらをお見せください」
レオンは二冊の冊子を王に差し出す。
「一冊は今回依頼の品の使い方が記された物……『説明書』でございます。こちらは依頼品と一緒に献上いたします」
「もう一冊はなんだ?」
「こちらは辺境伯領で使用しております、貴族家でも使える冷暖房具の説明書でございます。こちらをお見せください」
アダムスはその意図に気づき、ニヤリと笑う。
「なるほど、余の権威を借りるつもりか。そしてマルシュナト辺境伯に作ってもらえと」
「滅相もございません。おそらく今後この部屋に入った者たちは、外との違いに気づき、陛下にご質問されることでしょう。その度に陛下のお手を煩わせるのは臣下として心苦しく感じます。ならば事前にこれを渡し、読ませたほうがいいと考えた次第でございます」
「そういうことにしておこう」
アダムスは笑う。利用されていることは理解していた。しかし、それで王家の権威が損なわれるわけではない。むしろ王家だけが使う特別な魔術具だという印象を強めることになる。
さらに王家が辺境伯家を紹介する形になれば、類似品を作ること自体はできても、それを売り出そうとする者はいなくなる。
王家が認めた品に競合品をぶつけることは、王家の威光に泥を塗る行為と見なされかねないからだ。
辺境伯は、王家にも利がある形で恩賞を求めてきた。だからこそ、アダムスも悪い気はしなかった。
「辺境伯の褒美はそれと魔術具の代金としよう。して、アイゼル男爵はなにを求める」
「私には過分なお言葉だけで十分にございます」
「言ったであろう?約束は違えぬと」
ルシアンは一瞬言葉に詰まる。まさか自分にも褒美の話を振られるとは思ってもいなかったからだ。
「では……恐れながら一つだけ。王城に保管されております書庫の閲覧をお許しいただければ幸いにございます」
「ほう……金でも爵位でもないのか」
「私にとって何よりの褒美は知識にございます。それと、今回の冷暖房具は私一人ではなく、連れてきた弟子も大きく関わっております。そちらの許可もお願いしたく存じます」
「弟子も一緒にか……。よかろう。ただし禁書庫への立ち入りだけは禁ずる。良いか?」
「ありがとうございます。弟子共々、陛下のご厚情に深く感謝申し上げます」
こうして、ルシアンにとって王都滞在中で最も緊張した一日が終わった。




