第72話 王族に相応しい魔術具(9歳)
王家からの依頼により冷暖房具を作ることになり、サミュエルとルシアンは頭を突き合わせていた。
「王族に相応しい魔術具……ですか……。外装を華美に装飾したりすればいい……ってわけじゃないですよねえ」
「そうだな。今回の外装は王家の御用達の彫金師や装飾職人が行うようだ。だから魔術具の基礎となる外枠がわかる外観図を出すよう言われたようだ」
格式や部屋に合う装飾を考えなくてよくなったのは気が楽だった。
その代わり、魔術具そのものの価値で『王族に相応しい』と思わせなければならない。
「そうなると、現状の冷暖房具にない機能を追加する形になると思います。僕がまず思い浮かぶのは……点灯機能。だけどこれは別に無くてもいい機能ですね」
「俺が思いついたのは魔力効率を上げる……だが、それもできれば既にやっている。それに王族に相応しいかと言われるとそうでもない」
「あとは温度調整の幅を増やすとかですか?これも意味がないですし、細分化しても便利になるだけ……」
その時扉が大きく開かれた。
「ルシアンおじ様!サミュエル!入るわよ!」
「いいですけど、入ってから言わないでください」
エレノアがやってきた。あの後レオンに注意されたのかいつもより少しだけトーンが低い気がした。
「あと、二人ともごめんなさい。私のせいで大変なことになってしまったわ」
やはり自分が原因で迷惑をかけてしまったことに負い目を感じているのか、素直に謝罪の言葉を口にする。
「レオン様も言っていたが、いずれは献上品として作る予定が早まっただけだ。お嬢が気にすることじゃない」
「そうですよ。僕たちもいずれ作るつもりでしたから。それより王子様が婚約者だなんて驚きましたよ」
「ええ、領地のことを聞かれたから、魔術具にも力を入れていると。そしたらついサミュエルたちと作った魔術具の話をしちゃって……」
要するに話が弾んでうっかり口を滑らせたと。
「それで?なにを悩んでいるの?」
「王族に相応しいという点がどうしても思いつかなくて……外装は向こうで用意するので冷暖房具に新しい機能を付けたいんです」
「無くても十分便利じゃない!」
「そうなんだがな。だが王族が使うとなるなら他にはない機能が欲しい。それは王族専用でなくとも、最初に王族が使っていたということが重要なんだ」
二人から三人になったが、悩みは解決しない。エレノアは頭を捻って考えてくれてはいるが、いい案が思いつかないようだ。
冷暖房具の原型になったのは前世でのエアコンだ。サミュエルはそこにヒントがないかと思い出す。タイマー、自動運転、除湿――。
「あとは……除湿……とかですか?」
「除湿?なによそれ?」
「えっと……暑いにも二種類あると思うんです。1つは日差しが強くて熱が上がる暑さ。これは真夏とかわかりやすいですね。もう1つは蒸し暑さ。夏に雨が降ると、日差しは強くないのに、こうベタベタした生ぬるい暑さを感じたことはないですか?」
「あるわね!あれは気持ち悪いから嫌いよ!」
「それは空気中にある目に見えない水が多いから感じることなんです。それを取り除ける機能はどうでしょうか?」
「悪くない考えだ。だがどうやってその空気中に見えない水を取り除くんだ?さすがに俺も使えそうな術式に心当たりがない」
ルシアンの問いに、サミュエルは口を閉ざした。
三人の間に沈黙が流れる。
その時だった。
「そんな面倒なことしなくても、いっそ空気を入れ替えちゃえばいいじゃないかしら?」
エレノアが首を傾げながら、当たり前のように言った。
「……空気を、入れ替える……?」
エレノアの今の言葉に引っ掛かりを感じた。
「空気を入れ替える……入れ替えるということは、新しい空気を送り込む……。いや、それでは今までと変わらない。綺麗な空気そのものを作れば……」
一人で小さく呟き始めた。
「また始まったわ!」
「たまに出てくるやつだな。考え事をしていると、こうして一人でぶつぶつ言う癖がある」
エレノアもルシアンも過去に何度か見た光景だ。エレノアからすれば意味のわからない独り言で、不気味な光景だが、こういう時のサミュエルはなにか閃くことが多いことを知っている。
「そうか!師匠!空気清浄……、じゃなくて空気生成の術式です!以前ヘルガさんからそういうのがあると聞きました」
そういえば昨日、本屋で読んだ術式書にも載っていた。
「空気生成?ああ、坑道で空気が淀んだ時に使われる魔術だな。それがどうした?」
「それで綺麗な空気を作り続けるんです。今までのと違って、冷暖房具は室内の空気を送るのではなく、新しい空気を送り込む仕組みにします。そうすれば汚れを取り除くためのフィルタも必要ありません」
「なるほど。それなら確かに王族に相応しいな。魔力消費量に問題はあるが、王族には優秀な魔術師や魔術使いが最も多く仕えている。一瞬で魔力を枯渇させるようなものでもなければ問題ない。むしろ、それこそが『王族に相応しい』ということになるな」
「もしかして私のおかげ……かしら?」
「はい、エレノア様が空気を入れ替えると言ってくれたおかげで思いつきました。ありがとうございます」
サミュエルは素直にエレノアに感謝の言葉を伝えると嬉しそうに笑った。
「そう。よかったわ。二人はああ言ってくれたけど、やっぱり私のせいで苦労させたのだから、お役に立てたならよかったわ」
「師匠、昨日立ち寄った本屋に空気生成の術式が載っている本が売ってました。それを参考にしませんか?」
「そのほうがいいな。俺も術式の細かい所まで知らん。そいつを参考にするとするか。あとでここの使用人に頼むつもりだったが、その本だけでも先に買いに行くぞ」
善は急げと言わんばかりに、ルシアンはサミュエルを連れて下町に降りていく準備を始める。
「貴族街の外に出るの!?私も行くわ!」
「お嬢はレオン様の許可を貰ってからだ。あと本屋以外は立ち寄らんぞ。本屋に行って、帰ってくるだけだ」
好奇心の塊のようなエレノアがそんなイベントを見逃すはずもなく、ルシアンが条件を突きつける。
「わかったわ!少し待ってて!」
しかし許可は下りず、エレノアはお留守番となった。後日しっかりと護衛を付けた上での王都観光をするということで納得してもらった。
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必要な本を購入したあと、早速工房へ戻る。
サミュエルは本を開き、空気生成の術式――クリエイトエアを発動させた。
「大体の消費量はわかりました。思ったより魔力は清水生成より多くて、氷生成より少ないといった感じです。だけどこれを半日使うと思うと……」
たしかに魔力消費量が多いが、一般的な魔術使いでもきついというほどでもない。
だが冷暖房具に使われている送風の魔術――ウインドの倍以上消費している感覚がある。これを半日発動させようと思うとその魔力消費量はとんでもないことになる。
「そうだな。並の貴族じゃまず無理だろうな。だからこそ『王族に相応しい』と言い張れる」
「あとこれ、今の依頼とは関係ありませんが、空気生成の術式だけの魔術具を作れば綺麗な空気を作り出す魔術具が作れますね」
サミュエルの頭にあったのは、前世でいう空気清浄機に近い発想だった。もっとも、こちらは汚れた空気を浄化するのではなく、新しい空気を作り出す点が大きく異なる。
前世なら完全に密閉された空間で空気を作り続ければ、空気が増え続けるため危険だった。しかし、この世界にはそこまで気密性の高い建物を造る技術はない。多少の隙間から空気は自然と出入りするため、その心配はほとんどない。
「確かにな。だが需要は限られる。まずは王家への依頼を終わらせるのが先だ」
「そうですね……。術式を彫るだけでも時間がかかりますし……」
マルシュブルグであれば他の職人やいつもの外注先に頼めばよかったが、今回は王都で製作しているため頼めない。そもそも基盤に彫るという技術自体がルシアン工房の独自技術なのだ。いきなり他の職人に頼んで納得いく物ができるとは限らない。
「俺は術式の下書きを始める。お前は外装を作る職人向けの外観図を作れ。それと改良送風具もな」
「はい!」
冷暖房具も送風具も送風の術式の箇所を空気生成の術式に置き換えるだけなので外装のサイズは変わらなくて済んだ。
「外観図はレオン様の従者に渡せば、レオン様から御用職人に渡してくれる手筈になっている。それが終わったら俺のほうを手伝え」
そうして二人は新しいタイプの送風具と冷暖房具の製作に入った。




