第71話 王家からの依頼(9歳)
アルフレッドは茶会が終わり、父であるアダムス王の執務室に来ていた。
「父上、お呼びでしょうか?」
「来たか。婚約者との茶会はどうだった?」
「問題なく終わりました」
「そうか。相手の印象はどうだった?」
「はい。最初はよく教育されたご令嬢という印象でしたが、話してみるとなかなか面白い方でした。個人的にも良い付き合いができると思います」
貴族の婚姻は国家運営の一部であり、一度決まった婚約が当人たちの好悪で覆ることはまずない。
しかし、これから長い年月を共にする相手だ。致命的な不和があれば、将来の火種になりかねない。
そのためアダムスは、アルフレッドが婚約者をどう見たのかだけは確認しておきたかった。
「ほう、『面白い』とは珍しい評価だな。どう面白かったのか話してみよ」
王ではなく、父としてアルフレッドに問いかける。
「初めはよく教育された令嬢かと思いました。そこで領都のことを尋ねてみたのです。すると、辺境の物流や寄子との関係、祖父である辺境伯が経済に力を入れる理由まで淀みなく説明してくれました。正直、あそこまで領地のことを理解しているとは思いませんでした」
それは教育の賜物でもあるだろうが、おそらく賢い娘なのだろうとアダムスは感じた。
「辺境伯は孫娘にも統治を学ばせているのか」
「そのあと魔術具の生産にも力を入れていると言い、どんなものがあるのか聞いたところ――」
送風具を改良、さらには夏でも冬でも快適に過ごせる冷暖房具なるものを作ったという。しかもそれが見習いの魔術技師たちと議論を交わした上で完成させたという。
「たしかに『面白い』な。その冷暖房具というのは気になるな」
アダムスは控えていた従者に対して指示を出す。
「明日もう一度マルシュナト辺境伯に登城するよう伝言を出せ。冷暖房具という魔術具のことで話を聞きたいとな」
「はっ!」
従者は王からの命令を遂行するため、部屋を出た。
「アルフレッドも気に入った相手であるのならそれに越したことはない。下がっていいぞ」
「父上、一つ気になっていたことがあります」
「なんだ?言ってみろ?」
「妹の……シャーロットの婚約者はまだ決まらないのでしょうか?」
アダムスは頭の痛い案件を息子から問われ、内心で小さく息をついた。
(それが簡単なら苦労はせぬ。)
第四王女であるシャーロットは双子の兄アルフレッドと違い未だに婚約者が決まっていない。
これは政治的な問題が強く影響している。
正妃の実家である侯爵家を中心とした王党派と、第一側妃の実家である公爵家を中心とした貴族派は常に鎬を削り政争を繰り返している。
本来なら家格では公爵家が上である。しかし、公爵家を正妃に迎えれば王家との結び付きが強くなりすぎるため、当時の国王はあえて血縁の薄い侯爵家から正妃を迎えた。その代わり、派閥間の勢力均衡を保つため、第一側妃には公爵家の娘を迎えている。
この処置に関しては両家とも王家からの説明で納得済みである。
一方、アルフレッドたちの母は第二側妃であり、わずかに存在する中立派の子爵家の娘だった。
そのためアルフレッドは、同じ中立派であるマルシュナト辺境伯家の孫娘との婚約が早々に決まった。王党派、貴族派どちらにとっても、相手の派閥へ王子が取り込まれるよりは、中立派との縁談の方が都合が良かった。
しかし、その方法は一度しか使えない。
シャーロットを再び辺境伯家へ嫁がせるわけにはいかず、王党派には正妃が難色を示し、貴族派も第一側妃が同じ理由で縁談を避けた。
国外にも目を向けたが、子爵家出身の第二側妃の子という立場に加え、各国の思惑も絡み、縁談はまとまらなかった。
「今はまだだな。だが貴族学校を卒業するまでには決まるだろう」
おそらく将来は、国外の大貴族へ嫁ぐことになるだろう。
だが、まだ嫁ぎ先としてそこと決めるには早い。焦って縁談を進めるより、今は婚約者のいないままでいる方が得策だった。
「わかりました。気になってしまったので、つい……」
「よい。お前がシャーロットのことを思ってのことだと理解している」
そうしてアルフレッドは王の執務室を後にした。
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父への報告から数刻、アルフレッドは夕食を終え、自室でシャーロットと今日の出来事を話していた。
「面白い御方ですわね。私も一緒に茶会できる日が楽しみですわ」
「きっとシャロとも話が合うと思うぞ。お前に似て好奇心が強そうな令嬢だったからな」
もしかしたら妹以上に好奇心が強い娘なのかもとすら思った。
「もう、やめてください。私も昔よりは分別がつくようになりました」
「そうなのか?今日もお忍びで城下町に行っていたそうじゃないか。俺が相手できないとはいえそう頻繁に行っていけないぞ」
好奇心が強い妹は城下町での散策が楽しくて仕方ないようだ。護衛や侍女も一緒に行っているが、目立たぬようわずかばかり距離を置いて見守っている。
「そうですわ。今日は市井で流行っているという本を探して本屋に行ったのですが、面白い子と会いましたの」
どうやら妹も面白いと思える者との出会いがあったと報告をしてきた。
「本屋の奥で熱心に本を読んでいる私たちぐらいの少年がいたのです。なにをそんなに集中して読んでいるのか気になってお声をかけたのですが……全然反応してくれませんでした。何度か呼びかけてようやく反応したら急に謝罪をしてきたのですわ」
「なんだそれは」
「どうやら自分が私の邪魔をしていると勘違いしたみたいでした。私が何をそんなに読んでるか聞いたらなんだったと思いますか?」
自分と同じ年頃の少年が熱心に読む本――。
「冒険活劇の物語とかか?」
「それがなんでも術式設計とかいう名前の本でしたの。難しくて大人が読むような物でしたわ」
「そんなものを子どもが?」
「なんでも魔術技師の見習いで、勉強になるからとか言ってました。おもしろいでしょう?」
たしかに面白い。本が好きなシャーロットが難しい本というものを理解し、読んでいることになる。
それにまだ働き出すには早い年齢にもかかわらず、魔術技師の見習いを自称しているのだ。魔術技師を目指すような者は少ないと聞くが、幼い頃から目指しているとなれば、相当な変わり者だということは想像がつく。
「それと……私の髪を褒めてくださいました」
「なに?フードを取ったのか?」
お忍びであり、その顔を市井の者には隠すようにさせている。それが城下町に降りてもいい条件の一つだからだ。
「いえ、別れ際に風でフードが外れてしまったのを見られてしまったのです」
「でも正体がバレたんじゃないのか?」
「そういった感じではありませんでしたわ。ただ、私の髪を綺麗だと言ってくれたのが、あれはお世辞ではありませんでした」
アルフレッドは妹が髪の色に劣等感を抱いていることを知っている。
王族であるシャーロットは、これまで数え切れないほどの賛辞を向けられてきた。しかし、その多くが身分ゆえの社交辞令や世辞であることも理解していた。
今も妹の手元で光っている照明具が献上されて以来、その引け目は薄れてはいるが、完全に消えたわけではない。
そんな妹が、本当に嬉しそうに自分の髪を褒められた話をしている。
あの少年の言葉は、おそらく飾りのない本心だったのだろう。
「そうか。それはよかったな。しかし……」
(同じ歳の少年が、妹をあんなに喜ばせるとは……とんでもない男だな……。)
こうして兄妹がお互い出会った面白い人の話を共有していた。
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翌日の昼過ぎ、サミュエルはルシアンと共にレオンに呼び出されていた。
そこにはレオンの他になぜかエレノアも同席していた。
「今朝、陛下に呼び出され、謁見をしてきた」
それが呼び出しとなんの関係があるのだろうかとサミュエルは思う。
「そこで冷暖房具と改良送風具を作れと依頼が入った」
「ええ!」
「……なぜ陛下が冷暖房具や改良送風具を知っているのでしょうか?」
サミュエルは驚きの声しか出なかったが、ルシアンが疑問に思ったことを尋ねる。
レオンは、軽いため息を付きながらエレノアに視線をよこす。
「昨日、エレノアが婚約者である第三王子と茶会を行った。その時どうやら冷暖房具や改良送風具の話をしたみたいでな。それが殿下から陛下に話が行き興味を持たれたようだ」
レオンから向けられた視線の意味に気づき、エレノアは気まずそうに顔を背けた。
どうやら原因はそこにいるお嬢様らしい。
もっともサミュエルはそんなことより、昨日の今日で依頼とは、陛下の行動は早すぎやしないかと思っていた。
「ああ、それでレオン様が陛下に呼び出されたわけですね」
「そうだ。魔術具がどんなものか詳しく聞きたいとな。とは言っても私は使用者としての話しかできなかったが、それだけ便利なら冷暖房具を執務室に、改良送風具を寝室に置きたいと言われた」
流れを察したルシアンにレオンが同意し、依頼に至るまでの話を簡単に説明する。
「本来なら、さらに完成度を高めてから王家へ献上するつもりだった。だが、陛下自ら望まれた以上、そうも言っていられん。お前たち二人には悪いが……王都で製作してくれ。それにこれでも台数を少なくしてもらったほうだ」
依頼という形ではあるが、陛下からの話を断ることは辺境伯ですらできない。
「それともう一つ、王族にふさわしい魔術具で頼むと言われた」
最後にとんでもない難題を付けられてしまった。




