第70話 婚約者とのお茶会
サミュエルが本屋で本を読んでいる頃、エレノアはレオンと共に王城にきていた。
レオンは宮廷貴族への挨拶のため、エレノアは婚約者とのお茶会をするために来ていた。
エレノアはレオンと別れ、城内のサロンへと案内をされる。サロンまでの道中は辺りを見回したい気持ちを抑え込み、大人しく王城の使用人に付き従った。
室内でしばらく待っていると、扉が開かれた。
「やあ、待たせたね。初めまして。アルフレッド・スキア・フェルミナだ。この国の第三王子をやらせてもらっている」
サロンへと足を踏み入れた一人の少年は、第三王子を名乗った。
少年の髪は綺麗なエメラルドのような色。その瞳は琥珀のような金色。どちらも王家に色濃く出る象徴的な色だった。
「お初にお目にかかります。マルシュナト辺境伯レオンの孫、エレノア・マルシュナトにございます。本日はお目通りの栄を賜り、誠に光栄に存じます」
エレノアは立ち上がり、カーテシーを決める。普段の快活な姿からは想像できないほど、優雅で自然な所作だった。
「どうぞ、お掛けください」
アルフレッドは穏やかな笑みを浮かべながら、自ら椅子を勧めた。
「失礼いたします」
エレノアは礼を述べて腰を下ろす。その姿勢もまた、礼法の教本に載せられそうなほど美しかった。
8歳にしては洗練された所作にアルフレッドは感心する。
自身もまだ今年で9歳の子どもにすぎないが、これまで数多くの夫人や令嬢に会ってきた。
その中でも社交界に慣れた婦人たちとも遜色はない。
辺境伯の教育の賜物だろうか。
「エレノア嬢。私たちは幼い頃から婚約者ということになっている。急な話だっただろう? このことを知った時、戸惑いはなかったか?」
王族と貴族による政略結婚は世の常。そこに良い悪いもないが相手はまだ幼い。これを機に本音を聞いてしまうと考えた。
「私などが殿下の婚約者に選ばれたことは我が家にとっても至上の栄誉。思うことなどあるはずもございません」
(……やはりこう答えるか。)
王族へ対する満点の回答。アルフレッドは貴族令嬢として高い評価を下した。だがそれだけだった。
もとより期待はしていなかったが、この短いやり取りだけで、アルフレッドはエレノアに対し、彼女もまた、これまで出会ってきた令嬢の一人と同じなのだろうと考えた。
礼儀としていくつか会話を交わし、この茶会を早々に終わらせようと判断した。
「それはよかった。マルシュナト辺境伯の領都はどんな街かな?私はこの王都から出たことがなくて他の街のことを知らないんだ。よかったら教えてくれないか?」
相手の話しやすい話題を提供し、好きに話させ満足させて切り上げるように持っていく。
「はい、王都ほどは栄えておりません。ですが王都と公爵家の領都を除けば最も栄えている街と聞いております」
「そうなのか。なぜそう思うのか理由を聞かせていただいても?」
どこの貴族も皆口を揃えてそう言う。王都と公爵に配慮した上で、自分の所が一番だと。見たことがないからと胡散臭いと思っていた。
「私の住む、マルシュブルグという領都は辺境でございます。そのためお祖父様は経済に力を入れております」
「それは何故だ?辺境なら隣国や魔物が他の地より脅威のはずだ。なぜ武力より経済に力を入れる?」
「殿下のご認識に間違いはございません。ただし最も危険なのは国境や魔族領域と直に接している子爵家や男爵家の寄子たち……。そのため祖父は、寄親である自らと寄子同士の物流に力を入れました」
アルフレッドはいつの間にかエレノアの話に引き込まれていた。
先ほどまで社交辞令として聞き流すつもりだった話が、いつの間にか辺境統治の話へ変わっていた。
今年で8歳の少女が語っているとは思えないほど、その説明は筋道立っていた。
「物資が正しく辺境に送られれば現地の部隊は精強になります。そのため1日でも長く持ち堪えられます。領都にも物やお金が流れ、街は活気に満ち、発展していきます」
「なるほど、興味深い話だね。貴族の令嬢とは思えないほど自分の領地のことをよく勉強している」
「お褒めに預かり、光栄でございます」
アルフレッドはふと思い出す。
「そういえば6歳の時の祝賀会でマルシュナト辺境伯から素晴らしい魔術具を貰ったな」
色の変わる照明具。自分にとっては珍しい程度の代物だったが、妹のシャーロットが非常に気に入っていた。妹は魔術が使えないため、魔術が使えるアルフレッドが妹のためによく魔力を流す役目を担っていた。
「はい、我が領地には腕の良い魔術技師がいるので魔術具の生産にも力を入れております」
アルフレッドはふとエレノアの口調が早くなっていることに気が付く。
「例えばどんなものがあるんだい?」
「最近ですと、送風具を改良して涼しい風を起こせる物ができました。私の部屋にも置いてもらい快適な日々を過ごしているんです」
おや?とアルフレッドは小さく首を傾げた。
「それと凄いのが、冷暖房具という魔術具ですわ。それは部屋を締め切って使う魔術具で、夏でも秋のように涼しく過ごせるのよ。冬には部屋を暖かくして暖炉もいらないわ。私もルシアンやサミュエルと協力して作ったのですわ。それで――」
「ハハハ!」
アルフレッドは思わず笑ってしまう。その反応にエレノアは驚いて言葉を止めてしまった。
「いや、すまない。エレノア嬢。貴方は気がついていないようだが、言葉が砕けているよ。それが君の素の姿なんだね」
言われてハッと気付く。教えられた通りに上手く出来ていたつもりが、話しているのが楽しくて気づかぬうちにいつもの調子が出てしまったのを殿下に見られてしまった。
「いや、構わないよ。私はそっちの君の方がずっと話しやすい」
エレノアは頭の中で祖父へ謝罪した。
だが、当のアルフレッド本人が気にしていないというのなら、これ以上取り繕っても仕方がない。そう思い直し、いつもの調子で話し始めた。
気づけばアルフレッドも茶会を早々に切り上げることなど忘れ、エレノアの話を引き出そうとしていた。
「その冷暖房具というのは便利そうだね。協力したとはどういった協力をしたんだい?」
貴族令嬢の協力とはああしろこうしろと言った要望ぐらいだとは思っての質問だったが――
「いえ、魔術技師がどうやって風で書類を飛ばされず涼しくできるかというのに頭を悩ませていたので、私が保冷庫のように中を涼しくできればいいのでは?と提案したところ、部屋を冷やすという考えを思い浮かべたのよ」
本当は『保冷庫の中なら送風具がなくても涼しいからあの中で仕事すればいいわ!』といった保冷庫に入った実体験に基づく発言だが、それは他所で言わないように口止めされているため、違う言い回しにした。
その回答にアルフレッドは目を丸くする。要望ではなく問題解決に導く提案をしたという。しかも目の前の令嬢は一方的な命令ではなく、魔術技師たちと共に議論を重ねていたということになる。
「それは凄いな……魔術技師と一緒に便利な魔術具を作ったということかい?」
「いいえ、私は口を出しただけなの。本当に凄いのはそれを考えついて作ったサミュエルですわ」
「先ほどから出てくるサミュエルとは?」
「魔術技師見習いですわ。とても凄い子なのですけれど、少し陰気なのが問題で……今は私が色々教育中ですわ」
面白い令嬢だなと思ったと同時に、年上であろう魔術技師見習いを「陰気」と言い放ち、「教育中」などと言ってしまうあたり、なかなか口も達者だとも思った。もっとも、それを口にするほど野暮ではなかった。
先ほどまでとは違い、アルフレッドは自然と次の話題を探していた。もっとエレノアという少女を知りたいと思ったからだ。
気がつけばレオンが近くまで迎えに来ているとのことで、本日の茶会は終了となった。
「エレノア嬢。楽しい時間だった。また王都に来た時は是非茶会に参加してくれ。今度は妹も一緒に話を聞かせて欲しい」
「こちらこそ楽しいひとときでしたわ」
一度気持ちを切り替えるように姿勢を正し、カーテシーを決める。
「本日はお茶会にお招きいただき、誠にありがとうございました。殿下とこのような楽しいひとときをご一緒できましたこと、心より感謝申し上げます」
最後は貴族の令嬢らしい言葉でアルフレッドに別れの挨拶を告げた。
最初は、よく教育された大貴族の令嬢としか思っていなかった。だが、素の姿を知った今では、その二面性こそが彼女の魅力なのだと思えた。




