第60話 製作依頼 (8歳)
「レオン様。ルシアン様がお見えです。」
「通せ。」
ルシアンとサミュエルは辺境伯邸の執務室へと通された。
執務室では数人の文官が報告を待ち、秘書が書類を整理していた。その奥でレオン辺境伯が顔を上げる。
「よく来てくれたな。」
「レオン様の呼び出しとあればいつでも参上しますよ。本日はどういった用件で?」
「昨日エレノアから聞いた。なんでもそこのサミュエルが送風具を改良したとか。同じものが欲しいと言われてな。そこにあるのがそうか?」
「はい。使用人の方からお持ちするよう伺っていましたので。」
ルシアンの腕には送風具が抱えられていた。まだ8歳のサミュエルでは抱えるだけでも一苦労なため、送風具はルシアンが持ってきていた。
「それをここで使えるか?」
「はい、問題ありません。」
ルシアンが改良送風具を発動させる。そして心地の良い風がレオンの顔を撫でた。書類がめくれそうになったが、すぐにレオンは書類を押さえたため、特に散らばるようなことはなかった。
「ほう、これは確かに心地の良い風だな。」
レオンは心地よさそうに目を細めた。夏でも礼装を崩せない貴族にとって、風があるだけでも体感は大きく違うのだろう。
「これはなかなか良いものだな。同じものを作れるか?」
「できます。いくつご入用ですか?」
レオンは背もたれに身を預け、顎をあげる。頭の中で必要な台数を考えているのだろう。
「いま我が家には3台ある。それをこれと同じものに改良。それとは別に新規で5台。」
「一度に8台もですか?」
「それともう一つ頼みたい。風を強くしたり、弱くしたりできんか?離れた人にまで風を届けさせたい。」
ルシアンは答えず、サミュエルへ視線を向ける。それだけで十分だった。
「できます。魔力を調整する術式を追加すれば、風量も調整できます。」
これは改良照明具で使った魔力調整術式の応用でできそうだとサミュエルは考えた。
「ほう。それならそちらで頼もう。」
こうして依頼内容が定まった。
「それにしても大口な製作になりますが、いいんですか?」
「エレノアにねだられてな。だがエレノアだけに与えるわけにもいかん。ならこれを機に全員の私室に置いてやろうとな。去年は誰かのおかげで懐も温まったからな。」
今でこそ改良照明具の受注もほとんどなくなってしまった。それでも辺境伯家には十分な利益をもたらしたのだろう。
「デザインはどうしますか?」
「改良は同じものでいい。私室に置くものはそちらを任せよう。そこまで華美でなくてもいいが、それと同じなのはやめてくれ。」
「これは工房で使っている試作用で、使えればいい物ですからね。貴族の私室に置いても不自然ではないものに仕上げましょう。」
「改良は客室の物から頼む。それが出来たら執務室のものと入れ替えてくれ。幸い客室は使う予定はないからな。」
「承りました。」
「そうだ、サミュエル。」
ルシアンと一緒に執務室を退室しようとすると、レオンはサミュエルに待ったをかけた。
「エレノアの相手をしてくれて感謝してるよ。あの子は楽しそうに君のことを話している。」
「い、いえ。もったいないお言葉です。わ、私がエレノア様のお相手をさせていただけてるだけでも身に余る光栄です。」
それを聞いたレオンは笑う。
「おや?私が聞いている話とは少し違うようだが?エレノアに対しては案外ぞんざいな扱いをしているように聞こえてたが。」
(まずい――。)
サミュエルは冷や汗をかく。エレノアが普段気にしない上、あのような態度だから軽くあしらっていたことが辺境伯にバレてしまったようだ。
「ああ、気にしなくていい。あの子はそれはそれで楽しそうだからね。家族以外からはどうしても気を遣われる立場だ。公の場でなければ私からどうこう言うつもりはない。」
「あ、ありがとうございます。」
どうやら問題視するつもりはないようで、サミュエルは胸を撫で下ろした。
「それと、家族への手紙は出しているか?」
「はい、母からも出すよう言われているので定期的に送っています。」
「ならいい。私からもセドリックには軽く報告しておくことにしよう。では行っていいぞ。」
「失礼しました。」
こうしてレオンとの面会と、送風具の受注を終え工房に戻ることになった。
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工房への帰り道、ルシアンから今後のことで指示があった。
「サミュエル。お前もうちで新規からの製造は初めてだな?まずは俺は改良を優先するからお前は新規の製造からやれ。」
「え?いいんですか?でも貴族向けのデザインとかよくわかってないんですが……。」
「デザインに関してはミーナを頼れ。あいつが決めたことならそのままで問題ない。ただし術式を刻む上で問題にならないかの視点をお前は持て。魔術具作成の工程がわからなければガレスに聞け。いまの工房を運営しているのはあいつだからな。」
サミュエルはすでに術式を理解し、一台は改良している。新規製造の工程を学ばせるには、ちょうど良い機会なのだろう。
「わかりました。やってみます。」
そうして工房に戻ると、さっそく新規製作に着手することになった。
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「なるほどねー。それで私を頼ってきたってわけだ。」
試作機の術式と外観図を手に、サミュエルはミーナの作業部屋を訪れた。
「はい、貴族向けのデザインとなるとよくわかっていないので……。師匠にはミーナさん頼れと言われました。」
「それは嬉しいね。お姉さんに任せなさい!」
「あ、でも術式を刻む側の視点も持って、一緒に考えろと言われました。」
「当然だねー。さすがに経験からある程度はわかるけど、術式を描くのは魔術技師の仕事だからね。まあそれでよく意見が衝突するんだけどね!」
そう言ってミーナは試作機の外観図に目を落とすと、早速自身でデザインを書き始めた。
「うちで使っている試作機とはいえ、さすがに無骨すぎるからね。じゃあ貴族用ってのはどういうものか?はい、サミュエルくん!」
「えっと……。綺羅びやかな……感じですか?」
「まあそこはそれほど間違ってないね。」
うんうんと腕を組み、ミーナは頷く。
「だけどこれは少し違うかな。派手だとどうしても目を引く。だけど送風具の目的は目立つことじゃない。部屋に馴染むことなんだよ。もちろんこれもインテリアとして機能させたいならそれもありだけどねー。」
サミュエルは思わず感心した。これまで彼が考えていたのは術式や性能ばかりで、部屋全体との調和という発想はほとんどなかった。
「今回は私室に置くんだよね?じゃあ部屋にあっても不自然じゃないぐらい落ち着いた、でも質素だとか無骨だって思われないデザインにしなくちゃいけないんだよ。」
(なるほど……。)
ただ見た目を整えるのではなく、置かれる場所まで考える。それがデザインなのだ。
「それなら……試作品は送風口から術式の基盤が丸見えなんですが、これも見えないようにしたほうが良いですよね?」
「基盤? ああ、術式を描いた鉄板のことだね。その呼び方、わかりやすいね! それに良いところへ気づいた。だから魔術具の中には、基盤じゃなくて見えない所へ直接術式を描くものもあるんだよ。」
そういえばとサミュエルは思い出す。初めて見た照明具は見えない場所にびっしりと術式が描かれていた。
「照明具で見た覚えがあります。でも術式を一枚の基盤にまとめたほうが簡単じゃないんですか?」
今思うとあれは不思議だった。描きにくいし、拡張性もない。見えないならデザインを気にする必要もないのだ。
「それは魔術技師の視点だねー。うん、それは間違ってないよ。でも使う人の視点が入ってないかな。サミュエル君が見たという照明具だけど、どう使う?」
「えっと……壁にかけたり……あとは手で持ってランタンのように使ったり……ですか?」
「そうだね。じゃあずっと持ち続けるなら、基盤が一枚多いのと少ないの。どっちがいい?」
「当然少ないほうが……そういうことなんですね。」
サミュエルは使う人の視点とはそういうことかと気がつく。少しでも軽いほうが使用者の負担が少ない。
「見た目を整えるだけがデザインじゃないんだよ。使う人が少しでも使いやすいように考える。それもデザインなんだから。特に私のように小さくてひ弱な種族だと案外大事なことなんだよ。」
「勉強になります……。」
自分一人では絶対に思いつかない発想。ルシアンが他人と交流し、議論をしろと言っていた意味を痛感することになった。
「まあ今回は持ち運ぶものでもないから基盤でもいいよ。ただサミュエル君が言ったように見えないようにはしないとね。」
サミュエルは図面へ目を落とした。見えないなら隠す。なら逆に見せることはできないのだろうか。
「逆に術式をデザインとすることはできないんですか?」
「良い発想だね!でもそれは術式が美しいとか思うリュシエルみたいな変わり者向きだね。でも見せ方次第ではありかもしれない。まあ今回は見送りかな。やろうとしたら大変だからね。じゃあ一緒にデザインを考えようか。」
「はい。お願いします。」
そうしてサミュエルはミーナと共に貴族の私室向けの送風具という、初めて挑むデザインに着手することになった。




