第59話 魔力消費量(8歳)
改良送風具が完成した翌日、サミュエルは日課となった朝の祈りと納品確認を終えた。
するとルシアンに、リュシエルの研究室に行くぞと声をかけられた。
正直気は進まない。あの研究室に足を踏み入れれば、いつの間にか研究の話へ引きずり込まれそうな気がしてならない。しかしルシアンは昨日のことで話をしたいとのことだ。
「リュシエル。入るぞ。」
一拍置くと、ルシアンはリュシエルの返事を待たずに扉を開き、中へと入る。
あらかじめわかっていたようなその動作から、おそらく返事がないことはよくあることなのだろう。しばらくしてようやくこちらに気づいたのか、リュシエルは煩わしそうに顔を向ける。
「……入室の許可は出していないが?」
「駄目だと言われていないからな。そんなことより話したいことがある。」
「今は忙しい。手短に頼む。」
ルシアンはリュシエルに昨日完成した改良送風具と、そこに至るまでの発熱術式の理論と推測を話した。
「なるほど……結果を見る限り、お前の推測は筋が通っている。」
リュシエルは言葉を飲み込むように黙り込み、考え込む。
「基準となる熱は環境に左右されない、と。それで、何を調べてほしいんだ?」
「魔力消費量がどの程度違うのか知りたい。術式を3つ用意した。送風具として使った際に、痛いほど冷たい術式、寒いぐらいの術式、涼しい術式の3つだ。すべてサミュエルが試したところ、気にならない程度の魔力消費量だったようだ。」
ルシアンは昨日と一昨日に試した術式の一部を書き写したものを用意していた。おそらく昨日の内に、リュシエルに話をするために用意したものだろう。
「つまりこれらがどれくらいの魔力消費量なのか知りたいと……。ならサミュエルを貸してもらおう。こいつに体感で、どの魔術と同程度の魔力消費か比べてもらうのが早い。」
「いいだろう。」
「ええ!?」
自身がいつの間にかリュシエルに貸し出されることが決まってしまったことに驚愕する。結局その日の昼から、リュシエルとの共同実験が始まることとなった。
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(やっぱりこうなった……。)
実験が始まってしまった。
「ここに比較用の術式をいくつか用意した。それぞれ魔力を流してどの術式より消費が多いか、少ないかを教えてくれ。俺は記録をする。それと術式だけじゃない。使える魔術とも比べられるなら、それも教えろ。」
「何の術式ですか?」
「教えない。お前の感覚が本当に信用できるかも確かめたい。よく使われる術式や魔術なら、おおよその魔力消費は把握している。それと照らし合わせる。」
よく使われる術式だからこそ比較できる。そうでなければ判断材料がない。先入観を取り払い、自分の感覚がどこまで信用できるか。その確認も兼ねているのだろう。
「ではお前から見て左側から順番に始めろ。それと並びと魔力消費量は関係ない。」
「はい。」
言われた通り順番に術式に魔力を流していく。ただ、魔力を流した感覚だけで何の術式かわかるものもあった。
「これは……清水生成より多いです。」
リュシエルは黙って紙へ書き込み、
「次。」
「これは点火と同じぐらいです。清水生成より少ないです。」
今度も何も言わず記録だけを終えると、
「次。」
「点火より少ない……浄水ですか?」
相変わらず無言で紙へ書き込む。
「次。」
「あれ? これは浄水より少ない……ってこれ僕が送風具に使ったやつですよね。」
なおリュシエルからの反応は正解や違うといった反応はない。
自身の反応でサミュエルの判断に影響を与えないようにしているのか、はたまたそういった性格の人物なのかは定かではない。
すべての実験を終えると、リュシエルは記録した紙へ視線を落とした。
「用意した術式や、お前が報告した魔術の消費量の順番は正確だった。そこからお前の感覚はある程度正しいものとして扱ってよさそうだ。」
リュシエルはこの結果にどこか満足そうな表情を浮かべた。今後の研究への使い道が思いついたのかもしれない。
「そしてルシアンが用意した送風具の術式は最も少ないとされる浄水術式より少ない。寒い術式は送風術式と同じぐらい。痛いぐらい冷たい術式は氷生成より少なく、清水生成と変わらないということがわかった。」
「そうなんですね。それでこれをなにに使うんですか?」
サミュエルは情報収集には協力した。だが用途が思いつかない。
「それを考えるのがルシアンやお前のような魔術技師の仕事だ。私がやるのは魔術や術式の研究だ。報告を書いたこの紙を持ってルシアンに届けろ。」
そうしてその日の実験を終えることになった。
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翌朝になっても、サミュエルの頭の中は昨日の研究でいっぱいだった。
発熱術式の法則は見えてきた。あとはそれをどう生かすか──。
日課となっているお祈りと納品確認を終えてルシアンに会いに行く。
「昨日の報告書はさきほど見せてもらった。なかなか正確な感覚だったみたいじゃないか。」
「そうみたいですね。」
「リュシエルの報告を見ていて気になったんだが、お前の魔力量はどれくらいあるんだ?」
「最近魔力切れになったことはないです。照明具を改良しているときに数え切れないほど発動させたときに魔力切れになりかけたのが最後だったと思います。」
「だとするとその歳にしては相当な魔力量みたいだな。」
自身の魔力量の話になっていることに若干の気恥ずかしさを感じたため、話題を変えることにした。
「それで……発熱術式……もう面倒だから冷却術式と呼びましょうよ。」
「冷却術式か、わかりやすいな。発熱術式の一部を反転させた術式も勝手に名称を決めちまおうか。」
「反転した術式……反転術式? でも反転しているのは術式そのものじゃないですよね……。」
「術式の一部の構造だけだな。」
「それなら……反転構造はどうですか?」
「ならそれでいこう。」
「それで冷却術式はなにに使うんですか?リュシエルさんからはそれを考えるのが魔術技師だと言われました。」
今回の実験の目的をルシアンに尋ねると笑いながら口を開いた。
「あいつらしい言い方だな。だが間違っていない。そして使い道に関してはまだ考えてはいない。ただしいつ使えるようになるかわからない。そのために知識を蓄積しておくんだ。」
話が一区切りついたところで、研究室の扉がノックされた。
「ルシアン様。レオン辺境伯様がお呼びです。お屋敷までご同行ください。」




