第61話 先達の経験談(8歳)
サミュエルは昼食を取っていると声をかけてくる者がいた。
「隣いいか?」
「あ、ガレスさん。どうぞ。」
ガレスは皿に盛り付けられた料理を手に、サミュエルの正面の席に座る。サミュエルに話したいことがあるようだった。
「師匠から聞いたぞ。改良送風具はお前の案だってな。よくやってくれた。」
「どういうことですか?」
急にお礼を言ってくるガレスにサミュエルは困惑する。
「3台改良して、5台新規だろ?レオン様からの依頼とはいえ大口な依頼だ。結構な稼ぎになる。それに送風具はそこまで難しい魔術具でもないからあいつらの経験を積ませるのにも丁度いいからな。」
工房を任されている者として、大口依頼は助かる。それと弟子を持つ身としてもありがたい内容だと席で食事を取っている弟子3人を指差した。
「僕も師匠から新規でやれと言われました。今はミーナさんとデザインの件で学ばせて貰っています。」
「あの人は多くの魔術具をデザインしてきたからな。今では欠かせない人材だよ。色々と教わるといいさ。それと送風具の術式を見せてもらったが中々面白いな。」
ガレスは魔術技師らしく、話題は自然と送風具の術式へ移っていく。
「師匠からも聞いたが発熱術式の魔力消費とか、反転構造だとか新しい発見と応用の産物みたいじゃないか。既存の術式の利用価値を見出したのは俺には思いつかなかった発想だ。」
「いえ、偶然ですよ。」
「それでもだ。お前も知っての通り、本に載っている術式のすべては古くありきたりか、使い道がないとされた術式だ。それを組み合わせて新しい使い道を見つけるのは柔軟な思考ができる若者の特権だな。」
「若者って……ガレスさんまだまだ若いじゃないですか?」
「いいや、俺はもう45歳だ。そろそろ孫が生まれる年齢だぞ。さすがに若いは無理がある。そりゃ70近い師匠よりは若いけどな。」
この世界の基準はわからないが、サミュエルの感覚では45歳で工房を任されているのは十分若い気がした。
「そうなんですね。じゃあ弟子入りはいつ頃したんですか?」
「俺は15歳の時に師匠に拾われたな。手先が器用だったのと魔術が使えるから、興味があるならうちに来いって。だからちょうど30年になるな。」
30年……ガレスの人生の2/3は、魔術技師として歩んできたことになる。そしてそんなガレスの経験談をサミュエルは聞きたくなった。
「その……いままでで一番大変だったのはなんですか?」
「そうだな……やはり一番悩まされたのは納期だな。」
「納期ですか?」
まさか技術や術式のことではないことに驚いた。
「納期は大切だぞ。守って当たり前、そして守らないと信用を失う。これは商売をしているどの仕事も同じだな。そして技術面以外の問題で納期が遅れそうになることがある。素材が間に合わないとかな。」
辛かった時のことを思い出したのか、ガレスはやや遠い目をした。
「若い頃、一度だけ素材を卸している商人の言葉を信じて、納期ぎりぎりまで待ったことがあった。結局材料は届かず、徹夜で代用品を探し回ったよ。依頼は何とか間に合ったが、師匠にもこっぴどく怒られた。まあ当然だよな。あれ以来『他人の予定を自分の予定にするな』って肝に銘じてる。」
「だが依頼者からすればそんなことは知ったことじゃない。だから受注時にしっかり納期を決めておくことが大事だ。そこで大切なことを3つ、教えよう。」
「3つですか?」
ガレスは3本の指を立て、一つずつ折りながら言った。
「一つ、納期は余裕をもって提示する!二つ、短縮依頼は割増料金!三つ、早く完成しても慌てて納品するな。最終確認を済ませて前日に納品!」
とんでもないことを言い始めたなとサミュエルは思う。
「それでいいのか?と思うだろ?わかるぞ。だがよく考えてみろ。依頼者がこちらの都合を考慮してくれないのなら何かあったときのために長めに納期をとっておいたほうがいい。」
「はあ……。」
「それより早くやってくれと言うのなら、無茶をすれば可能だというのを匂わせて、割増料金を取れ。それで引き下がるなら問題ないし、受けても次から無茶な納期は言われない。」
サミュエルは納得した。だが最後の一つだけは、その理由が見えてこない。
ガレスは3本目の指を見せたまま、最後の一つを口にする。その表情からは、これが最も伝えたい教訓なのだと伝わってきた。
「そして早く終わっても納品は前日にするんだ。たとえすぐ出来ても『こんなに早くできるなら、次からはもっと短くてもいいよね』と思われるからな。それに品質の確認は職人としても大事なことだ。」
工房を預かる身、家族を持つ者として考え、職人を養う者としての覚悟がその教えには詰まっている気がした。半隠居となった今のルシアンよりも、現場で工房を切り盛りするガレスだからこそ実感を込めて語れる教訓なのだろう。
「サミュエルもいつかは工房を持つ日が来ると思う。それだけの腕と発想力があるのは俺でもわかる。ここで色々学び、経験していい魔術技師になった時、このことがよくわかるはずだ。あ、ちなみにマルシュブルグ以外で工房を構えてくれよな。」
笑いながらそんなことを言う。なんとなくだが、ガレスにはサミュエルがただの魔術技師で終わらない気がしており、競合になることは心配していなかった。
「食事も終わったし、昼からも頑張るか。また聞きたいことがあったらいつでも聞いてこいよ。師匠にもそう言われているんだろ?」
「はい、また聞かせてください。」
そうして二人は席を立ちそれぞれの作業場に戻ることにした。
「師匠、俺たちにも送風具を作らせてもらえるんすか?」
トーマスのそんな声が聞こえてくる。先程のガレスとの会話が聞こえていたようだ。
「簡単な所だけな。だけど手を抜くんじゃねえぞ。」
弟子たちとそんなやり取りをしながら作業場に戻っていった。
数日後、サミュエルは新規で送風具を完成させた。
試作品とは異なり、術式は見えない位置へと収められ、落ち着いた意匠に仕上がっている。
「うん、これなら貴族の私室にも違和感なく置けるね。」
ミーナが満足そうに頷くと、ルシアンも完成した送風具を手に取った。
「……おい、サミュエル。お前の刻印はどこに入れた。」
「見えない所に入れました。意匠を優先したほうが――」
その瞬間、軽い衝撃が走る。
「痛っ!」
どうやらルシアンに小突かれたようだ。
「馬鹿者。刻印は職人の誇りだ。隠すもんじゃねえ。」
「でも、見た目が……。」
「意匠は大事だ。だが、自分が作った物だと胸を張れ。お前が責任を持って作った証なんだからな。工房の刻印の隣にお前の刻印を入れろ。」
サミュエルは思わず息を呑んだ。工房の刻印の隣に、自分の刻印を入れろ。それは弟子として認められた証のようにも思えた。だが、一つだけ気になることがあった。
「師匠……。工房の刻印も入るなら、僕の名前はあまり知られなくなりませんか?」
ルシアンは少し呆れたように笑う。
「そんな心配をしてたのか。」
送風具を軽く持ち上げながら続ける。
「客は工房で買う。だが職人は刻印を見る。いい仕事をすりゃ『この刻印は誰だ』って必ず聞かれる。」
「そういうものなんですか?」
「そういうもんだ。腕のある職人は隠せねえ。むしろ工房に所属してた方が信用も付く。」
「信用……。」
「名前だけじゃ食っていけねえ。まずは良い仕事を積み重ねろ。名は後から付いてくる。」
「……ありがとうございます。」
嬉しそうに頷くと、ルシアン工房の刻印の隣へ、自分の刻印を刻んだ。
この工房の一員として認められた気がして、胸が温かくなった。




