第51話 工房の仲間たち(8歳)
翌日、朝の支度を終えると早速工房へ向かった。
工房へ入ると、すでに他の者たちも集まっており、全員で朝の祈りを済ませてから紹介の挨拶に入った。
「全員集まったか。紹介しよう。サミュエルだ。サミュエル、挨拶をしろ。」
(え?それだけ?)
「さ、サミュエルです。今日からよろしくお願いします。」
挨拶を促されたサミュエルは無難な挨拶をし、目の前にいる人たちを見る。
左から、40歳ぐらいの男性、ドワーフの女性、エルフの男性、ハーフリングの女性が居た。
異種族に関しては誰もが若く見え、正確な年齢はわからない。
「よろしく。今は師匠の工房を任されているガレスだ。師匠は親方だけどもう半隠居状態だから弟子を改めて取ると聞いて驚いたよ。」
「面白い奴だったからついな。年寄りの道楽だとでも思ってくれ。」
人族の男性はガレスと名乗った。どうやらこの工房の中心人物のようだ。
「よろしくー、ミーナだよ。金細工の担当をしているよ。君は人族でいいよね?人族ならまだ幼いと思うんだけど大丈夫かな?」
サミュエルとそこまで変わらない背丈で茶色のロングヘアーのハーフリングの女性が気さくに挨拶をしてきた。
「そうだな。人族かエルフならまだ子どもだ。エルフなら50歳にもなっていないぐらいだろうか。耳を見ると人族のようだから8歳か9歳ぐらいだろう?」
ミーナの疑問にサミュエルが答える前に、金髪で整った顔立ちのエルフの男性がサミュエルを観察した結果を口にする。
「自己紹介がまだだったな、私はリュシエル・シルヴェルトだ。ここより南東の森林に住むシルヴェルト氏族の一人だ。ここでは魔術の研究をしている。」
「さ、サミュエル・ヴァロワールです……よろしくお願いします。」
「それはさっき聞いた。」
「はい……。」
「そいつの言うことはそんな気にしなくていいよ。こいつエルフでも変わり者でね、誰にでもこんな感じなんだよ。私はヘルガ。見ての通りドワーフさ。鍛冶を担当している。」
最後にミーナより縦にも横にも一回り大きい黒髪の女性が名乗った。
「こいつらにはこの工房で魔術具を作ってもらっている。依頼があったらそれぞれで話し合い、それぞれが魔術具の骨子となる部分を担当する。それをガレスがまとめ上げ最後に術式を描くってわけだ。」
「そんな形式をやってるのはうちぐらいなものですけどね。大抵は鍛冶屋なり金細工師に外注してやってるって話じゃないですか。」
「お前ら以外の専門ならうちでもそうするけどな。できれば工房に引き入れたいが、いい腕のフリーの職人がいないから仕方ねえ。」
ルシアンが工房での仕事内容のざっくりと話すとガレスが補足をする。どうやら工房内で分業制にしているのは珍しいようだ。
「前に話した通り、昨日からこいつは俺の弟子になった。基本は俺に付いて回らせるが、お前らとも仕事をさせることが出てくるから協力してやってくれ。今はここに居ないがガレスにも弟子が居る。場合によってはそいつらと共同でやってもらうことも出てくるだろうがその時は頼んだぞ。」
(ここ以外にも居るのかよ……勘弁してくれ……。)
「わかりました。サミュエル……君でいいのかな?貴族の子弟みたいだけどここでは貴族として扱わないからそれは覚悟しておいてほしい。」
「はい、それなら大丈夫です。」
「よし!話は終わったな!じゃあ行くぞサミュエル!調理用点火具を改良するぞ!」
「は、はい……ではみなさん、失礼します。」
そう言ってルシアンとサミュエルが別室に移動していった。
「まだまだ働きに出る歳じゃないでしょ?面白い子が来たねー。わざわざ親方が今頃弟子入りさせるぐらいだし、ガレスの地位もやばいんじゃないー?」
「それはないだろう。俺は師匠から後継者として今後のすべてを任されている。たとえば口が達者なハーフリングの給料を減らしたりね。」
「嫌だな―冗談じゃないですかー。」
「本人も言ったように余生を充実させるための道楽だろう。師匠は俺達を工房を任せるための跡継ぎとして育てたけど、おそらくあの子には、師匠の悲願を一緒に追わせたいんだと思う。」
「……やりたいこととは?」
「師匠の悲願……かな。」
リュシエルの疑問にガレスが答えた。
「ああ、あれか。」
「あれかい。無茶な話だとは思うけど、出来たら凄いことになるねえ。あの子もそれに関わることになるのかい。」
「自分の技術を教えるというのも嘘じゃないだろうけどね。少なくとも私や兄弟弟子たちとは期待の方向が違うだけなんだと思うよ。早速なにか改良するみたいだから依頼がない時なら協力しようか。」
「りょーかい。では昨日の作業の続きに戻りまーす。」
そう言って各々が持ち場に戻った。
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「――というわけでここに魔力調整用の術式を入れるのどうだ。外部のツマミで弱火、中火、強火ぐらいに変化させるのがいいと思う。」
「はい、僕もそれでいいと思います。でも弱火よりさらに弱いとろ火を、中火も弱中火と強中火に追加することでさらに調整しやすくしたほうがいいと思います。」
「こいつのサイズ……6段階はいけるな。それでいこう。さっそくミーナにツマミの調整をさせよう。」
「あ、それなら僕もできます。」
「そりゃあ俺でもできる。だがなこういうのは専門家に見せる意味もある。昨日言っただろ。議論しろと。こいつはあくまで俺達で使うやつだが、もしかしたら売って欲しいって奴がでてくるかもしれんだろ。だからしっかり専門家の意見を聞き、使いやすい形にしておけば後の量産もしやすくなる。わかったか?」
「はい。わかりました。」
「では行くぞ。試しにお前から説明しろ。」
「ええ……。」
挨拶を終えると、すぐに昨夜話した調理用点火具の改良に入った。改良照明具の応用のためすぐに形はできたが、ルシアンからすれば火の方で調整するという感覚があまりないため、調整段階も大雑把な物を提案してきた。そこは前世でガスコンロやIHクッキングヒーターなどを利用してきた人間として細かい切り替えを提案した。
そこまではよかったが、ミーナにサミュエルから説明しろといういきなり難題をふっかけられた。
「お前が苦手としているのを知っていると昨日言っただろ?だからやれ。」
「……はい。」
横暴だとは思ったが、これも弟子のためを思って言っているのだと思い、素直に従う。ミーナに辿々しく説明すると、『面白いこと考えるねー』と言ってツマミの位置や実現可能かも考えてくれた。自分はどうしても前世の完成形に引っ張られてしまうため、魔術具にした場合の最適とは違う。ミーナは魔術具にとっての最適な形へと変化させてくれたのだった。
「よし、じゃあこれから術式を描く。せっかくだから俺がやるところをお前は見ていろ。学べることがあるはずだ。」
「はい。」
ルシアンの作業を見守る。サミュエルはよくよく考えてみれば他の魔術技師の作業するところを初めて見ることに気づいた。作業に入る瞬間、ルシアンの空気が変わった。ざっくばらんな感じが鳴りを潜め、神経を尖らせ、僅かな変化も見逃さない。そんな空気だ。手際も特別早いわけではない。だが恐ろしく正確で迷いがない。工具の使い方も見て学ばせてもらった。それからしばらくして、作業が完了する。
「よし、出来たな。質問はあるか?」
もちろんある。ないわけがない。
「一番気になったのは、なぜ最初に術式を彫ったんですか?」
従来のように魔術インクで術式を描くのではなく、術式を彫刻刀のようなもので彫ったのだ。
「ああ、これは彫った溝に魔術インクを流し込む。そして溢れた部分を削れば表面は平らになるだろう?すると摩耗や欠けが発生しにくくなって長く使えるってわけだ。うちの工房特有の技術だな。」
「どうしてそこまでするんですか?手間が増えてる気はしますが。」
「お前の言う通り手間は増えている。だが俺は保守性を高めるために必要だと判断した。もしこれが、魔術具を修理できる奴の居ない町に売られたとする。そして輸送中の問題ですぐに使用できなくなったらどうする?購入者はもちろん困るし、うちの工房の評判も下がる。」
それはサミュエルにとって忘れていたことだった。自分は前世で田舎町の出張修理などよくしていたではないか。長く丈夫で使えるなら自分の仕事は減るが、使う人は助かる。
「すみません。見落としていました……。」
「お前は自分で直せちまうからな。気づけなくても仕方ない。」
違う、そうではない。知っているはずなのに、わかっていたはずなのに忘れていたことがサミュエルの中の男にとって酷く恥ずべきことだった。
「よし、ではさっそく試してみるか。」
そう言って魔力を注ごうとしたとき、扉が大きな音と共に開かれた。
嵐が襲来したのである。




