第52話 嵐の正体(8歳)
「ルシアンおじ様!入りますわよ!」
大きな音と共に勢いよく扉が開かれた。
そこに現れたのは、サミュエルと同じぐらいの薄い青髪に、肩まで掛かる髪を切り揃えた気が強そうな美しい少女だった。青い瞳は好奇心に満ち、その表情には遠慮という言葉がない。身に纏う淡い青色の服は見たこともないほど上質だったが、本人はそんなことを気にも留めず堂々と胸を張っていた。
(いや、もう入っているじゃん……。)
サミュエルがそう思った時には、少女は部屋の中央まで進んでいた。
「お祖父様から聞きましたわ!面白い子が来てるって!」
「お嬢……ここは危ないから勝手に来るなと言っているだろう。」
ルシアンが少女に対して注意をする。口ぶりからして常習犯で効果は見込めないようだが。
「お祖父様から行ってきていいと言われたわ!」
「護衛を連れた上で淑女らしくとは言われなかったか?」
ルシアンの指摘に対してそっぽを向くお嬢。
「お嬢……?」
「ああ……紹介しよう。お嬢はエレノア様。レオン様の孫娘で、次期辺境伯の末娘だ。」
なんと辺境伯の孫だった。しかも次期辺境伯の娘となれば、ルーカスよりさらに立場は上だ。
「貴方ね!面白い子っていうのは!」
エレノアがサミュエルを指差し、ズカズカと近づいてくる。その姿は淑女らしさの微塵もなかった。
その勢いに気圧されたサミュエルは、反射的にルシアンの後ろへ隠れた。
「なんで隠れるのよ!」
「な、なんか怖かったから……。」
「失礼ね!怖くなんかないわよ!」
「お嬢……淑女らしくと言われなかったか?」
再度ルシアンが指摘をするとエレノアはハッとし、一歩引く。
「失礼いたしました。私、レオン・マルシュナト辺境伯の孫娘。エレノア・マルシュナトと申します。以後お見知りおきを。」
さっきまでの態度はなんだったのか、美しいカーテシーを決め、淑女らしい自己紹介をする。
「さ、サミュエル・ヴァロワールです……。」
「貴方……顔は良いのになんか陰気ね!」
エレノアはすぐに淑女らしさが消え、思ったままのことを口にした。
(なんてこと言いやがる……そりゃ陽気ではないけどさ!)
「お嬢……本当のことでも口に出して良い事と悪い事があるぞ。」
ルシアンがフォローになっていないフォローをするが、エレノアは止まらない。
「まあいいわ!お爺さまから面白い子がいるって聞いたから見に来たの!面白いことをしてたんじゃないの?なにをしてたのかしら!?」
「お、面白いかどうかはわかりませんが……さっきまで師匠とその魔術具を改良してました。」
サミュエルは先ほどまでルシアンが作業していた魔術具を指差した。
「ば、お前!余計なことを言うな!」
「へえ!なんか面白そう!なにをどう改良したの!?」
エレノアが好奇心に満ちた目でその魔術具に近づくがさすがにサミュエルが止める。
「こいつは火が出るのでさすがに触らせてやれん。」
「なによ!いいじゃない!」
「おいサミュエル。お前が説明してやれ。お前がお嬢の好奇心を刺激したんだからな。」
「ええ……。」
ルシアンが点火具をサミュエルに説明するよう指示した。
サミュエルがエレノアを見ると、その目は早く説明しろと訴えかけているようだった。
「えっとですね……て、点火具ってわかりますか?火を付ける魔術具なんですが。」
「知ってるわ!前に勝手に使って怒られたから!」
「はあ……、それを調理用に使えるようにした魔術具なんですが……、それを師匠と改良してました。」
「わかったから早く見せなさいよ!」
「ち、ちょっと待ってください。師匠、僕は実家にいるとき火の魔術具は勝手に使わないように言われてたのですが、いいですか?」
「あん?ああ、そうか安全のためにそうしてたのか。うちにいる間は毎回許可を取らなくていいぞ。やれ。」
「ずるい!なんで私は駄目なのよ!」
エレノアが文句を言ったが、責任者の許可が出たので点火具に魔力を流す。
「火が出たけどこれのなにが凄いの?調理場で見たものと一緒だわ。」
普通は貴族の女性が調理場に入ることはない。ましてや少女ならなおさらだ。しかしこのお嬢様はどうやら調理場にも突撃したことがあるようだ。
「ここからが変えた箇所になります。このツマミをひねると……火が弱くなりました。反対側にひねると……強くなります。」
「なにこれ!面白い!どうしてこうなってるの?」
「えっと……魔力が流れる量を調整することで火の勢いが変わるようにしました。」
サミュエルは子どもでもわかるように簡潔に説明することにした。
「なんでそんなことしようと思ったの?」
「そ、それは……昨日ルシアンさんが料理を作ってるのを見て……。」
「ルシアンおじ様の料理!?美味しいわよね!」
「は、はい。美味しかったです。」
「それで?」
「そ、それで……火の勢いが常に一緒だから、調理器具を動かして火力を調整しているので、て、点火具のほうで火力調整できれば楽なんじゃないかな……って……。」
「貴方!変なこと思いつくのね!」
(変な……って……こいつには言われたくないぞ。)
突撃してきて、令嬢らしい振る舞いをしたかと思えばすぐにうるさく騒ぐ。それでいて興味のある事には質問攻め。とても高位貴族のご令嬢とは思えない変わりっぷりだ。
「でもお祖父様が言ったとおり、面白い子ね!」
「は、はあ……。」
「ルシアンおじ様!サミュエル!面白かったわ!また来るわね!」
エレノアはそう言うと再び美しい所作で礼をすると、すぐに部屋を立ち去っていった。
「師匠……一体なんなんですか?」
「言っただろう?エレノアお嬢様だ。あんな感じで楽しいと思ったことには首を突っ込まずには居られない暴そ――非常に好奇心旺盛な方だ。」
ルシアンはうっかり出そうになった言葉を飲み込み、言い直した。
「それとあの調子だとお前、目を付けられたな。相手は主家の孫娘だ。来た時は相手をしろ。」
「ええ……。」
「お嬢の遊び相手が見つかったのが、もしかしたらお前が来た事による一番の収穫かもしれんな。」
なにやらとんでもなく大変で、終わりのない仕事を押し付けられた気がした。




