第50話 知識と経験(8歳)
工房に入ると誰もいない作業部屋に通される。
「ここで作業をしてもらう。だがその前にだ。」
ルシアンは部屋の隅に置かれた小さな祭壇の前へ歩く。木製の棚には土色の陶器で作られた神像と、小さな花が供えられていた。
「土と生産の神テーラーよ。本日も良き仕事ができますよう、お見守りください。」
ルシアンは胸に手を当て、一礼する。
「うちの工房じゃ仕事の前に必ず祈る。お前もやれ。」
「は、はい。」
サミュエルも祭壇の前に立ち、見よう見まねで一礼した。
「土と生産の神テーラー様。本日もよろしくお願いします。」
(これでいいのかな……。)
「毎朝作業前に工房全員で神に祈りを捧げている。明日からお前もやれ。祈る神はテーラーじゃなくても構わん。十歳にもなってねえお前なら、まだ神を決める歳でもねえ。今日一日無事に仕事ができるよう、自分なりに気持ちを整えろ。」
「よし。そこの作業机に座れ。」
そう言うと、ルシアンは照明具を一つ持ってきた。
「こいつが修理品だ。直してみろ。照明具の修理は慣れてんだろ?手際を見させてもらう。」
「は、はい。」
いままでギルバートやルーカスなど身内以外にも見られたことはあったが、師となる人が自分を見極めようとしているのだ。だがそうも言っていられないと思い、魔術インクといつもの作業用の道具を取り出し、作業を始めようとした。
「ちょっと待て、お前なんだそれは?」
「え?作業道具ですけど?」
出したものはいつも使っている道具一式。自家製の魔術インク、木の先を尖らせた棒、羽ペン、インクを削るための先端が金属になった木の棒。それだけだった。
「作業道具ってお前……ああそうか、独学だったな。そのままにして少し待ってろ。」
ルシアンがそう言うと、部屋を出ていき少しして戻ってきた。手には小さなケースがあった。
「これを使え。魔術技師用の工具だ。」
そう言ってケースに入った工具一式をサミュエルに渡す。
「俺が若い頃に使ってた使い古しだが、物はそれなりのやつだ。普通の弟子ならまだ触らせん。だがお前はもう修理屋の真似事くらいは出来る。こいつを使え。」
サミュエルは受け取った工具を見る。中には使い方のわからない工具もあるが、わかるものもあるためそれを使って修理することにした。
「あと魔術インクもこれを使え。お前のが悪いとは言わないがうちの工房ではこれで統一している。」
魔術インクも受け取り、作業に入る。初めて使う工具だが、専用工具なだけあって使いやすいとサミュエルは感じた。魔術インクにしてもノリが違う。いつもと違い思った通りの線が描ける。以前は何度も魔術インクを盛りすぎたり、足りなかったりで調整を細かくやっていたが、今回はほとんど一発で思い通りの線が描ける。
そうして修理を終え、確認のため魔力を流す。術式への魔力の通りが明らかに違った。今までよりも滑らかに流れていく感覚がある。
「終わったみたいだな。見せてみろ。……なるほど……前にみたあの照明具は線が粗いと思ったが、技量の問題じゃなかったというわけか。これだけの時間でこの線が描けるなら十分だ。」
サミュエルはほっと一息ついた。どうやら認められたことで安心したようだ。
「その工具はお前にくれてやる。これからはそれを使え。あとで今回使わなかった工具の使い方も教えてやる。」
「あ、ありがとうございます。」
「気にするな。使われずに埃を被っていたような工具だ。それとな――。」
ルシアンは改まってサミュエルに宣告をする。
「いまのを見た限り、お前の線を描く技術や術式を読む力は見習いとしては十分だ。今後場数をこなしていけばさらに上達するだろうよ。ではお前に足りないのはなんだと思う?」
「経験と……知識……でしょうか?」
「そうだ。ならその経験と知識とはなんだ?」
ルシアンが哲学のようなことを聞いてきたなとサミュエルは思った。
「経験は……場数とか、多くの魔術具に触ることで、知識は……術式でしょうか?」
「そうだ、だが足りない。経験は魔術具以外にも触れる経験、知識は術式以外の知識もだ。」
どういうことだろうかとサミュエルは思った。それが顔に出ていたのだろう。ルシアンが続ける。
「わからねえって顔をしているな。例えばその照明具。ランプは誰が作る?」
「鍛冶師とか彫金師……ですか?」
「そうだ。ならそれに術式を書く俺達がランプの作り方や構造を知ってなくちゃ話にならない。他の魔術具もそうだ。鍛冶、金細工、木工、革細工、裁縫、製紙、多くの生産職の経験と知識が必要だ。」
ルシアンは続ける。
「だが俺達が専門家以上の一流になる必要はない。そもそもずっとそれに向き合ってきた人間に勝てるわけがない。だが議論を交わすだけの知識は必要だ。それがなければなにを作りたいのか、どうしなければ依頼通りできないかがお互いわからない。」
まだ続きそうだと感じ、サミュエルは黙って聞く。
「俺は魔術技師というのは、様々な専門職の技術を繋ぎ合わせて一つの形にする、それによって人々の生活に彩りを与える総合芸術のような物だと考えている。まあここまでは俺の持論だけどな。」
ルシアンはそこで一度言葉を切った。
「だからお前には技術だけではなく、多くの人たちと交流してもらう。」
「えっ……!?」
つまりそれは知らない人とコミュニケーションを円滑にやれということだ。必要性は今言われたから理解できる。だがコミュニケーションはサミュエルが最も苦手としている分野だ。
「お前を見てればわかる。お前他人と話すの苦手なんだろ?魔術具弄ってる方が楽しいんだろ?」
サミュエルは無言でコクコクと頷いた。
「だがそれではどんなに腕が良くても二流止まりだ。魔術具を弄ってる方が楽しいんじゃない。楽な道を選んでるだけだ。」
サミュエルの核心を突く指摘。先程父の前で宣言した覚悟が、早くも萎えそうになる。
「安心しろ。この工房にはそれぞれの専門家が常駐している。まずはそいつらから交流して学べ。同じ工房の人間だから無茶苦茶なことを言うやつは居ない……多分な。」
身内で場数を踏んで慣れていけという、ルシアンなりの気遣いなのだろうが、その発言内容はサミュエルにとって安心できるものは一つもなかった。
「が、頑張ります……。」
だがサミュエルはそう返事する他なかった。
「よし、今日はここまでにして帰るぞ。」
「はい……。」
そうしてその日の作業を終え、サミュエルはルシアンと共に家へと戻った。
「飯にするぞ。」
そう言うとルシアンが保冷箱から食材を出し調理を始める。
「師匠は料理するんですね。」
「俺みたいな男が料理するのが意外か?」
「いえ……。」
細い体に長い指。神経質そうな見た目で、学者なのか職人なのかわからないような男だ。だから料理をするというのは少し意外だった。
「料理は創作の一つだ。いい食事は生活に彩りを与える。魔術具と同じだ。なら美味いと思えるものを自分で作ったほうがいいだろう。さすがに忙しいときは外食で済ませるけどな。作ってる間に風呂の準備をしておけ。薪を使ってもいいが魔術が使えるならそっちでやれ。」
「はい。」
それから風呂の準備を終えると晩飯ができたと言われテーブルの椅子に座り食事が始まった。
目の前にある香草焼きを切り分け口に入れる。
「美味しい……。」
サミュエルのその声を聞き、ルシアンがニヤリと口角を上げた。
「そうだろう?そいつは1週間前から複数の香草に漬け込んだものだ。保冷箱じゃ時間が遅くなるからな。それくらい前から仕込んでおいた。」
ヴァロワール家での食事が不味かったわけではない。ただ物足りなさは感じていた。だがルシアンの料理には間違いなく旨味を感じる料理だった。
「朝と夕は自宅で、昼は工房の食堂で食べることになっている。だからお前にも料理を作ってもらいたいが、できるか?できないならしばらくはいいが覚えてもらう。」
前世では自炊もしていた。料理自体はできるが、この世界の食材や調味料には詳しくない。また火加減の調整にも問題がある。
「えっと……多分できると思います。だけど火加減とかが下手で……。」
「ダメ元で聞いたんだができるのか。火加減は心配するな。ここがどこだと思ってる?調理用に作られた点火具ぐらいあるぞ。」
そう言ってルシアンが席を立つと、調理場にある点火具を操作する。
(いや、それってコンロ……。)
「だけどこれだとサミュエルには少し大変かもしれんな。」
ただし、火力調整はできないみたいで、調理器具を高くしたり横にずらしたりして火力を調整しているようだ。
「あの……それって火力は調整できないんですか?」
「できん。だからこうやって調理器具で調整しているんだ。」
「もしかしたらそれ……火力調整できるかもしれませんよ。」
「どういうことだ?」
ルシアンの目つきが変わった。
「いえ……僕の照明具に調整弁にしている術式ありますよね?あれを使えば魔力を注いだ後でも点火の術式に流れる魔力を調整して弱くできるかなって……。」
「そうか!?なんで俺は気づかなかった!あの照明具を見ているのに!でかしたぞサミュエル!明日はそれを作ろう!」
「え?は、はい……。」
「あ、だがその前に工房の連中に挨拶が先だな。それが終わったらこいつを改良するからお前も手伝え。」
そうして弟子入り初日を終えることになった。




