第49話 弟子入り(8歳)
サミュエルは故郷を出て10日、久しぶりのマルシュブルグに到着し、辺境伯邸にてレオン・マルシュナト辺境伯とルシアンに会っていた。
「よく来てくれた。歓迎しよう。話はセドリックの手紙とルシアンから聞いている。」
「歓迎していただき、ありがとうございます。レオン様、ルシアン殿。息子をよろしくお願いします。」
「弟子に誘ったのは俺だ。エドワード殿たちが許可してくれたことに感謝しているよ。」
「よ、よろしくお願いします。」
挨拶を終えると、それぞれ席についた。
そしてルシアンが弟子としての生活について説明する。
「基本的に住み込みだ。今の俺は半隠居状態でな、弟子は他にいない。弟子の弟子はいるけどな。だから他の弟子とは違って俺と同居ということになる。言っておくが、弟子になるからには男爵家の次男も辺境伯家の孫も関係ない。身の回りのことは自分でやってもらうし、家のことも手伝ってもらう。俺が見るのは弟子としてどうかだ。」
「それでいいか?サミュエル?」
サミュエルにルシアンが覚悟を問い、エドワードが促した。サミュエルは一度だけ頷いた。
「構いません。」
覚悟はすでに出来ている。
ルシアンからすれば使用人が居て、一人ではなにもできない貴族の子どもと思っているから確認をしてきたのだろう。だが、その心配はなかった。
(前世では死ぬまで身の回りのことを全部一人でやってきた。今更それを苦に思うことはない。)
「そうか。なら今日からサミュエルは弟子として扱う。ただし遠慮はするな。俺のすべての技と知識を教えてやる。」
「レオン様。ルシアン殿。息子をどうかよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
エドワードは二人に対して礼をする。それに釣られる形でサミュエルも礼をした。
「ルシアンなら大丈夫だろう。すでに立派な後継者も育て上げた。私もセドリックの孫でもあるサミュエルには気にかけておこう。」
「サミュエル、私はまだレオン様と話すことがあるからここでお別れだ。立派な魔術技師になると私は信じてる。頑張っていってこい。」
「はい、お父様。必ず立派な魔術技師になってきます。」
そうして父とも別れ、ルシアンと共に辺境伯邸を出ることになった。
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続いて向かった場所はルシアンの工房……に併設されたルシアンの家であった。伯爵家出身の男爵とはいえ、家はそれほど大きくはない。平民の民家と変わらない大きさの家であった。
「入れ、今日からここがお前の家だ。」
「し、失礼します……。誰もいないようですが、家族の方はいつ頃戻ってくるんですか?」
「ああ、俺に家族はいない。一人でここに住んでる。妻も子どももおらん。」
「そうだったんですね……。」
屋敷ではなく、まさに家といった趣きなことに納得がいった。一人ならこれでも大きいぐらいだからだ。そしてルシアンが体面など気にする性格などではないことは僅かな付き合いで理解している。
ルシアンはサミュエルに飲み物を出してやるとテーブルの椅子に座るよう促した。言われるままサミュエルは席につく。
「さて、お前も色々聞きたいことなどあるだろうが、まずお前が一度断った弟子入りを受けることにした理由など聞かせてもらおうか。大体察しはついているがな。」
「はい、あの6色に光る丸い照明具を見たからです。」
「だろうな。アレを見てお前の率直な感想を聞かせろ。」
「まず見た瞬間、盗まれた。そう思いました。次に冒涜されたと思いました。」
「盗まれたはわかる。冒涜とはどういうことだ?」
「僕が改良照明具を作ったのは……姉への婚約祝いです。新しい家族と上手くいってほしい。たとえ遠く離れていても自分たちは家族だと。そういう想いで作りました。でもあれは……。」
サミュエルはミラーボールを思い出すと、今でも胸の奥から形容し難い感情が湧き上がってくる。
「術式を盗まれて下品な道具に成り果てた姿が、僕にはその想いが冒涜されたように感じました。」
「なるほど……な。」
ルシアンは話を聞いてゆっくりと咀嚼する。
「その上ですぐにあの手紙がルシアンさんから届きました。まるで僕があれを見てこうなることがわかっていたみたいでした。どうしてそこまでわかったんですか?」
サミュエルは、もし事前に教えてくれていたらと思わなくもなかった。だがそれは筋違いだということも理解している。
「簡単だ。俺も同じ目に遭ったからだ。」
やはり若い頃に勉強させられたとはそのことだったのだろう。
「それに勘違いするなよ。サミュエル。お前は今日まで弟子でもなんでもなかった。教えてやる義理はねえ。」
「うっ……。」
「それに俺はすでにお前に話している。模倣される物だ。後ろ盾がいる、ともな。そして弟子にならないかとすぐに打診もしている。それを断ったのはお前の判断だ。」
やはりサミュエルが以前考えた通り、すでに必要なことはすべて話してくれていた。弟子でもない相手には十分すぎるほどの情報を与えてくれていた。
「そしてお前が見たであろう、あの魔術具を売っていた行商人だがな。あれはマルシュブルグを経由してヴァロンに向かった。ならお前があれを見て『模倣された』と思うのは想定通りだ。俺がそうだったからな。」
「……。」
「この悔しさや、やるせなさは言葉でどれだけ言っても伝わらない。実際に味わったことある奴にしかない。」
それも今のサミュエルなら理解できる。それにサミュエルは盗まれたこと自体に感情を揺さぶられたわけではないのだから。
「それとお前はもう一つ勘違いをしている。」
「勘違いですか?」
「お前が『下品』と言った魔術具だが、中身を見てないだろ?」
「はい……。」
感情の乱れからそれどころではなかった。ましてや購入していない物の中身を見ることなんて、するわけもない。
「俺は中身を見せてもらった。あれはグランフェルト侯爵お抱えの魔術技師が作った物だった。」
知らない貴族の名前が出てきてサミュエルは呆けた顔をしていたため、ルシアンが補足する。
「まあお前ぐらいの年齢なら他の貴族のことは詳しくないか。グランフェルト侯爵は王都に隣接する領地を持つ有力な貴族だ。王党派に属していてなかなかの力を持っている。」
「それと中身がどう関係あるんですか?」
「あれはな、お前の術式を盗んじゃいないんだよ。」
「え!?」
複数の色に変化する魔術具だ。てっきり盗まれたものだと思っていた。
「発想は盗まれたかもしれん。だが中を開けると中に6つの照明具が入っていた。それぞれ違う色に発光するやつがな。それが球体の中で周りながら反射させているんだ。」
言われて思い出す。たしかにあれは色が変化しているのではなく、同時に6色の色が辺りを照らしていた。
「おそらくグランフェルト侯爵が献上品を見て、魔術技師に色が変わる照明具を作れと命じたんだろう。だが術式まではわからなかった。だから別のやり方で再現したんだろうな。侯爵は王党派だから、お前の照明具を買いたくなかったのもあるだろう。それに調べれば辺境の男爵家が作った物だ。模倣したところでどうとでもなると考えたんだろうな。」
政治的理由で購入せず、自分たちで自分の思い通りの品を作らせたほうが早い。そう判断されたようだ。
「侯爵の魔術技師は矜持なのか、現物がなかったからなのかわからんが、お前の術式は盗んではいない。あの形になったのもおそらくだが侯爵の意向やそのほうが需要があると踏んだ結果だろうな。実際、お前の照明具はほとんど受注がなくなり、あっちはよく売れてると聞く。」
「うっ……。」
それを聞いて胸が締め付けられた。
「だがそれは決してお前の照明具が劣ってるわけじゃない。技術や発想で言えばお前のほうが勝ってると俺は思う。だがそれ以外で負けたんだ。後ろ盾をつけなかったこと、貴族が欲しいと思えるより売れる物を作ったこと。政治や商売の点でお前は負けたんだ。」
ルシアンがサミュエルに現実を突きつける。
「魔術技師はな、魔術具だけを作ってるだけでは三流だ。それを頭にいれておけ。わかったな。」
「はい……。ありがとうございます。ルシアンさん。」
「わかったならいい。あとこれから俺のことは親方……いや、師匠と呼べ。弟子になった奴はそう呼んでる。」
「わかりました。師匠。」
「よし、話はここまでだ。今日はまだ時間がある。お前の作った完成品は見たことはあるが、直接お前の作業を見てみたい。お前の荷物の中から作業道具を持ってこい。工房に行くぞ。」
「はい。師匠。」
サミュエルの心にある嫌な感情は無くならない。それでも師匠に話を聞いてもらい、彼なりの考えを聞かせてもらったことで、ほんの少しだけ前向きになれた。




