第48話 旅立ち(8歳)
サミュエルへ
大貴族の間で流行っているという魔術具はもう見たか?
すでに見ている頃だろう。お前の所に来た行商人はマルシュブルグを経由して向かったからな。
あれはお前の照明具を見て思いついた奴がいても不思議ではない代物だ。
もしそれを見て腹を立てたなら来い。
もし何とも思わなかったなら来なくていい。
俺はどちらでも構わん。
ただ、お前が来るなら話くらいは聞いてやる。
ルシアン・アイゼル
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ルシアンからの手紙を読むと、こうなることが予見できていたような内容だった。
手紙を読んだことで過去に彼から聞いたいくつかのことを思い出す。
『良い魔術具ほど真似されるものだ。だがそれは決して悪いことじゃない。模倣して、改良することで技術は発展していく。』
『秘匿したい技術まで簡単に持っていかれては商売にならん。だから工房は高位貴族の庇護を受けるんだ。』
『技術を守るためにも後ろ盾は必要ってことだ。』
『俺も若い頃一つ勉強させられた。』
(こういうことだったんだ……。)
あの時はそこまで深く考えていなかった。だがルシアンも似たような経験をしたことがある。だからミラーボールを見た時にこうなることもわかっていたんだ。
そして以前の手紙にも――
『一人では大変なこともあると思うが頑張れ。だが弟子入りしたくなったらいつでも言ってこい。』
弟子入りするということは、ルシアン工房に入るということ。それはマルシュナト辺境伯の庇護下に入るということだ。
もしあの時弟子入りの誘いを受けていたら、模倣する人も出てこなかったかもしれない。自分の選択は間違っていたと思った。
(せめて教えてくれていれば……違うな。これは逆恨みだ。……あの時の俺じゃ、こうなることを説明されていても断っていたはずだ……)
教えられていてもこの結果は変わらなかった。家族と離れたくなかったから。模倣されるということがどういうことかわかっていなかったから。
だが、今すべてを理解した。そして返信の手紙を書き終わると、祖父と父の元へと向かった。
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「弟子入りに行かせてください。」
祖父の執務室に入ったサミュエルの第一声がそれだった。
二人は驚いたが、反対しようとはしなかった。
「そうか。お前がその気になった理由を聞かせてもらえるか?」
昨日の件が引き金になったのは理解している。だがサミュエルが何を思い、どうしてその結論になったのか知っておきたかった。
「昨日の光る魔術具……あれを見た瞬間に気づきました。僕が作った物が真似されたんだって。」
「そうみたいだね。レベッカからも話は聞いてるよ。」
「お父様とルシアンさんの工房に見学したとき、言っていました。『模倣して発展していく』、『だけど守りたい技術のためには高位貴族の後ろ盾がいる』と。」
「そうだったね。」
「たぶん、後ろ盾がないから今回の件が起きたんだと……思いました。」
「そうだろうな。」
エドワードもセドリックもサミュエルの考えに同調した。
「それでお前は後ろ盾が欲しいためだけに行くのか?」
「いいえ、魔術技師として必要なものをルシアンさんから学びに行きます。作ってるだけじゃ駄目なんだと今回のことでよくわかりました。多分今の僕には魔術技師として足りないものが技術以外にもたくさんあるんだって。」
セドリックは黙ってサミュエルを見つめる。しばらくして満足そうに頷いた。
「なら行ってこい。」
「お祖父様?」
「正直、儂はお前がもっと早く弟子入りしたいと言い出すと思っていた。」
「え?」
「だが、お前はそうしなかった。」
セドリックは椅子にもたれた。
「自分に足りないものがあるとわかったから学びに行きたいんだろう?」
「……はい。」
「なら十分だ。」
「私も賛成だ。」
セドリックの言葉にエドワードも同調した。
「今回の件で技術的なことはわからない。けどサムが自分に必要なものがあると知って、それはヴァロワール領じゃ手に入らないものだということだね。」
二人の許可は得た。ならば家族内での問題はなくなった。あとは――
「まずはルシアン殿から返事をもらってからだね。それができたらあとは知り合いに挨拶をしておいで。ここ1年で知り合いも増えただろう?」
エドワードはサミュエルが堆肥作りの件で知り合いを増やしたことを知っていた。
「はい、ではこの手紙をルシアンさんに送ってください。」
それから1ヶ月弱でルシアンからの返信が来ていた。
『来い』
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「そういうわけで僕はヴァロンを離れます。」
堆肥作りで手伝ってくれたトムの父親と農家の人たちに別れの挨拶をしにきていた。
「それは寂しくなりますね。サミュエル様のおかげで小麦もこんなに採れたんです。」
「僕一人ではなく、みんなが協力してくれたからですよ。もう僕が居なくても回るようになっています。」
「私は難しいことはわかりませんけどね。サミュエル様が色々してくれるようになってから、畑は良くなるし仕事は増えるし、皆前よりやる気に満ちているんです。だからですかね。皆、サミュエル様みたいな領主様なら安心だって言ってるんですよ。」
「僕は領主にならないよ。ここはお父様とお兄様が守っていく町です。」
トムの父親が危険なことを言い出した。良き領主になるために頑張っているマイケルのためにもここははっきり否定しておく。
「そうですか。遠くに行ってもこの町のことは忘れないでくださいね。」
「大事な故郷だよ。忘れるわけないよ。それじゃあもう行くね。」
そうしてその場を後にした。
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サミュエルがマルシュブルグへと出発する日、家族と使用人たちがサミュエルを見送るために外へ出ていた。
「身体には気をつけてね。辛くなったらいつでも帰ってきなさい。あなたはまだ子どもなのだから。ちゃんとご飯は食べるのよ。夜ふかしも駄目だからね。それと手紙もちゃんと書くのよ。」
「ありがとうございます。お母様の言いつけは守ります。」
「お前のことだ、そこまで心配はしておらん。だが、無理はするなよ。」
「身体には気をつけるのよ。」
「はい、お祖父様、お祖母様。」
「俺も頑張るからさ、サムも頑張ってこいよ。」
「はい、出来る限り頑張ってきます。」
「私も来年にはそちらに行くわ。辛いことがあったらちゃんと誰かに相談するのよ?」
「はい、向こうでルーカスさんとお待ちしています。」
エドワード以外の家族と挨拶をし終えると、カークとアレンが声をかけてくる。
「坊ちゃまの教育係として5年。いつかこのような日がくるとは思っていましたがこんなに早くその日がやってくるとは……感無量でございます。」
「大変ではありましたが、お役に立てた日々のこと、嬉しく思います。お元気で。」
「二人ともいままでありがとうね。」
この屋敷で一番お世話になった二人にも別れの挨拶を済ませた。
エドワードは辺境伯やルシアンに挨拶をするため、サミュエルをマルシュブルグへ送り届けに同行する。
「そろそろ出発しようか。なに、また会えるさ。次に合う時は十歳式だろう。その時を楽しみにしてもらおう。」
サミュエルにとって、この家庭は初めて得た温もり。前世では誰かに見送られることも、帰りを待っていてくれる人がいることもなかった。時折、胸が痛むことはあるが、それでも離れたくはなかった。だけど自分の想いを踏みにじられないためにも、【サミュエル】の名前を残すためにも行かなければならない。
サミュエルはそっと拳を握りしめ、自らを奮い立たせた。
「はい、ではみんな。行ってきます。」
そうしてサミュエルはルシアンの弟子になるべく、今世で生まれ育った故郷を旅立った。
これにて第4章は終了となります。
心は折られたが新たな道を歩むことを決断したサミュエル。家族のもとを離れどう成長していくのか。引き続き見守っていただけると嬉しいです。
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