第47話 失ったもの(8歳)
レベッカたちは部屋の外から何度呼びかけてもサミュエルの反応がないことに業を煮やし、扉を開けることにした。
扉を開けると、そこには膝を抱えうずくまっているサミュエルがいた。
「サム!どうしたの!」
レベッカが急いで駆け寄る。
「身体がどこか悪いの?」
レベッカはそうは言ったが、ここまで駆け出してきたことを考えるとそれはないと思った。
サミュエルはうつむいたまま首を横に振る。
「ならどうしたの?」
レベッカが優しく問いかける。
「大丈夫……です……。放っておいてください……。」
今は一人になりたい。そう思いレベッカたちを拒絶する。
それを聞いたミシェルが心配そうに声をかけた。
「大丈夫なわけないでしょう?原因は……あの魔術具よね?」
核心を突いたミシェルの言葉にサミュエルはビクッと身が跳ねる。
「確かにあれを光らせてから駆け出したけど……どうして?私たちには綺麗に見えたわ。」
「はい、私もです。マイクもよね?」
「うん。俺も派手で凄えなと思ったよ。」
その感想は、さらにサミュエルの心を抉った。あんな下品な光が綺麗だなんてと。
「私はなんとなくわかるの。サムから照明具を貰ったから。私もあれは綺麗だと思ったわ。だけどサミュエルが閉じ籠もったのを見て、なんとなくわかったの。」
ミシェルが自分の予想を口にする。
「魔術具のことはわからないけど、アレはきっとサミュエルが作ったのに似てるのよね?それが真似されたと思って嫌な気持ちになったのよね?」
子どもゆえに自分が思いついた物を真似されて嫌な気持ちになった。ミシェルはそう解釈した。だがそれがミラーボールのような物になっていることが許せないとまではわからなかった。
ミシェルは知らない。あの光がサミュエルの前世でどのような場所で使われていたのかを。
「そういうことね……。サム……。あなたが作った物は凄い物なのよ。だからこそ、いつか誰かに真似されてしまうの。」
レベッカはサミュエルを慰める。本質とは違う慰め方ではあるが、その優しさは伝わってきた。しかしサミュエルは否定する。
「違う……」
「違うの?」
「違わない……けど……違う……。」
自身が込めた家族への想い。それが冒涜された気がした。そう言ってもおそらく理解されない。なぜなら、自分以外は皆あれを綺麗だと言ったからだ。
そしてサミュエルの中にいる男は、こういう時の感情の整理の仕方を知らない。相談する相手や悩みを打ち明ける相手が居たことがないから。内側に閉じこもり、自分だけで考え答えを見つけようとする。それが正しい答えかどうかもわからないのに。
サミュエルの言葉にレベッカはまだサミュエルの気持ちの整理ができていないことを悟った。
「そう。わかったわ。今は落ち着くまでここに居ていいわ。私はお客様の相手もしないといけないから戻らないといけないの。ミシェ、サムの傍に居てあげて。」
「はい、御母様。お任せください。」
「頼んだわね。ではマイク、行くわよ。」
「でも……。」
「ここはミシェに任せなさい。貴方は将来の当主として、客人の前にいないといけません。」
「はい……。」
マイケルはサミュエルのことを心配そうに見ていたがレベッカに引かれ出ていく。
「サム……。」
ミシェルはサミュエルの隣に腰を下ろした。
「ごめんね。」
「……え?」
「私、サムがなんでそんなに辛そうなのかわからないの。」
サミュエルは顔を上げない。
「たぶん、お母様もマイクもわかってないと思う。」
「……。」
「でもね。」
ミシェルは少しだけ笑った。
「サムが嫌だったことだけはわかるの。だから今は無理に話さなくていいわ。」
ミシェルは膝を抱えたサミュエルの隣で静かに座り続ける。
無理に顔を上げさせようとも、理由を聞き出そうともしなかった。
「いつか話したくなったら聞くわ。だから辛いときは抱え込まないで。」
少しの沈黙の後、ミシェルは困ったように笑った。
「私、お姉ちゃんだもの。」
サミュエルからは顔は見えなかった。だがその声だけでミシェルが優しく笑っているのがわかった。少し、胸が痛んだ。
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結局その日、サミュエルが応接間へ戻ることはなかった。商人は日が傾く前に帰り、夕食も自室へ運ばれた。セドリックたちも無理に理由を聞こうとはしなかった。
そして夜。
眠れないまま布団へ潜り込んだサミュエルは、いつの間にか意識を手放していた。
目が覚めると窓から朝日が差し込んでいた。一晩眠ったためだろうか。昨日ほど感情に振り回されてはいない。だが胸の奥に残る澱は消えていなかった。
サミュエルは昨日のことを思い返す。
(なんで俺はあそこまであのミラーボールに嫌悪感を抱いただろうか?)
もちろんそれは想いを冒涜された気がしたからだ。いまでも思い出すと、胸の奥がざわつくような感覚がある。怒りとも喪失感とも虚しさとも違う感情。そんなものが胸の奥から湧き上がってくる。
前世では感じたことがない感情に戸惑いつつも、サミュエルは分析する。
(あのミラーボール。みんなは綺麗だと言っていた。だけど俺にはそうは見えなかった。いや、正確には違う。綺麗だとは思ったんだ。派手で豪華な魔術具だとも。だけど、それ以上に嫌悪感が勝った。なんでだ?)
サミュエルは考える。
(……ああ、そうか。前世で使われていた場所を知っているからか。みんなは初めて見た。だから純粋に綺麗な魔術具として見ていた。でも俺は違う。あの光を見ると、どうしても前世の記憶が浮かんでしまうんだ。)
自分が家族を想って作った照明具。それが前世の自分には下品に見えるミラーボールへ転用されたように感じた。だから自分の想いまで安っぽく貶められた気がした。もちろんそんなつもりで作ったわけではないだろう。それでも、そう感じてしまった。
(理屈ではわかったけど……それでも嫌なものは嫌だな……。前の俺ならこんなことも思わなかったのに……)
中にいる男なら嫌な思いをしても、『どうでもいい』だとか『勝手にやってろ』と思っていた。だけど今はそうは思えない。
(なんでだろうな……。)
そんなことを考えていると扉がノックされる音が響いた。
「坊ちゃん。おはようございます。ご気分はいかがでしょうか?」
カークが起こしに来たようだった。
「うん……たぶん大丈夫。」
「それはようございました。ただしあまりご無理をされないように。本日は坊ちゃま宛に手紙が届いておりましたので、それをお渡しに参りました。」
「手紙?誰からだろう?」
「ルシアン・アイゼル様からのお手紙です。」




