第25話 工房見学(5歳)
翌日、サミュエルはエドワードと共に魔術具の工房に来ていた。
辺境伯家での顔合わせが終わってから、宿にお礼の品が届いた。
その中に辺境伯家お抱えの魔術具工房への立ち入り許可証が入っていた。
お抱えの工房だけあって関係者以外は立ち入りが禁止されている。
職人の技術は財産であり、魔術技師の技術は知識の研鑽と積み重ねでもある。
そして魔術具は高級品でもあるため、高位貴族がお抱えとすることで、工房の価値を守り、秘匿したい技術と知識を保護している。
そういった後ろ盾がなければ、仮に画期的な魔術具を生み出しても他の者に簡単に奪われてしまう。この世界に著作権の保護や特許といったものはないのだ。
その結果、領都においても魔術具工房はお抱えの所しか存在しない。
そんな所に見学の許可をくれたのは、おそらく顔合わせ時の会話で、サミュエルが魔術具を弄り回していることに、辺境伯が興味を持ったからだろう。
「うわー!」
工房に一歩足を踏み入れたサミュエルは思わず声を上げた。
カタログでも見たことがない魔術具が多くあったからだ。
形を見ただけでは何に使うのかわからないものばかりであり、許されるなら術式を見てみたいと思った。
そんな考えをしているとサミュエルたちに声をかけてくる人物がいた。
「あんたがレオン様が許可したっていう魔術技師見習いか。俺はルシアン・アイゼル。この工房の親方をやっている。」
親方を名乗ったその男は、長い年月を感じさせる白髪をオールバックにしていた。髪には辛うじて黒が残っている。右目にモノクルをかけており、体は細く、それに応じて指先も細長い。だが職人の手らしく傷だらけの手をしていた。
「どうもお邪魔しています。アイゼル男爵。私はエドワード・ヴァロワールとお申します。閣下のご厚意によってこちらを見学させていただきます。」
エドワードがルシアンに挨拶をする。ルシアンはアイゼル伯爵家の五男だが、本人が家督相続権がないこと。実家の伯爵家と距離を取りたかったこと。そしてなにより本人が魔術技師として優れていたことから、辺境伯が見出し、一代限りの男爵位を与えた。これは腕のいい魔術技師が希少であることから箔付けをつけるためである。
また伯爵以上ならば、一代限りであれば男爵位や騎士爵に任命することができる。
「ああ、好きなだけ見ていってくれ。だがちょっと見習いというには歳が取りすぎじゃないか?」
ルシアンはエドワードを見てそう言った。確かにエドワードはすでに今年で31歳のため、技術者の見習いには遅すぎる。
「いえ、私ではなく、息子のサミュエルが魔術具に興味をもっているんです。サミュエル、挨拶をなさい。」
「は、初めまして。サミュエル・ヴァロワールと申します。今日はよろしくお願いします。」
「こんな小さい子どもが魔術技師見習いだって言うのか?」
「ま、魔術技師見習いかどうかはわかりませんが、ま、魔術具を見ているのが好きです。」
「まだこの子は5歳ですが、我が家にある魔術具をいくつか修理できる腕前です。」
ルシアンは耳を疑った。理屈の上では術式の理解と材料と手先の器用さがあれば誰でも修理はできる。直ったかどうかは魔術が使える人間にやってもらえばいいだけなので手間はかかるが検証も不可能ではない。だが5歳がそれをやってのけたとは到底思えなかったからだ。ルシアン自身も初めて修理したのは19歳の頃だったと記憶している。
「レオン様にそんな嘘をついてもすぐバレるし、あんたの言う事を信じないわけじゃないが……年齢が年齢だ。にわかに信じがたい。」
「まあそうでしょうね。私たちも最初修理ができたと言われた時は耳を疑いました。」
そのやり取りを聞いていて、父にこの子はちょっとおかしいと言われてるようでサミュエルはなんとも言えない気持ちになった。
「なら今日は好きなだけ見ていけ。だが扉の向こうだけは立入禁止だ。作業現場だけは外部の人間に見せるわけにはいかないからな。」
「ありがとうございます!中身は開けてもいいですか!」
「普通は触っていいかが先だろ……。さすがに勝手に開けるのは駄目だ。だけど俺の所に持ってきたら開けて中身を見せてやる。あと術式を書き写したりはするなよ。」
「え!すみません。直す時に術式を書き写してました……。」
「気にするな。職人なら誰だって気になるし、やる。」
工房長は苦笑した。
「覚えておけ坊主。良い魔術具ほど真似されるものだ。だがそれは決して悪いことじゃない。模倣して、改良することで技術は発展していく。」
ルシアンは静かに続けた。
「だが、秘匿したい技術まで簡単に持っていかれては商売にならん。だから工房は高位貴族の庇護を受けるんだ。技術を育てるためにも、技術を守るためにも後ろ盾は必要ってことだ。俺も若い頃一つ勉強させられた。」
ルシアンは目の前の若い魔術技師見習いには、自分と同じ悔しさを味わってほしくないと思った。
「年寄りの説法はここまでだ。魔術具も一部を除けば俺が使って見せてやるから、ここにある物なら好きなものもってこい。」
「はい!」
様々な物があった。
家では触らせてもらえない点火具から、シュレッダーのような粉砕機や大型の造水器、試作品と思える回るだけの魔術具、そして普段見ることができなさそうな軍用の魔術具や遠征時に役立つ結界の魔術具などがあった。
さすがに軍用は中身を見せてもらえなかったが、それ以外の大型の物は中身は見せてもらえた。特に大型の保冷箱は前々から見たかったため真っ先に中を見させてもらった。
「――つまりこの術式がこれ以上小型化できない理由だな。坊主お前本当に術式理解してるんだな。」
「まだ全部ではないですが、見たことある術式なら大体覚えてます。」
その頃にはすでにサミュエルもルシアン相手に緊張しなくなっていた。
「大したもんだ。じゃあこいつはわかるか?」
ルシアンはそういって大きめの照明具を手に取った。
「ただの大きい照明具……というわけではないですよね?」
「ああ、こいつが大きくなったのには理由がある。中身を見せてやる。」
そう言ってルシアンは中の術式を見せてくれた。
「術式は……普通の照明具ですけどなんで点灯の術式が5つも?あ、でも細部が違う。」
「お、細かい違いに気づいたか。こいつは明るさを5段階に分けるための照明具だ。他の貴族の要望でな。」
そういってルシアンが魔力を注ぎ照明具を光らせる。そして切り替え用のツマミを操作すると明るさが変化した。これで魔術具が使えない人でも一度光らせれば明るさが調整できるようになっているのだ。
「まあ明るさを分けるため、通常の照明具より大きくなっちまったがな。」
「5つも術式が重ねられたんですね……保冷箱で2つ重ねたのは見ました。でもこんなに多くできるとは知らなかったです。」
「保冷箱を見てた時から思ってたが、お前なら気付くと思ってな。そう思ってこいつを坊主に見せた。理論上術式はいくらでも重ねられる。ただしその分魔力の消費は多くなるし、大型化しちまう。それに干渉しないように組む必要があるから、保冷箱のように違う属性を重ねるには経験値と技術がいる。」
――サミュエルは感動していた。
知らない知識、未知の技術。それを数多く見せて、教えてくれた。
「サミュエル楽しんでいる所すまない。そろそろ時間だ。ルシアン殿、今日は子どもの相手をしてくれてありがとうございました。」
「わかりましたお父様。ルシアンさん、今日は色々ありがとうございました。」
「おう、またマルシュブルグに来たら工房まで顔を出せ。今度は坊主が面白いものを見せてくれ。こっちも珍しいのがあったらその時また見せてやる。」
そう言って、ルシアンは笑顔でサミュエルを送り出してくれた。
ルシアンも、孫ほどの子ども相手に自分の知識を語り、それを懸命についてこようとする姿を見るのが楽しかった。
弟子は何人も取っているがここまで楽しそうに自分の話を聞く奴は初めてだったからだ。
そうしてマルシュブルクでの行事を済ませ、翌日にはヴァロワール領への帰路についた。




