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第21話 違和感 (5歳)

 あれから数日。サミュエルが工作室で修理や研究をし、ギルバートはそれを眺めながら時折言葉を交わす。そんな日々が続いた。

 マイケルも相変わらずヘンリーに連れ回されていた。一度、マイケル主導で町へ遊びに出たこともある。

 その時ギルバートも誘われたが、なぜか工作室に残った。

 本人曰く、


「町はまた来れば見られるけど、サミュエル君の修理は今しか見られないからね。」


 とのことだった。

 そしてとうとうエノー家の3人が帰る日がやってきた。


「お父様、お母様、エドワード、レベッカさん、ミシェル。短い間でしたがありがとうございました。マイケルとサミュエルも子どもたちの相手をしてくれてありがとう。」


「3人とも元気でな。また来るといい。」


「ヘンリー、またマイケルの相手をしてやってくれ。ギルバートもサミュエルの面倒をみてくれてありがとう。」


 ナタリーの別れの挨拶に、セドリックとエドワードがそれぞれ言葉を投げかける。


「ナタリー叔母様。色々と勉強になりました。ありがとうございました。」


 ミシェルはナタリーから嫁入りした者としての薫陶を受けたのだろう。母親では話せないことも聞けるのは大きな糧となる。


「マイケル!またな!」


「またね。今度は勝てるように頑張ります。」


 ヘンリーとマイケルはよく剣を交えていた。年齢差からもまだマイケルは勝てないようだがそれが奮起する理由にもなった。


「サミュエル君……。今日までありがとう。楽しかったよ。」


「こちらこそ。上手な接待ができたとは思えないけどそう思ってくれたなら嬉しいです。」


「また会える日を楽しみにしてるよ。」

「うん。」


 そう返したものの、胸の奥に小さな違和感が残った。

 ギルバートとの別れの挨拶も終わり、馬車が出た。

 こうしてエノー家の滞在、サミュエルにとっての初めての試練は無事終わりを迎えた。


 ----------


 それから数日、今まで通り工作室に籠って研究をしていたが、サミュエルは集中できていなかった。

 理由はわかっている。ギルバートがいないからだ。

 ただなぜギルバートがいないと集中できないのかがわかっていなかった。

 サミュエルは違いを深掘りすることにした。


 以前は一人で集中できていた。

 ギルバートがいるときは時折会話しながら作業をしていた。

 会話しながらだとどうしても集中力や思考のリソースが使われてしまい作業効率は落ちてしまう。

 でも一人で今より楽しんで作ってた気がする。決して今が面白くないわけじゃないのに。


 好きなことを一人で集中してやってるより、好きなことに集中できてないほうが楽しめてたという事実に突き当たる。


(知識としては誰かと話しながら作業したほうが苦にならないというのは知っている。だけどそれは苦痛に感じることに対してだ。気が紛れるからだろう。だけど俺は魔術具を弄ってるのが好きだし、ギルバートたちが来る前は何ら問題もなかった。)


 ならば検証してみるしかない。


「ねえカーク。頼みたいことがあるんだけど。」


「なんでございましょうか?」


「なんか話して。」


「は?」


 突然の頼みにカークは困惑した。


「なにか話しかけてきてよ。」


「はあ、承知しました。坊ちゃまは今魔術の訓練が減っておりますがそちらは今後どうなさいますか?」


「そっちはそこそこでいいかな。魔術師になりたいってわけじゃないからね。」


「左様でございますか。ところで貴族としての教育のほうがあまり芳しくないようですが。」


 まずい流れになった――サミュエルはそう感じた。


「ま、まだ始めたばかりでよくわかってないんだ。あとごめん、やっぱ話しかけるというのはなしでお願い。」


「はい、承知しました。」



 人選をミスしたかもしれない。そもそも相手は使用人で大人だ。自身が立ち入って良い領分というのを心得ている。ためになる会話はあっても、ギルバートと交わしたような会話は難しい。向こうは自分を子どもとしているわけでそういった会話もしない。


 そうなると子ども相手にしたほうがいい。ミシェルやマイケルがいいかもしれないが、あの二人も勉強で忙しい。邪魔をするわけにはいかない。それにあの二人ならきっと世話を焼こうとするだろう。


 ギルバートは違った。修理を見ているだけだった。

 それなのに時折質問をしてきたり、出来上がった魔術具に感心したりしていた。

 今思えば、あれは意外と楽しかったのかもしれない。

 ギルバートだからだったのか、それとも同年代の子どもと話したからだったのか。


(他の子どもと話したらなにかわかるかな。)


 ならばと町の子どもたちならどうだろうかと思い立つ。

 彼らなら同じ子どもだし大人のような遠慮はない。

 日頃遊んでいるならそれほど迷惑にもならないだろう。


 そう思い立つと行動に移すことにした。


「カーク、僕は町に出るよ。」


「承知しました。では私が護衛として付いて参ります。」


 そう言い、カークと共に屋敷を出た。


「本日はどのような理由で?」


「ちょっと町の子どもと話しをしたくて。」


 カークは珍しいことがあったものだと思う。今まで一度も自ら敷地の外にでると言ったことがない子である。さらにあまり喋ろうとはしない性格なのに、今回は話しをしたいと言った。


「承知しました。それでは私は少し離れておりますのでご自由にどうぞ。」


 サミュエルの性格上、急に走り出すといったことはないので大人しく見ていられる。


「うん、わかったよ。」


 そうして市場に着くと、いつも串焼きを売っている壮年の女性がいた。


「あら、領主様のところの坊やじゃない。今日はお兄ちゃんと一緒じゃないのかい?」


「は、はい。き、今日は一人で来ました……。あの、僕ぐらいの子どもたちが遊んでる場所って、その、わかります…か?」


 兄越しで存在は知っているがまともに話したことのない人相手に緊張してしまった。


「それならあっちの広場で遊んでると思うよ。」


「あ、ありがとうございます。あと串焼きを10本ください。」


「はいよ。」


 そう言うと10本の串焼きを包んで、カークがお金を払ってくれる。僕の財布をカークがすべて握っているからだ。包んでもらった串焼きを手にサミュエルが受け取る。


「じゃあ行こうか。」


「はい。ところで坊ちゃま……いえ、なんでもございません。」


 子どもが一人で食べるにしては多い量に、これから向かう場所でカークは考えを察して顔を顰めた。だが今はなにも言わない。

 そして目的の場所に到着すると7人ほどの子どもが駆け回って遊んでいた。

 その中の数人がこちらに気付く。


「あれ?誰だろ?」「見たことない子だ。」「あ!マイケル様と一緒に遊んだときに居たよ。」「え?じゃあ前に言ってたマイケル様の弟?」


 サミュエルは深呼吸して心を落ち着かせる。


「や、やあ、君たち。ちょっといいかな?」


「なーに?一緒に遊ぶ?」


「う、うん。それもいいんだけどちょっと話が聞きたくて。」


「話?」


「その前にこれみんなで食べよう。」


「え?いいの?やったー!」


 子どもたちは遠慮せずサミュエルが差し出した串焼きに、まるで水面に餌を撒かれた魚のように群がった。


「美味しかった。で話って?」


「ぼ、僕はサミュエル。このまちの領主の孫だよ。」


「前にマイケル様と一緒に遊んだね。」


 どうやら以前マイケルに連れ出された時に一緒に遊んだ子なのだろう。ただしサミュエルの記憶にはない。


「そ、そうだったかな。で話ってのはみんな普段どんなことしてるのかなって。」


「なんでそんなこと聞くの?」


 理由は特に考えてなかったサミュエルは答えに窮した。


「えーと、ほら、領主の家の人間として町のみんながどんなことしてるのか知りたくて。」


 とっさに出たそれっぽい理由。

 それで納得してくれたのか、それぞれの子どもたちが応えてくれた。


「僕の家は牛飼いしてるから、朝起きたら牛のミルクを絞ったり、牧場に出したり、あとは牛舎の掃除だね。昼からは遊んできていいって言われてるよ。」


「はいはい!俺ん家は農家なんだけど、朝は畑の仕事手伝ってるよ。で昼からここでいつもみんなと遊んでる。」


「うちの親は猟師だから朝起きたら弓の練習して、そのあと森に少し入って森の恵みをもらったり、小さい獣を捕まえてるよ。昼からはみんなと一緒。」


「わたしは父さんが屋敷に働きに出てるから、お昼まではお母さんが文字とか礼儀を教えてくれてるよ。だからお父さんはサミュエル様のことは知ってると思う。」


 それぞれが自分の家のことを口々に話してくれる。そうして色々話を聞いたあと、一緒に鬼ごっこのような遊びを少しして、子どもたちと別れた。

 なにか意味があったかわからない。でもなんとなくだけど心のモヤモヤが消えた気がした。だけど答えは見つかってない。そんな気がした。

 そんなことを考えていると帰り道にカークが話しかけてくる。


「ところで坊ちゃま。今後子どもたちと遊ぶ時、串焼きなどなにか持っていくのはお止めください。」


「どうして?」


 情報を得るなら相応の対価を差し出す。時間を取らせるのならなにかを支払う。サミュエルが社会人として前世から持っている価値観だった。しかしカークは違うという。



「坊ちゃまのことです。おそらく話を聞くのだから手土産が必要。そうお考えだったでしょう。それ自体は間違いありません。相手が貴族であれば。」


 貴族ならば当然だが、貴族でないから間違いだと言う。


「平民相手にそれをやっていてはキリがありません。今回は相手が子どもであるためそこまで深く考えていないでしょう。でも次に来た時も、その次もと期待してしまいます。そうすると施されて当然と考えるようになってしまいます。」


 この世界の人間は前世の日本ほど恵まれていないし、教育もしっかりしていない。それなのに頻繁に貴族が施しをすると平民は勘違いをする。それは領地の混乱を招くことになりかねない。


「ごめん。全然考えてなかった……。」


「わかっていただければいいのです。次からはお気をつけください。」


 そうしてサミュエルの初めての交流は、楽しいだけでは済まない学びを残し、求めていた答えも完全には見つからないまま終わった。

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