第111話 約束の言葉(10歳)
用意した贈り物をエレノアに渡すときがやってきた。
「お待たせしました」
「ようやくできたのね!」
四角いトレイに乗せた扇子と指輪をエレノアの前に差し出す。
「これが以前話していた、魔物素材で作った贈り物か」
危険なものではないが、曲りなりにも魔術具であるため、レオンも立ち会っている。
「魔物素材というから、もう少し粗野だったり、野性を感じさせるものと思っていたが……なかなか華美な出来映えだな」
水色の石が光を受けて淡く輝いていた。魔物素材と聞いて身構えていたレオンの視線が、その品のよさに吸い寄せられている。サミュエルは一つ息を吸って口を開いた。
「今回使った魔物素材は、指輪と扇子両方に付いている魔石。あとは扇子の骨組みに使われている骨です。どちらも主であったアクアウルフの物を使っています」
「あの時の綺麗な石ね!」
「まるで宝石のようだな。魔石とはこんな美しい物とは知らなかったぞ」
レオンもこれまで魔石は見たことはあっても、宝石のような見た目のものは見たことがなかった。それだけ珍しい品なのだろう。
「魔法の扱いに長けた個体の魔石がこのように美しい色になるのかもしれません。この時戦ったアクアウルフが魔法の扱いに長けていたのは私も実感しました」
長距離から自分を狙ったレーザーのような攻撃。
隊長を負傷させた攻撃。
さらに自分への道を開くため、間にいた味方を一度にまとめて攻撃した水の魔法。
今思い出しても即興で使った魔法は見事だった。
「それ初めて聞いたわ!詳しく聞かせなさいよ!」
魔物との戦いの話に少し触れたせいで、エレノアの興味がそちらに移ってしまい、目を少年のように光らせる。
「えっと……その話は多分、隊長さんが詳しいので、そちらで聞いてください……」
そしてサミュエルは自分から話すと、秘密にしないといけないことまで話してしまうことを恐れ、隊長に丸投げした。
決して話すのが面倒に思ったからではない。
「エレノア。それは後にせい。今はこちらが先だ」
だがそれをレオンが諌め、本題から逸れないようにした。
エレノアは祖父からの注意もあり、残念そうにはしたが、大人しく聞き入れる。
「では話を戻しまして……扇子と指輪はエレノア様のご要望通り、魔術具にしました。扇子は周囲の空気を一定にします。それで仰ぐことで心地の良い風を送ることができます。指輪の方は魔石の部分が発光し、辺りを明るく照らしてくれます」
すでにテスト済みだが、いきなりエレノアに使わせるわけにはいかないため、目の前でも実演するべく、サミュエルが扇子を手に取り、魔力を流す。
「あら、扇子が少し光ってるわね」
扇子の骨の部分に刻まれた術式に沿って薄っすらと水色に光っていく。
「これは術式になっていて、魔力を流すとこのように光ります。魔力が完全に流れると魔術具が発動します」
魔術が発動し、扇子周辺の空気が僅かに変わるのをサミュエルは感じた。
「紋様も綺麗ね。初めて見たわ」
「そうですね。今までの魔術具であれば隠しているので見る機会はほとんどありません。ですが今回は見えるようにしたため、綺麗になるよう整えました」
とても苦労した作業だったので、それを綺麗と言ってもらえてサミュエルは少し嬉しかった。
「今は涼しい季節なので使う機会は少ないですが、これで扇げば夏でも涼しい風を送れます」
「一緒に作った送風具に似てるわね」
エレノアは2年前の夏に、涼を求めたことがきっかけで作った送風具を思い出していた。
「はい、あのときと同じ術式を使っているので、エレノア様には馴染みのある物だと思います」
サミュエルは扇子への魔力を止めた。水色の光が端から静かに消えていく。それをトレイに戻し、今度は指輪をつまみ上げた。
「続いては指輪に魔力を流しますね」
サミュエルは指輪を手の平に載せると、魔力を流し始める。
すると、指輪の肩から腕にかけて刻まれた術式が、先程の扇子のように薄っすらと淡い水色の光を帯びた。
扇子以上に細かく描かれた術式が美しく光る。
魔術が発動すると、取り付けた魔石が薄い水色に光っていた。
その光は刻まれた術式とは違い、周囲を照らす光になっており、まるで魔石が光り輝いているようにも見えた。
「そっちも綺麗ね。これは光るだけかしら?」
「はい、こっちは照明具で使われている点灯の術式を刻んでいます。よく磨かれた宝石のように光り、もし暗闇でも役立つようにしてあります」
暗がりでなら、指輪は魔石を芯に淡く輝くだろう。中央の石が周囲をほのかに照らし、腕に刻まれた細い術式が水色の筋となってそれを縁取る。派手ではないが闇の中でこそ映える光だ。
手のひらに乗せたそれは、夜であればきっと指先に小さな星をひとつ留めたように見えるに違いない。今はまだ、昼の光がその輝きを淡く霞ませていた。
「エレノア様は魔術が使えるので、魔力を流してる間だけ使えます。魔力の消費は少ないですが使い続けることになるので注意してください」
「大丈夫よ!私は魔術をよく使ってるから魔力は多いもの!」
魔力は持久力のように繰り返し消費して鍛えることで、魔力の保有量を増やすことができる。
幼い頃から今でもサミュエルが繰り返し行なっている訓練でもあるが、エレノアも本人の気性から、昔から魔術をよく使って遊んでいたのだろうことは想像に難くない。
エレノアの発言に苦い表情を浮かべたレオンを見れば、そう外れてはいないだろう。
「えっと……いまお見せしたように危険な魔術具ではありません。こちらをエレノア様に献上いたします」
「献上なんて固いこと言わないで、お土産でいいじゃない!」
サミュエルとしても主家の人間に贈る物だから、体面として献上ということにしたが、エレノアはそれがお気に召さなかったようだ。
レオンに視線を向けると、小さく頷いてみせる。
「すみません……では、お土産ということで。討伐で持ち帰った素材を使って、エレノア様のために作りました」
献上という言葉を取り下げることでエレノアは機嫌を取り戻した。
「ならいいわ!早速つけてみるわね!」
エレノアは指輪をつまみ上げ、右手の小指に通そうとした。だが輪は指の奥まで落ち、くるくると回ってしまうぐらい隙間が空いていた。
「あら、少し大きいわね」
「すみません、僕の技術ではこれ以上小さくできなくて……」
短い術式とはいえ、子どもの小指にぴったりの指輪の腕には術式を描き切ることができなかった。
自らの技術不足にサミュエルは忸怩たる思いを抱いてしまう。
「ならこうすればいいわね!」
指輪を小指から抜くと、今度はそのまま右手の親指へ嵌めた。輪はちょうどよく収まる。
「これならぴったりね!」
親指で淡く光る指輪を掲げ、エレノアは満足げに笑った。
「調整しなくて……いいんですか?」
「ええ、だって私はまだまだ大きくなる予定だもの。合わなくなってきたら指を変えていけばいいでしょ?」
技術不足を悔いていたのはこちらなのに、エレノアはそれすら楽しむように受け取っていた。サミュエルが言葉を探しているうちに、彼女は何か思いついた顔で親指の指輪をくるりと回す。
「もし大人になって、小指でも入らなかったら……そうね、その時はまたサミュエルが調整してくれればいいわ!」
それはエレノアにとって何気ない、約束とすら言えないような軽口だったのだろう。
「……わかりました。その時は僕が調整し直します」
サミュエルにとっては、未来を約束する言葉に聞こえた。
親指の指輪を光にかざしたり、扇子を開いて閉じたりと、エレノアはしばらく飽きずに二つを眺めていた。




