第110話 表に出た術式(10歳)
別の部屋で作業をしているその人物を訪ねる。
「ミーナさん、少し相談いいですか」
量産作業で忙しそうにしていたミーナが顔をあげた。
「なに?どうしたの?」
サミュエルはエレノアから扇子と指輪を頼まれたこと、魔石を使いたいこと、そして術式を隠す場所がなくて困っていることを順に話した。
ミーナは聞き終えると小首を傾げた。
「たしかにこれを隠すのは難しいねー。だけどなんで隠すの?」
「え……」
「そっか、サミュエルは見たことないんだね」
ミーナは棚を漁り出し、しばらくすると一枚の設計図を取り出した。
「あった、あった。結構前なんだけどね。これなんだと思う?」
「杖……ですか?」
どう見ても一本の杖にしか見えなかった。しかもそれは老人が歩くためというより、権力のある人間が持つような立派な杖だった。
「これは魔術師用の杖なんだ。よく見てご覧。術式が剥き出しでしょ?」
「……本当だ」
「これに魔力を流すとね、術式の部分が青く光って綺麗なんだよ。光らせなくても独特な味があるでしょ」
線が綺麗に並んでいれば飾りになる。
ミーナが言っていることはそういうことだ。
術式はもともと幾何学的な線と記号の連なりだ。整えて配置すれば模様になる。
あの照明具で綺麗だと感じたものをそのまま表に出せばいい。
隠す場所を探して縮こまっていたが隠す必要などどこにもなかった。
「ミーナさん、ありがとうございます。方向が見えました」
「役に立ったならよかったよ。だけどね……」
ミーナは手を止めサミュエルに向き直った。ここからが本題だと言わんばかりだった。
「令嬢が身に着けるものだからねー。機能だけ考えた無骨な術式じゃ茶会になんて着けて行けないよ。術式の形は崩せないから、崩さず綺麗な意匠に見せる。そこが腕の見せ所だよ」
難題だった。術式は機能に必要な形が決まっている。線一本の狂いが術式を壊す。
その制約を守ったまま令嬢が身につけていても不思議じゃない意匠に仕立てる。
「まあそこは私たち彫金師の仕事だね。けどね、大まかな意匠や方向性はサミュエルが決めるんだよ。術式をどこに描くか決めたら図に起こして持ってこればこっちでやるよ」
「ありがとうございます」
ミーナにお礼を言い、その場を去る。方向が定まれば手は早い。
指輪と扇子のどこに術式を描くか、線の太さはどれくらいかを図に起こしていく。
術式の配置と並行して素材の魔石をどう活かすかも決めた。指輪は中心に魔石を据えるのが一番映える。
扇子なら要は小さく落とし込めばいい。どちらも大きな石のままでは使えないから割って形を整え磨く必要があった。
図が固まると、宝石の仕上がりを確かめにミーナのもとへ戻り、魔石を小さく割って面を出し研磨してもらった。水色の石は磨くほどに透明感を増し光を受けて涼しげに輝いた。
その傍らで削られた魔石の粉が布の上に薄く積もっていく。割る前の石と変わらない澄んだ水色だった。サミュエルはその色から目を離せなかった。
「ミーナさん、この粉もらってもいいですか」
「削りかすかい?構わないけど、そんなもの何に使うのさ」
「まだわかりません。でも捨てるのはもったいなくて」
魔術インクには魔石の粉を混ぜる。
普段はゴブリンあたりから採れる安い魔石を細かく砕いて使っている。
ならばこの水色の粉を混ぜたらどうなるのか。ただの思いつきだったが確かめたくなったのだ。
サミュエルは削り粉を集めいつもの手順でインクを練った。試し書き用の紙に短い点灯の術式を引く。乾かしてからそっと魔力を流し込んだ。
黒かった文字が色を変えていく。
だがそれは見慣れた濃い青ではなかった。薄く澄んだ水色が一文字ずつ紋様をなぞって流れていく。まるで磨いたばかりのあの石がそのまま線になったようだった。
「……色が、違う」
思わず声が漏れた。
これまで何度も術式を光らせてきたが色を気に留めたことはなかった。使う魔石がいつも同じだったからだ。安く手に入る普通の魔石ばかり使っていたのだ。
だが魔石を変えれば発する色も変わる。
そのことをルシアンに尋ねてみると、ルシアン咳払いをした後、思い出したかのように教えてくれた。
「ああ、魔石で色が変わるってやつか。昔どこかで聞いた覚えがある」
ルシアンは顎を撫でながら記憶を辿るように言った。
「大した話じゃない。魔石ってのはたいてい濃い青に光る。だが種類によっては違う色を出すのがあってな。お前が使ったそれもその口だろう」
「じゃあ知られてることなんですね」
「知ってる奴は知ってる。ただ誰も使わん。本来隠す術式の紋様のために色を変えようとする奴はいない。安物をまとめて砕いた方が早い。だからどの魔術具も同じ色さ」
なるほど、と腑に落ちた。
「色が変わると効果が変わるとかはないんですか?」
「俺の知る限り効きが変わったなんて話は聞かん。魔術インクにした場合に限るが、色が違うだけで効果が変わったという記憶はないな」
色が違うだけ。ルシアンはそう言い切ったが、サミュエルは素直に頷けなかった。
リュシエルの説では魔石は魔力の結晶だ。
込められた魔力の質がそのものが違うから色に出る、と考える方が自然ではないか。ならば見た目だけでなく効きや魔力の通り方にも差があってもおかしくない。
だが今それを確かめる余裕も方法も思いつかない。
サミュエルは湧きかけた疑問を頭の隅に押しやった。いつか腰を据えて調べればいい。
今はこの澄んだ水色がエレノアの望む品にちょうどいい。それで十分だった。
ミーナに扇子と指輪の形を作ってもらい、術式を刻み、描いたあとに最終的な装飾をしてもらう手筈となった。
そのため扇子の骨や指輪の外側に術式を彫る作業には、今までで最も繊細な技術が要求された。
また、扇子の骨組みにはアクアウルフの骨を使っている。討伐で一緒になった隊長に使い道を説明したところ、主家の孫への贈り物ならということで必要な分だけ譲ってもらえた。
針の先端のような細さで術式を刻む。
線の厚さを間違えて、繋がらないように細心の注意を払う。
自身の中で最も描き慣れた二つの術式をいままでで一番時間をかけて刻んでいく。
長い時間をかけて刻んだ術式に、アクアウルフの魔石の粉末を使った魔術インクで描いていく。
インクが乾き、表面を平らになるように磨き上げて、扇子の持ち手に自らの刻印を刻むことでサミュエルの仕事は終わった。
あとはミーナに最終調整の装飾をしてもらい、エレノアへの贈り物は完成した。
できあがった二つを手のひらに乗せて眺める。
魔力を通していない今は、黒い線の紋様と水色の石が静かに収まっているだけだ。
だが魔力を流せば、その黒い紋様を澄んだ水色の光が一文字ずつなぞって流れていく。機能のために隠してきた術式が、こうして表に出る。
どちらも令嬢が手元に置いても不自然ではないはずだ。ミーナの手が入った意匠は、素人のサミュエルの目にも品よく仕上がっていた。
妙な心地だった。これまで作ってきた魔術具は使えれば十分で、見た目など二の次になっていた。誰かに見せて綺麗だと言わせるために手を動かしたのは初めてかもしれない。
持ち手に入れた自分の刻印を指でなぞる。誰かのために時間をかけたものに名を刻むのは、思っていたより誇らしかった。
エレノアは気に入ってくれるだろうか。考えても答えの出ないことだと分かっていても、つい頭をよぎった。思ったより大変ではあったが、喜ぶその顔を思い浮かべると悪い気はしなかった。
あとは渡すだけだ。サミュエルは仕上がったばかりの二つの魔術具をそっと作業台の端に並べた。




