第109話 お土産の約束(10歳)
あれから毎日、朝から晩まで仕事に追われている。
爆裂玉の量産が正式に決まってから工房の空気は変わった。時間遅延の術式を刻んだ鉄の原版と爆発術式を刻んだ木の原版を使い分け、紙に刷って乾かし、一枚ずつ検品していく。
ガレスの弟子たちも総出で、ヘルガやミーナも組み立て作業に従事している。
朝の仕事はいつもの納品確認から始まる。
紙に木、鉄の地金。量産に使う材料が毎朝のように運び込まれ、数と質をひとつずつ検めていく。
その日は材料に混じって、荷車いっぱいの林檎が届いていた。
「お、おはようございます。今日は林檎、多めに持ってきました」
運んできたのは、いつも工房に食料を納めている農家の娘だった。荷を抱えたまま、ちらりとこちらを見てはすぐに目を伏せる。
「ずいぶん多いですね」
「い、今年は林檎が豊作で。どこの家も採れすぎて困ってるくらいで……あの、これ、粒の揃ったのを選んできたので」
訊いてもいないのに、娘は早口で付け足す。
「その代わり葡萄は駄目でした。夏の天気が悪くて、うちも近所もさっぱり。酒蔵に葡萄を卸してる農家さんが頭を抱えてました。だから酒蔵の人たちも今年は林檎酒ばかり仕込んでるみたいですよ」
「そうなんですか」
いつもは挨拶もそこそこに荷を置いて帰ってしまうのに、今日はやけによく喋る。よほど今年の作柄が応えたのだろう、とサミュエルは深くも考えずに頷いた。
もっとも今の頭は爆裂玉の量産で手一杯だ。林檎のことはそのまま頭の隅へ流れていった。
ガレスの弟子たちも総出で、ヘルガやミーナも組み立て作業に従事している。
忙しい。忙しいのだがどこか物足りない。
野営用の魔術具の木版も作り、外部の職人にも印刷作業を手伝ってもらっている。
量産作業はひたすら同じことの繰り返し。
そのため、どうしても手だけ動かしていると頭が勝手に空く。空いた頭は、次に何を作るかを探している。だが、なにか忘れているような気がした。
そんなある日、工房にやってきた者がいた。
「遊びにきたわよ!」
エレノアである。
来年の十歳式に向けての稽古が忙しいのか、顔を合わせるのは久しぶりだった。
「すみません、エレノア様。レオン様の指示で立て込んでいるのであまり相手にできないです」
「そういえばお祖父様も忙しいみたいね」
来年に向けて辺境伯も忙しくしているのか、それが家族であるエレノアにも雰囲気で伝わっているようだった。
「それよりサミュエル。用意はできているかしら?」
「……なんのことでしょうか?」
「前に討伐に行った時のお土産よ」
「あっ……」
エレノアに指摘されて思い出した。
あれから考えることやることが多くて完全に忘れていた。
「す、すみません。忘れてました……」
「約束したのに酷いんじゃないかしら?と言いたいところだけど、一向に私のところに来ないからきっとそんな気がしていたわ。それに忙しかったみたいだから今回は許してあげるわ」
9歳の少女とは思えない物わかりの良さと寛容さだった。
「あ、でも魔物素材は持ってきましたよ。見ますか?」
「え?それはあるのね!見るわ!」
先ほどの態度とは打って変わって、年相応のいつものエレノアらしい反応に切り替わった。
保管していたものを棚から取り出しエレノアの目の前に差し出す。色鮮やかな水色の石だった。
「わぁ……綺麗ね。これは何なの?」
「アクアウルフの主の魔石です。見ての通り魔石にしては大きくて、色も綺麗だったので貰いました」
他にも使い道があるかもと思って魔石を選んだが、どうやら正解だったようだ。
「じゃあこれでなにか作ってくれるのね!」
「え?」
「だってそういう話だったじゃない」
そういえば、討伐で魔物素材が手に入ったらそれで魔術具を作ると言ったような覚えがある。
「そうですね……でもなにが欲しいんですか?」
「どうせなら身につけるものがいいわ」
お嬢様は魔石を使った装飾品を御所望のようだった。
だがサミュエルには貴族の令嬢が着けるような華美な意匠は作れない。
「そんなに立派なものじゃなくていいわ。でもお茶会とか身につけていても不自然じゃないものがいいの」
令嬢たちのお茶会ではどういった装いをするのかサミュエルは知らない。
そして小物になればなるほど、術式を描くのが難しくなる。
描く術式も危険なものは避けなければならない。
サミュエルは非常に難しい問題を突きつけられてしまった。
「すみません……僕はお茶会がどんな感じなのか知らないので……申し訳ないんですが、はっきりと、どういう装飾品が欲しいのか教えてもらえませんか?」
「しょうがないわね。本当はそういうのも男性が考えて贈らないと駄目だからね。覚えておきなさい」
要するに女性がなにを欲しているのか、男性側が察して用意しろということなのだろう。あいにく、その手の察しは最も苦手とするところだ。困っているのが伝わったのか、エレノアは呆れたように小さく息を吐いた。
「そうね……扇子や指輪がほしいわ。ちょうど新しくしたいと思っていたの」
「わかりました……そのあたりで考えておきます」
「頼んだわよ。楽しみにしているからね!」
引き受けたはいいが今は量産の真っ最中だ。サミュエルは言いにくそうに切り出した。
「あ、でもいまは別の作業で忙しいのでいつ作れるか……」
「かまわんぞ。忙しくはあるがお前じゃないとできない作業はない」
横で話を聞いていたルシアンが助け舟を出す。
「それに繰り返し作業ばかりでお前も飽きてきてるだろう。気分転換にもなるからお嬢の依頼を優先しろ」
「……わかりました」
「ルシアンおじ様!ありがとう!」
ルシアンとしても最近頑張っているエレノアのために、サミュエル一人に動いてもらったほうがいいとも考えた。
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扇子と指輪を頼まれた。
今回はルシアンも作業に追われていることもあり、サミュエルが一人個室でどういった魔術具がいいのか頭を捻っていた。
指輪であれば小さく砕いた魔石を研磨すれば、それなりに見栄えはするだろう。
扇子にしても要や骨にちりばめればこれもいい感じになるのではないだろうか。
問題はどんな術式を描くか。
どちらも小さかったり細かったりするため短く単純な術式しか描けない。
ならば自分が描き慣れた術式をいれるのはどうかと考えた。
やはり一番よく描いたのは発熱術式である。冷暖房具で何度も刻み、描いた。
次点は最近描く機会こそ減ったが点灯の術式だ。
扇子の用途を考えれば、冷暖房具で使った発熱術式で扇子の周囲の空気を一定にして仰ぐことで心地の良い風が送れるようにするのがよさそうだ。
指輪に関しても魔石の部分が光るようにすれば見栄えがいいのではないかと考える。
「方向性は決まったけど……どう描くか……」
最近は紙に印刷したり、原版に彫ってそれを魔術具の中に隠していた。
だがそれ以前はどうだったかを思い出す。
初めて触った照明具は、中の見えない場所に描かれていた。
それはサミュエルにとって初めて術式を見た瞬間でもあり、術式が紋様にも見え、幾何学的な美しさを感じていた。
あのとき感じた綺麗さを、今まで一度も作品に活かそうとは思わなかった。
術式は隠すものだと思い込んでいたからだ。
機能さえ果たせばよく人目に触れる必要はない。むしろ人目に付く場所に術式があればそれだけ早く劣化しかねない。
だが扇子には隠す場所がない。前提そのものが通用しない。
やり方をいくら変えても届かない。疑うべきはもっと手前にある何かだ。
それが何かはまだ掴めない。だが確かめずにはいられなかった。
サミュエルは席を立った。その糸口を持っていそうな相手に心当たりがあった。




