第108話 一年の誓い(10歳)
一年後、魔物領域を攻略する。
辺境伯によって下知が下った。
そのために準備をするように指示があった。
爆裂玉――時間遅延爆発具では長いため、兵器としての正式名称をつけろと言われ、急遽決定したものだ。
その爆裂玉に加え、改良して鉄片なども詰め込んだものを量産しておくようにとのことであった。
マルシュナト辺境伯は、先日の爆裂玉を使った討伐任務での報告書を見て、四十年ほど前から続く汚名返上の機会がやってきたと考えた。
幸いにも四十年以上前を最後に、戦争が起こっていない。
だが戦争がないということは、辺境伯軍に付いた汚名を払拭する機会もなかったことを意味していた。
古くからある魔物領域はどの国の領土でもない。
そういった魔物領域を攻略すると、攻略した者たちの国の領土となるのが暗黙の了解になっている。
マルシュナト辺境伯領も元を辿れば、フェルミナ王国建国直後にレオンの祖先が攻略することで手に入れた領地であった。そこから長年にわたる貢献も合わさり、歴史ある辺境伯家へと上り詰めることができたのである。
しかし現在、攻略がしやすい魔物領域はほとんど攻略されている。
ここ百年以上、魔物領域が攻略され、どこかの国の領土が広がったという話は、大陸中どこを探しても聞いたことがない。
このままでは祖先に顔向けできないと思っていたレオンは、もしこの停滞を破り、新たに魔物領域を攻略したとなれば面目躍如といえると考えた。
その手段と口実をくれた少年に、レオンは内心感謝していた。
そしてそんなレオンの感謝の念とは別に、サミュエルに慶事が舞い込んできた。
大変なことになったと思い、気分を変えるためにその日の仕事が終わると姉の元へと訪れることにした。
ルーカスとミシェルが歓迎してくれたが、そこにいた姉の雰囲気がいつもと違っていた。
「姉上……なにかありましたか?」
「あら?もうお姉様とは呼んでもらえないの?十歳式を迎えると男の子は皆大人びた話し方するわよね」
ミシェルが話す通り、大体の者は十歳式を機に言葉遣いを変える。
それは十歳式が大きな節目であり、子どもから一人の大人へと扱われ始めることも関係していた。
そのため、いままで子どもっぽさを残すようにしていたが、サミュエルも周りに合わせて少し言葉遣いを変えることにした。
「ええ、僕も少しは大人になりましたから」
「それでもまだ『僕』なのね」
フフッと笑みをこぼし、まだ子供らしい一人称を使いながら、大人になったと嘯くサミュエルをおかしく思った。
「それよりも、なんだか姉上の体調が悪そうですが、大丈夫ですか?」
「よく気づいたわね」
良くも悪くも家族の顔色に気づくのは前世で慣れている。
ましてやサミュエルにとって今の家族であれば、前世とは違う意味で気にかけていて当たり前だった。
「ああ、実はな……」
「貴方も来年にはおじさんになるのよ」
ルーカスがなにかを言おうとしたが、ミシェルが割り込むようにサミュエルに向かってそんなことを言う。
(オジサン……おじさん……)
確かに前世と合わせれば自分は体感ですでに40歳を越えているが、急にオジサンと言われた意味が理解できず、内心で何度か反芻することでようやく理解ができた。
「叔父さん、ですか……姉上、義兄上、おめでとうございます!」
意味がわかり、サミュエルは慌てて祝福の言葉を述べる。
「ありがとう。サム」
ミシェルが妊娠した。
体調が悪そうなのはおそらく悪阻などの妊婦特有の症状なのだろうとサミュエルは推測できた。
ただサミュエルは前世では妻子はおろか、兄弟姉妹もいなかったため、妊娠した人と関わったこともなければ、学校の授業で知った程度の知識しかなかった。
「いつ頃生まれる予定なんですか?」
ただし十月十日という言葉は知っていることから、出産予定の時期ぐらいはわかるだろうと思い確認をする。
「早ければ春の初めあたりじゃないかと言われたよ」
「サムの誕生日と同じぐらいかもしれないわね」
サミュエルは春の初め、前世で言えば四月生まれの感覚に近い。
「まだ十歳のサムが叔父さんって呼ばれるのはやっぱりなんだか不思議ね」
ミシェルが自分の腹にそっと手を当てながら、しみじみと呟く。その仕草に、サミュエルは改めて、ここに新しい命が宿っているのだと実感した。
姉に子が生まれる。当たり前のことのようでいて、サミュエルにとっては初めての感覚だった。前世でも今生でも、こんなふうに新しい家族の訪れを待つことなど、これまで一度もなかったのだから。
「僕、叔父として何かできることはありますか?」
「そんなに気負わなくていいのよ。ただ、可愛がってくれれば」
「そうだね。まだどんな子が生まれて来てくれるのかもわからないからね」
ミシェルもルーカスもサミュエルに特別なことはなにも求めていない。
ただお腹の中の子が無事に生まれてくることを、祈ってくれるだけでいいと考えていた。
しかしやる気が若干空回りしてしまったサミュエルの口からは、行き場をなくした気持ちをごまかすように、ごく当たり前の心配事がこぼれた。
「あまり……無理はしないでくださいね。姉上」
「あら、心配してくれるの?」
そんな当たり前の言葉でもいまのミシェルにとっては嬉しい言葉だった。
年の離れた弟であっても、故郷を離れたこの場所で、自分を心配してくれる血の繋がった家族がいる。それだけでミシェルの心は安らいだ。
「当たり前です……」
――大事な家族ですから。
そう続けようとして、言葉が喉の奥で止まった。
家族、と言いかけて胸の奥がちくりと疼いた。自分は、この温かさの中にいていい人間なのだろうか。ここは本当は別の誰かのものだったのではないか。答えの出ない問いが言葉を飲み込ませた。
前世で知っている。こんな温もりが、どれほど得難いものかを。だけど素直には受け取れない。それなのに一度触れてしまったそれは、サミュエルにとって甘美なものであった。
そしてサミュエルは思い出す。
一度だけ、素直に受け取れたあの日のことを。
なぜ受け取れたのか理解した日のことを。
かつて姉に魔術具を贈り、返ってきた温もりを痛みなく受け取れた。与えたからこそ受け取れた。
だがなにも魔術具を贈ることが全てではないのだとサミュエルは思う。姉夫婦が健やかであること。それを願い支えること。生まれてくる子の幸せはその先にある。
いまヴァロワール領で起きている問題が解決すれば、実家は安泰になる。故郷を案じるミシェルも、少しは心安らかでいられるだろう。
マルシュナト辺境伯領で実施予定の施策がうまくいけば、収穫が増え、街はさらに豊かになる。商務官を志すルーカスにとっても、きっと張り合いのある日々になるはずだ。
これらがすべて上手くいけば、二人のためになるのかもしれない。
「どうしたのサム?」
急に黙り込んでしまった弟を不思議に思い、ミシェルが声をかけた。
「いえ……ちょっと考え事をしていました。甥か姪どっちかはわかりませんが、その子たちのためにできることがわかった気がします」
「だから気負わなくてもいいのに……」
口ではそう言いつつも、自分の子どものためにサミュエルがなにかをしてくれようとしていることに嬉しい気持ちが込み上げてくる。
「大丈夫です。元々決まっていたことに僕がやる気を出しただけですから……」
それはまだ決まったばかりの方針であり、たとえ辺境伯の身内でも勝手に話していいことではないとサミュエルも理解している。
「それならいいけど……あまり無理はしないでね」
これから一年。長いようで、きっとあっという間だろう。焦らずできることを一つずつやっていこう。




