第107話 対策と条件(10話)
報告は、思いのほか早く場が設けられた。
ルシアンに連れられ、サミュエルは辺境伯の執務室へと向かう。何度か足を運んだことのある部屋だが、今日ばかりは扉の前で足がすくんだ。
「入れ」
短い許しの声に、ルシアンが扉を開ける。
執務机の向こうで、レオンが書類から顔を上げた。
「討伐任務の報告書はすでに受けているが、昨日の今日でどうした」
「討伐の件とは別件……いえ、まったく関係ないわけではないのですが、早めに確認をしたほうがいい案件が見つかりましたので直接報告にあがりました」
レオンから見ても珍しく、ルシアンが焦っているように感じられた。
それほど重要なことなのかと襟を正して聞く姿勢をとった。
「よかろう。では報告をしてくれ」
「サミュエル」
「は、はい!師匠からではなくサミュエル・ヴァロワールから報告いたしましゅ!」
辺境伯とは何度か直接言葉を交わしたことがあるが、状況が状況なだけに緊張して言葉を噛んでしまった。
「サミュエルから報告か。珍しいな。続けろ」
「ヴァロンにて魔物領域と似た状況ができつつあり、問題が発生する可能性があります!」
サミュエルの言葉足らずな報告に、その場は静寂に包まれた。
「――すまない。魔物領域がなんだって?もう一度言ってくれないか?」
「申し訳ありません、レオン様。おいサミュエル、端折りすぎだ。順を追って説明しないとレオン様も困ってしまうぞ」
「す、すみません。え、えっと……レオン様はヴァロンで魔物が周辺によく現れるというのをご存知でしょうか?」
サミュエルは辺境伯に謝罪をしつつ、どこまで情報を掴んでいるか確認をした。
「セドリックから報告は受けている。特に町の南側に出没することが多くて防衛の強化が必要になっているともな。あと孫……お前の兄のマイケルが討伐に精を出しているというのもな」
どうやら魔物が増えていることは祖父から伝わっていたようだ。それに加えて、兄の活躍まで聞けたことにサミュエルは少し嬉しくなった。
「それに伴い、ヴァロン以外の村では魔物の出現頻度が大きく下がったというのも聞いたな。報告内容と先ほどのお前の発言となにか関係あるのか?」
「周辺の村で魔物の出現頻度が下がっていることは僕は初めて知りましたが……おそらく関係あると思います」
周辺の村で魔物が減っている。その事実は、サミュエルの中でひとつの確信に変わりつつあった。魔物はヴァロンに引き寄せられている。他の村から町へ。
「もう一つ、ヴァロンで収穫量が増えていることはご存知でしょうか?」
「ああ、一昨年から収穫量が例年より増えているな。それまで少しずつ下降傾向にあったから心配していたが、豊作が続いたようでなによりだ。それがどうした?」
「実は二年以上前……僕が師匠に弟子入りする前にやった施策があります。その結果、収穫量が増えました」
「そうなのか。それは知らなかったな。なにをしたんだ?」
やはりまだ祖父から辺境伯へ報告があがっていなかったようだ。さすがに二年で問題なしと判断するには早すぎたのだろう。
「レオン様が仰ったように、収穫量の下降傾向を改善するため、調査したところ土が痩せてきていることが原因だとわかりました。細かい説明は省きますが、堆肥が農地に対して足りていないことがわかり、僕は堆肥を作る魔術具を作りました」
「面白いことを考えたな。弟子入り前だと7歳か8歳の頃か?」
「はい、始めたのは7歳の頃でした。堆肥の量を作る方法として魔物の死体を使うことを思いつき、実行しました」
「また思い切ったことをしたな……だが魔物が多い地域なら合理的ではあるな。まさか魔物の死体が魔物領域を作ったとは言うわけではないな?」
レオンは笑いながら魔物の死体が悪さをしているのではないかと冗談交じりの言葉を発した。
レオンにとっては軽い冗談だったのだろう。だが、サミュエルはすぐに頷けなかった。喉の奥で、言葉が一度つかえる。
「……まったく関係ないわけではないです。実験の最中に偶然発見したのですが、堆肥を作るのに魔石の粉末を混ぜる方法を取りました」
「……続けろ」
先ほどまでの緩んだ空気が、すっと引き締まった。レオンの目がこちらの一言一句を逃すまいとするものに変わる。
「結果から言いますと、通常の堆肥より、魔物素材の堆肥のほうが生育状況がよく、さらに魔石の粉末を混ぜると早く、大きく育ち、味も良くなることがわかりました。収穫量も通常のものと比較して二割ほど増えたのを覚えています」
「なるほど、それで報告書での数字が増えているわけか」
「まだ試験的な部分もあったため、すべての畑で実施しているわけではないですが、徐々に広げていると思います」
二割。その数字が持つ意味をレオンは即座に理解したようだった。領内全域に及べばどれほどの富になるか。だが、その顔にはすぐに別の色が差した。
「そんなに効果が高いものを、なぜ黙っていた?」
「魔物の死体を使うこと、魔石を粉末にして混ぜること。どちらも初めての試みで、どんな副作用が出るか分かりません。だから数年かけて様子を見て、問題がないか確認してから報告したいと、祖父が言っていました」
「収穫量だけ見て、すぐに導入したが、数年後問題が発生しました。ではたしかに我々も困るし、場合によっては責任を追及しなければいけなくなるな。なるほど、道理だな」
理由を聞けば簡単な話ではあった。
もとよりセドリックが独占するために技術を秘匿したとは思ってはいない。
「それで、それが魔物の出現の増加となんの関係がある?」
収穫量増加の件は気にはなるが、本来の主題に話を戻した。
「まだ研究段階の話もあり、確定ではありませんが、魔石を粉末にして撒いた副産物として、魔物領域に似た空気が畑を中心に生じていると考えています」
サミュエルは十歳式で帰省したときのこと、先日の討伐で魔物領域に踏み入った時のことを語り、状況証拠とリュシエルの研究や知識からそう結論づけた経緯を説明した。
「……にわかには信じ難い話ではあるが……ルシアンまで同席しているのだ。冗談ではないことだけはわかる」
根拠はあくまでサミュエルの感覚と研究者の仮説に過ぎない。
しかし同じ話を聞いて、信じたルシアンに対するレオンの信頼がその話を信じさせた。
「それで、その話をセドリックからの報告を待たずして話したということは、私にして欲しいことがあるのだろう?」
「して欲しいこと……というより、どうしたらいいのかわからないのです……」
安全を考慮すれば今すぐ中止をさせるべきだ。
だが土が蘇り、収穫量が増え、喜ぶ領民と家族たちの顔を思うと安易に中止しろとは言いにくい。
領主として経験豊富なレオンならなにかいい案がないか、答えを教えてほしくて相談をしにきてしまった。
「なるほど。サミュエルもルシアンも貴族出身だが、為政者ではないから答えに悩むのは理解できる。今すぐセドリックに私から指示を出し、魔石入り堆肥を使うことを中止させるのは簡単だ。だがそうではないだろう?」
レオンは辺境伯領を引き継いできたとはいえ、多くの問題を見てきており、解決できたものもあれば、上手くいかなかったことも数え切れないぐらいある。
片方を立てれば、片方が立たないことなど当たり前。全てが丸く収まる事態など滅多にない。
だからこそサミュエルがなにを悩んでいるか理解できた。
「できれば、魔石入りの堆肥を使い続けた上で、この問題を解決したい。そう考えるのは当然だ。そのほうが全員が幸せになれる。だけどその方法がわからない。といったところか」
レオンによって図星を指され、サミュエルが僅かにたじろいだ。都合のいい話だというのは重々承知しているためだ。
「なら……一つ提案だ。魔石入り堆肥の技術を私に売るんだ」
思ってもみない言葉だった。売る。この、副作用を抱えた厄介な技術をレオンは欲しいというのか。
「しかし、大気中の魔力が増えて魔物を引き寄せてしまいます」
「魔物がまず出ない地域、たとえばマルシュブルグ近郊であれば問題あるまい」
「魔物領域化しないという確実な保証もありません。万が一魔物領域化してしまったら……」
言葉尻が萎んでいく。最悪の事態を口にするのが、恐ろしかった。
「その確認のために、ヴァロンで継続して魔石入り堆肥の使用を続けてもらう」
その一言の意味を、サミュエルはすぐには掴めなかった。継続する。確認のために。ということは――。
「幸いにも二年も早く魔石入り堆肥を使っているのだ。もし魔物領域化するならそちらが先になる。そうなったら我々の領での使用をすぐに中止するなり、別の地域に変えるなりしてやればいい」
「レオン様はヴァロンが魔物領域化するかどうかの実験場になれ……と仰るのですか」
「おい、サミュエル。言葉が過ぎるぞ」
自らの主君に対し、責めるような口調になったサミュエルをルシアンが諌める。しかしこれはサミュエルのためでもあった。
「どのみちヴァロワール家が始めた実験だろう?今回たまたま気づけただけで気づかなければ誰も中止すら考えず継続していた。それを監視と検証、さらには安全も考慮した上で協力しようというのだ」
「協力ですか?」
「当たり前だ。私もなにもヴァロンだけが割を食えなどと、無体なことは言わない。いまヴァロンは魔物の出没が増えていて忙しいと聞く。辺境伯領から援軍を出そう。さらにもし魔物領域化してしまってもすぐに消滅させられるようにも準備をさせる。もし町中に魔物領域ができたとしても、出来て1日足らずであれば、すぐ対応できよう」
レオンの申し出は、ヴァロンの現状からすれば非常にありがたいものであった。しかし問題もあった。
「ですが、それだといつまでも世話になるのでは……」
いつ終わるかわからない魔物の襲撃。畑が運良く魔物領域化しなければいつまでも兵たちは滞在することになる。
「そうだな。長い年月の遠征費を私がもつのでは技術を貰っても結局出費が増えてしまえば意味がない。かといってそれだけの出費をヴァロワール家が背負うのも同じだ。なら原因を断てばいい」
原因を断つ。その言葉が何を指すのか。レオンの目には既に次の一手が見えているようだった。
「一年後、ヴァロン南東の魔物領域を攻略する」




