第105話 魔力に気づく者(10歳)
サミュエルが作成した報告書は、ルシアンを経てレオンの下へと上がった。
レオンは机の上に置かれた報告書へ視線を落とした。
隊長からの討伐報告と、サミュエルによる魔術具の運用報告の二つを照らし合わせながら読み進めていく。
「……想像以上だな」
時間遅延爆発具――。集団を相手取ることを前提として開発された新しい魔術具だったが、その効果は期待を上回っていた。
ゴブリン程度なら一撃で殲滅し、ホブゴブリンですら手傷を負わせて追い打ちをかけやすいところまで追い込み、兵の負担を大きく減らせている。
さらに爆発音による威嚇効果まで確認された。
しかしこれには欠点もあった。爆発音で周囲の魔物を引き寄せてしまうことだ。
だが、その欠点も運用次第では利点へ変えられることが、今回の報告書には記されていた。
そして、人相手の戦場であれば、その欠点は欠点にならない。
「量産する価値は十分にある」
作るのに必要なのは安価な材料のみ。
しかも話を聞けば通常の魔術具より数を早く作れるというではないか。
これまで魔物討伐は兵士一人ひとりの力量に頼る部分が大きかった。
魔術使いの数は少ないが、魔力を流し込むだけで戦闘に大きく貢献できる。
この魔術具があれば兵士の損耗は大きく減るだろう。
レオンの視線は次の項目へ移ると同時に思考を切り替える。
「紙の魔術具……か」
従来の魔術具より遥かに安価で、軽く、持ち運びもしやすい。
しかも使い捨てを前提にできる。
軍で運用するには理想的と言っていい。
時間遅延爆発具で開発した構造の応用らしいが、今回使われたのは穴掘り用の魔術具に野営用の竈生成に虫除け、そして警報具だという。
それと重量軽減の背負い袋まであるというではないか。
報告書を読む限り、兵たちからの評価も高い。
今まで木箱一杯に積み込んでいた魔術具が、一束の紙で済むのだ。
そしてその紙数枚があれば、今まで苦労していた工程を大きく簡略化できる。
だからこそ、慎重にならざるを得ない。
「……王国への報告は必要だな」
ある意味では時間遅延爆発具よりも扱いが難しい代物ではないかと思ってしまう。
ここまで有用な技術を隠し続けることはできない。
いずれ他領も知ることになる。
問題は、その後だった。
魔術具は高価だからこそ利益がある。
それを扱う魔術師や工房、さらには貴族たちにも利権が存在する。
もし紙の魔術具が、それらを脅かす技術だと受け取られれば、余計な敵を作りかねない。
レオンの脳裏には一人の宮廷魔術師の顔が思い浮かんだ。
彼奴はこの魔術具に対し、必ずいい顔はしない。
レオンは椅子にもたれ、小さく息を吐いた。
「……いや、そこは話の持っていき方次第か」
紙になろうと魔術具である以上、魔力を流せる魔術使いが必要だ。
安価にはなったものの、誰でも扱える道具になったわけではない。
一般人が誰でも使える物ではなく、あくまで魔術使いの補助を前提とした魔術具。
つまり魔術が使える者の仕事を奪うものではなく、軍の運用効率を高める技術だ。
決して魔術師の権威を損ねるものではない。
その方向で説明すれば、大きな反発は避けられるだろう。
「まずはその方針で話を進めるか」
レオンは報告書を静かに閉じた。そして王国への報告書を書くべく、机の上の白紙へと筆を執った。
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「それで、私に聞きたいこととはなんだ」
サミュエルはルシアンと共にリュシエルの下へと訪ねていた。
「魔物領域について……教えてもらえないでしょうか」
リュシエルはサミュエルの言葉に目を細めると、僅かに思案した後、小さく頷いた。
「いいだろう。なにが聞きたい」
リュシエル自身、魔物領域を専門に研究しているわけではないが、決して無関係ではないことからある程度のことなら答えられると自負していた。
「まずはじめに、僕は先日魔物領域に入りました」
リュシエルの眉が僅かに動く。
「南の山向こうにある魔物領域に入ったのか?いや、それでは時期が早すぎる。どこかで新しくできたのか?規模と魔物、魔物領域の現状を話せ」
「えっと……新しくできた魔物領域でした。現状はすでに消滅させています。規模はよくわかりませんが、隊長はできたばかりと言っていました。魔物はホブゴブリンとファングウルフ、それに主力となるアクアウルフの群れがいました」
すでに消滅していると聞いて、リュシエルは安堵した。だがその胸中には、自身も立ち会いたかったという残念な思いも含まれていた。
「できたばかりという割には少し強い魔物だな。しかし消滅しているのなら問題はなかろう。貴様はなにが知りたいのだ?」
「えっと……魔物領域に入ったあの感覚の原因は、なんなんでしょうか?それと入るまで誰も気付けないものなんですか?」
「質問の意図がよくわからんが答えてやろう。感覚の原因ははっきりしていない。仮説はあるがな。入るまで誰も気付けないというのはそのとおりだ」
リュシエルは怪訝そうな表情でサミュエルを見つめる。
魔物領域の感覚について尋ねる理由が見えてこないのだ。
「質問の意図は……僕が魔物領域のおおまかな場所を発見したと言えば信じてもらえますか?」
その一言で、部屋の空気が変わった。
リュシエルは胡散臭いものを見るように目を細め、隣で聞いていたルシアンも怪訝そうに眉をひそめる。
「それは俺も初耳だな」
「どういうことだ?なぜそうだと言えるのか説明しろ」
「偶然だったんです。魔物領域ができているかもという話になって周囲の探索を始めました」
そこから偶然、違和感を覚える場所に足を踏み入れたこと。
自分以外は誰も違和感を覚えていなかったこと。
違和感を覚えた場所を起点に、違和感があり続ける場所を探索したこと。
進むにつれ、サミュエルが感じていた違和感がだんだん強くなっていったこと。
「それで……魔物領域に足を踏み入れて初めてわかりました。違和感の正体が魔物領域に入ったときの感覚を非常に薄くしたような感覚だったんです」
「それは興味深いな。その違和感というのはどういったものだ?」
「言葉にするのは難しいんですが……空気が少しだけ重い?なんというか空気そのものに何かが混じっているような感じがしました……すみません」
リュシエルは謝罪を軽く手で払い、拙い言葉の一つひとつを拾い集めるように黙り込んだ。曖昧な感覚を、自分の知る現象へと少しずつ置き換えていく。
「空気に混じり物を感じた上で、重い……か」
「たしかに我々が魔物領域に入った時の感覚に近いものがあるな。あとで整合性をとるために取って付けたということはないな?」
「ありません。神に誓ってもいいです」
この世界において、神に誓うという行為は重い。
嘘をついていないことの証明のためにサミュエルはそれを利用した。
「そんなことで神に誓うな。だがそこまで言うなら信じよう」
重い言葉であるがゆえに、軽々しく口にしたことをリュシエルは咎めた。だが結果として、サミュエルの思惑どおり信じてもらうことに成功した。
「つまり、貴様だけが魔物領域のあの感覚を魔物領域外でも感じることができた。もしかしたら仮説が正しいのかもしれんな」
「仮説とやらをまず説明してくれねえか?俺たちはなんのことか知らん」
「そう急かすな。サミュエルには以前も話したが、魔物領域は魔力が空気中にあるのではないか――そういう説がある。まずはそこからだ」
リュシエルは一つずつ説明をしていく。
「魔物は人類以外で唯一、魔力を利用し魔法を使う生物だ。厳密には魔力を使っているかどうかは証明されてはいないが、現象から言って間違いないとされている」
サミュエルは口を挟まず、静かに耳を傾ける。ルシアンも腕を組んだまま、黙って続きを待った。
「そして過去に調べたところ、魔物の特性で面白い習性が発見されている。魔物は魔術師を優先して狙うことだ。これは最初、魔物から見ても厄介な魔術師を理解した上での行動かと思われていた」
そこまで言って、リュシエルは一度言葉を切った。通説をなぞるだけだった口ぶりに、次第に熱がこもっていく。
「しかし違った。知能の高い魔物ならその行動も理解できる。だが知能の低いゴブリンやコボルトまでもがその傾向が強く出ていた。それを調べていた者が実験した結果、魔力が強い者により惹かれる傾向が強いという研究結果が出た」
リュシエルの目に、研究者らしい光が宿った。ここからが本題だと言わんばかりに、声の調子が僅かに変わる。
「魔物がなぜ魔力に惹かれているのかはまだわからない。だが魔力の有無や大小を把握しているのは間違いない。そこで私は以前から考えていた仮説を立証するために一つの実験を行なった」
「それはなんですか?」
「魔石に魔力が本当にあるかということについて……だ。魔術が使えない人間に魔石を大量に持たせた上で魔物と遭遇した場合、持った者とどちらがより狙われるかだ」
「お前……そんなことしていたのか……」
喉の調子を整えるように咳払いをしてから、ルシアンが呆れたようにリュシエルへ言葉を挟んだ。
自分たちが知らない内にリュシエルが他の人を巻き込んで危険な実験をしていたのだ。
「安心しろ。討伐に赴く衛兵を使っている。それに本人たちにも協力への報酬も払った上で了承も得ている」
「そういうことじゃないと思うんですが……」
サミュエルの指摘にも意に介した様子を見せず、リュシエルは話を続けた。
「それで結果はどうなったと思う?」
「その言い方と流れからして、魔石のほうに魔物が多く反応したとかだろ?」
「そうだ。しかも僅かにというものでもなく、9割以上の魔物が魔石を持った者に引き寄せられた。1割は位置の関係から魔石を持たない者に先に襲いかかった個体だ」
その数字の重みに、サミュエルは思わず息を呑んだ。偶然や誤差では片付けられない、明白な偏りである。リュシエルはこちらの反応を確かめるように一拍置いてから、さらに核心へと踏み込んでいく。
「魔力というものを客観的に観測できた者はいない。ゆえに物証と呼べるものはない。以前は状況証拠からの仮説にすぎなかったが、先の実験の結果を踏まえれば、魔石は魔力が結晶化した、あるいは魔力を内包したものだと、ほぼ確定したと見ていいだろう」
「そういえば魔物が使う魔法の属性で魔石の色が変化するんでしたね」
「よく知っているな。そのとおりだ。そして魔法の習熟度合いで色の鮮やかさも変わる。そのことからも魔石と魔力は大きく関係していると見ていたが、これでほぼ裏づけが取れたということだ」
得意げに語り終えたリュシエルだったが、サミュエルにはまだ肝心のところが繋がっていなかった。
「それはわかったんですが……魔石に魔力があることがどう関係あるんですか?」
「わからんのか愚か者め。魔物は魔力が多いものを好む。そして強い魔物ほど魔石がでかく、色に特徴が出る。そして魔物は魔物領域を好み、そこに住む魔物は領域外より強力な魔物である」
早口で理屈を並べ立てるリュシエルの目は、いつしか研究者特有の熱を帯びていた。サミュエルが口を挟む隙もなく、その論はさらに核心へと畳みかけていく。
「魔物が魔力を好み、その魔物がこぞって魔物領域に集まる。以前も言ったが、集まった魔物たちの魔力が積み重なれば、魔物領域には魔力が満ちていく。その仮説に、魔石の実験結果が加わった。あの感覚の正体は空気中に含まれた魔力だという見立ては、もはや大きくは外れていないだろう」
言い切って、リュシエルはふと視線をサミュエルへと据えた。その口の端が、僅かに吊り上がる。
「そして喜べサミュエル。お前はその魔力を魔物領域外でも感じ取れる、私が知る唯一の人類だ」
唯一、と言われても、サミュエルにはすぐに実感が湧かなかった。ただ事実として突きつけられたその言葉を持て余していると、リュシエルは何かに思い当たったように顎へ手をやった。
「よくよく考えてみれば、貴様は体内を流れる魔力の多寡を、感覚で細やかに捉えられる人間だった。以前あの実験で確かめたとおりだ。その鋭敏さゆえに、魔物領域の近辺では空気中の僅かな魔力の差までも感じ取れたのかもしれんな」
言われて、サミュエルは思い当たった。術式の魔力消費を感覚で比べられたのも、根は同じなのかもしれない。魔力の多寡を肌で捉える感覚――それが人より鋭いのだと。
「もしそうなら……魔物領域外でも魔力がある……ということですか?」
「魔物領域の魔力が漏れているのか、離れた魔物領域をお前が感じ取っているのかはわからんが、おそらくそういうことだろうな」
そこまで聞いて、サミュエルの脳裏に以前の実験がよぎった。
魔石を砕いて混ぜた堆肥。あれを使った作物は、驚くほど早く、大きく育った。魔石が魔力の結晶だというなら――嫌な符合が、頭の中で像を結んでいく。
「最後に一つだけ教えてください……魔物領域の植物が他より大きく成長するとか……そういうのはないですか?」
「よく知っているな。できたばかりの魔物領域ではその傾向はなかったはずだが、できてからそれなりに時間が経過した魔物領域の植物の育ちがいいことがわかっている」
予感は当たってしまった。サミュエルは全身から冷たい汗が吹き出す感覚に襲われた。
「もしかしたら……故郷で……魔物領域が生まれようとしているかもしれません」




