第103話 残された違和感(10歳)
こ、怖かった……。
サミュエルの内心は恐怖で震えていた。
自分がここまで狙われるとは思っておらず、一直線に主が向かってきたのだ。
幸いウインドボアほどの突進力はないため、動きに合わせて風牙刀で振り払うことができた。
「サミュエル!無事か!」
隊長が再びサミュエルに近寄り、無事を確認する。
「はい、なんとか大丈夫です」
サミュエルの無事を確認した隊長はホッと一息つくと、櫓に指示を出す。
「魔物領域から敵は!?」
「確認できません!」
「全員、配置に戻り、待機!」
魔物領域から後続がやってきても対応できるように、改めて配置につくが、敵がやってくる気配がない。
サミュエルは、ずっと感じていた空気の混ざりものが薄れていくのを感じた。
「あの……もしかして、魔物領域の主ってこいつだったんじゃないですか?」
「かもしれん。だが少し様子を見る必要がある。このまま待機だ」
空気にある違和感を感じ取れるのはサミュエルだけであり、他の人たちにはたとえ主を倒しても、すぐにそれが主だとは判断できない。
そのまま待機しているが、敵は一向に現れず、兵の一人が魔物領域に様子を見に行くことにした。
少しして、兵が戻ってくると隊長に報告をする。
「魔物領域が消えています。昨日と同じ場所にいっても『感じ』ません」
「そうか……。全員、しばし休息をとった後、魔物領域だった場所の調査にはいるぞ」
朝早くから戦闘が始まり、常に敵の攻撃を受け続ける戦い方。
傷を負った人こそ少ないが、体力的にも精神的にもかなり疲労が蓄積している。
「ところでサミュエル。アクアウルフの主だが……なかなかいい素材だ。欲しいところはあるか?」
「もらってもいいんですか?」
ウインドボアのときとは違い、軍としての仕事である。討伐の証である魔石や使えそうな素材は持ち帰るが、個人の物にできるとは思えない。
「我々が持ち帰ってもすべて軍へと納めることになる。しかし君は軍属ではないのだ。そして今回の戦いの一番の功労者だ。全てというわけにはいかないが、欲しい部位ぐらい融通しても問題あるまい」
他の人たちの反応を見渡すが、頷いたり、聞いていないふりをする人はいるが、隊長のその判断に異議を唱えようとする者はいない。
問題ないとは思えないが、くれるというのであれば選ばせてもらおうとサミュエルは考えた。
「それなら……魔石をもらっていいですか?」
ウインドボアから採取したものと同じぐらい大きく、綺麗な水色をした魔石。
魔石は魔物の種類によって色が違うが、サミュエルはこれほど綺麗な水色の魔石は見たことがなかった。
「魔石でいいのか?この毛皮など見た目も綺麗で、実用性もあるぞ」
「いえ、魔石でお願いします。討伐の証明に必要というのなら諦めますが……」
「いや、他の部位で十分証明はできるから問題ない。だが魔石で本当にいいのか?」
一般的には魔石に価値はあまりない。
魔術技師にとっても魔術インクに混ぜるぐらいしか使い道がなく、ヴァロンで行なっている堆肥に混ぜる技術も、他ではほとんど知られていない。
「これだけ綺麗なら使い道があるかなと思いまして」
「ああ……そういうことか。なら好きにしろ」
交渉の末、サミュエルは水色の魔石を手に入れることができた。
それからしばらく休憩を挟んで、一行は魔物領域だった場所へと入っていった。
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調査の結果、魔物領域だった場所には以前の異様な空気はなく、魔物領域は完全に消滅していた。
まだ魔物は周辺にいるかもしれないが、魔物領域が消えた今、新たに魔物領域が生まれない限り、これ以上数が増えることはないだろう。
魔物の死体の後片付けなどをしてから、サミュエルたちはマルシュブルグの帰路へとついた。
馬車を停めた村に着いたころにはすでに日が暮れており、村で一泊していくことになった。
村の代表である村長と隊長が今回の任務について話していた。
村長は魔物領域が生まれていたことに恐怖したが、すでに消滅させたこと、そして多くの魔物を討伐したことに安堵の表情を浮かべていた。
感謝と労いも兼ねて、村長はサミュエルたち一行のために宴を開いてくれた。
宴といっても小さな村である。村の人々が料理を持ち寄って、村の広場で会食する程度だが、村人たちはお祭り気分となり楽しそうに宴の準備をしてくれていた。
主役は隊長であり、屈強な身体をしている兵たちである。
自分はこの中でも一番小さく、強そうにも見えないことから中心になることはなかった。
知らない人に話しかけられたくないサミュエルとしてもそのほうがありがたく、短い間だったが、サミュエルの人となりを知った隊長もサミュエルの活躍をわざわざ村人たちに話すこともなかった。
宴の最中、同じ年頃の男女から何度か話しかけられることはあったが、自分はただの荷物持ちなんで……と言って逃げた。
そうして無事、宴も終わり、隊長と副隊長、それと女性隊員は空き家と村長宅に招かれ、泊まれる場所がないことからサミュエルと男性隊員は広場に野営で使う天幕で休むこととなった。
兵たちは夜警をしなくていいだけでも助かると話していた。
夜も寝静まり、サミュエルは一人考え事をしていた。
今回の任務で一番気になっていたこと。
魔物領域の空気。そして自分だけが感じていたと思われる、魔物領域外周辺の違和感。
あの違和感の正体はまず間違いなく魔物領域の空気と同じ質だった。
違うのは濃さだけだったと思う。
だが問題はそこではない。
自分は以前にも、同じ空気を感じたことがあった。
十歳式で故郷であるヴァロンに帰った時のこと。
町の中の畑に入ったとき。薄っすらとだが、同じ空気を感じた。
町より魔物領域に近い場所で討伐したときですら、感じたことがない空気が町の中にあった。
もしかしたら、という嫌な予感が頭をよぎる。
帰ったら原因と対策を考えなければとサミュエルは静かに決意した。




