第102話 群れの主(10歳)
夜は何事もなく明けた。
見張りから異常なしとの報告を受けた隊長は、静かに立ち上がる。
「朝食を済ませろ。作戦を開始する」
一行はすぐに支度を終え、戦闘の準備に入る。
弓が使える者が魔物領域にいる一つの集団を攻撃し、ここまで逃げてくる。
あとは拠点まで引きつけた敵集団を、時間遅延爆発具で削っていく。
ただし、敵であるホブゴブリンやファングウルフは、昨日まで相手をしていた魔物領域外の魔物より強くなっていることから、三発は投げ込んで確実に削る必要が出てくる。
ホブゴブリン相手なら他の兵士でも一対一で戦えるだけの強さはあるため、どれだけ数を削り、どれだけ手傷を負わせられるかが肝になってくる。
拠点の入口両脇には、昨日急ごしらえした簡易的な櫓があり、兵士二人が監視と弓による援護を可能にしている。
「皆、位置に着いたな。ではこれより作戦開始!」
隊長の号令により、一人の兵が魔物領域へと向かっていく。
その兵が魔物領域手前で足を止めるのが見えた。
弓を引き、放つと急ぎこちらに戻ってくる。
弓を放った兵の奥からゴブリンより一回り大きいゴブリンと、牙が大きく発達した狼が魔物領域から飛び出てきた。
あれがおそらくホブゴブリンとファングウルフなのだろうとサミュエルは当たりをつけた。
弓を放った兵が、拠点まで駆け込んでくると櫓の二人が手振りで合図を出す。
「魔力を流せ!」
サミュエルと魔術使いの二人が魔力を流し、魔術具を発動させる。
「放て!」
三発の魔術具は弧を描き、それぞれどこに投げるか決めていたこともあり、敵集団の手前、中心、奥へと落ちる。
二呼吸ほど置いて、爆発音が空気を切り裂いた。
「敵確認!ホブゴブリンが残っています!」
「ファングウルフは全滅の模様!」
櫓から見ていた二人の兵から報告があがる。
ホブゴブリンには片足が吹き飛んだ個体もいたが、爆発地点からズレていたホブゴブリンは血を流しながらも武器を振り回していた。
「やはり耐える者もいるか……。前衛!かかれ!」
しかし数が少ないことから時間遅延爆発具ではなく、直接トドメを刺すよう隊長が指示を出した。
武器は振り回しているが、爆発により冷静さを欠いており、兵士たちは落ち着いて対処し、ホブゴブリンを処理していった。
「よし。次に備えろ!」
元の位置に戻るように、隊長が全体に指示を出す。しかしすぐに櫓から報告があがる。
「奥から新たな集団が来ます!」
「魔術具の準備!急げよ!」
再び、投擲の準備をし、いつでも魔力を流せるように待機する。
先ほどと同じように、櫓から合図が入ると隊長から発動と投擲の合図が出る。
再び爆発音が辺りに鳴り響くと、ファングウルフは全滅、ホブゴブリンが数体残るといった結果になった。
初回と同じ結果のため、そのあとも兵士たちは同じことを繰り返す。
そんな迎撃を十度ほど繰り返す頃には、拠点の前にはホブゴブリンとファングウルフの死骸が積み重なっていた。
鍛えているとはいえ、兵士たちにも疲れが見え始めた頃、櫓から今までと違う報告があがる。
「新手が見えました!あれ……アクアウルフの群れです!」
「ちっ!予想より厄介なのが出たか!」
「アクアウルフは厄介なんですか?」
「群れを作り、水の魔法を使う。そして群れの主の統率力が高い。少なくともゴブリンリーダーより厄介な奴らだ」
アクアウルフが群れを成し、拠点に向かってくる。
すぐさま投擲を開始し、これまでのように爆発音が響き渡った。
しかし結果は一匹も倒すことができなかった。
手傷を負わせ消耗はさせられたため、勢いは落ちたものの、魔物の死骸を前進し乗り越えてくる。
「前衛!かかれ!上からも援護しろ!」
隊長が今までと違う指示を出す。
「くそっ!やはりホブゴブリンより硬いか!」
隊長も援護するため、前に出る。
サミュエルは魔術で援護するべく、櫓の中程まで登り、詠唱を始め、アースランスを放つ。
ウインドボアより柔らかいのか、一撃でアクアウルフを貫くことができ、息の根を止める。
サミュエルは前衛の邪魔にならないよう、なるべく後方にいるアクアウルフを次々と撃ち殺していく。
そして一瞬、魔物領域の方角から視線を感じた。
そちらへ視線を移すと、そこには一匹の魔物がいた。
アクアウルフと同じ水色と白が混ざった毛皮の狼。
しかし大きさは今倒したアクアウルフより一回りも大きい。
大きさだけならウインドボアに近いかもしれない。
サミュエルは一目で理解した。あれがアクアウルフの群れの主だと。
「気をつけろ!奥にでかいのがいるぞ!」
隊長もその存在に気づき、全体に注意を促す。
次の瞬間、サミュエルに向かってなにかが放たれた。
恐ろしいことに、そのなにかは櫓の丸太を貫通し、サミュエルをも貫こうとしたのだ。
寸でのところ、サミュエルは躱すことができたが、液体が飛び散っている。
それはただの水だった。
「まるで水のレーザーだな……」
それを受けたサミュエルがボソリと感想を呟く。その呟きを耳にする者はいない。
「大丈夫か!」
遠距離から敵の魔法でサミュエルが狙われたと知った隊長が、無事を確認するためサミュエルに近寄ってくる。
「大丈夫です!当たっていません!」
自分は無事だと伝えると、サミュエルはふと考える。
櫓の兵士ではなく自分を狙ったのは偶然だろうか?
あの状況で一番アクアウルフを倒していたのは間違いなく自分が放つ、アースランスだったという自覚はある。
それを理解して、アクアウルフの主が自分を狙ってきたのだとしたら、思っている以上に知能が高いのではないだろうか。
「しかしまいったな……。時間遅延爆発具が思ったより効いていない」
ホブゴブリンの四肢すら吹き飛ばした爆発でもアクアウルフは耐えてきた。
「水魔法で保護しているせいか爆発にも耐えている。相性が思った以上に悪いみたいだ」
「なら……試作型を使いませんか?」
「一昨日説明してくれたあれか?どうせ他に手段はないんだ。やってみろ」
「ただ、数がないので、使えて六発分です」
「一発はあの奥にいる主用にとっておけ。それとな――」
隊長はサミュエルに作戦を伝える。それは作戦というにはあまりにも粗末な物だが、可能性を考えればそれがいいとサミュエルも考え、指示に従うことにした。
アクアウルフの数が減ってくると、次の集団が群れを成しやって来ようとする。
「投擲準備!前衛は下がれ!」
サミュエルはすぐさま、三発の試作品を準備する。二発は二人の魔術師に手渡し、それを使ってもらうように伝えた。
「放て!」
すぐさま魔力を流し、投擲をすると、今までと同じように爆ぜる。
ただし、中からは鉄片が散らばる。
土器の中には釘や潰れた鏃など鉄の廃材を詰め込んだ特注品。
さらに爆発の威力も一段上げており、より深く突き刺さるようになっている。
アクアウルフの群れは先ほどとは違い、半分以上が動けないほどの傷を負うことになった。
「よくやった!前衛はすぐさま生き残りに当たれ!」
トドメを刺すべく前衛が動き出す。しかしそれより早く、アクアウルフの群れとその主が動き出した。
「前衛は戻れ!後ろを守れ!後ろは次の魔術具の準備をしろ!」
幸い傷ついたアクアウルフの動きは鈍い。
前衛は後衛を守るべく、その場に立ち止まり壁となる。
アクアウルフの主が群れと一緒に拠点へと足を踏み入れる。
「放て!」
先ほどと同じくアクアウルフの群れへと試作型時間遅延爆発具を投げ込む。
しかし主だけが拠点の手前で足を止め、奥にいる隊長を狙ってレーザーのような水の魔法を放ってきた。
おそらく指示役と理解した上での行動だろう。
「ぐぅッ!」
隊長の左肩を水の魔法が掠める。だが大した傷にはならなかった。
投げ込まれた魔術具が遅れて爆発するが、アクアウルフの主は範囲外にいて無傷。
爆発が治まると同時に、主が突っ込んできた。
連続して投げられないというのを数回見ただけで理解したのだろう。
しかし――。
「今だ!」
隊長が指示を飛ばす。それはサミュエルへ向けての指示だった。
主の足元に投げ込まれたのは先ほど、アクアウルフの群れを苦しめた魔術具と同じものだった。
魔術具は炸裂し、主に手傷を負わせる。
隊長は主が知能が高く、こちらを観察していることに気づき、主がこちらに向かってくる際はサミュエルだけ試作品を投げず、時間差で投げるように指示を出していた。
その策が見事ハマり、主は傷つく。
しかし致命傷ではなく、拠点の中を見据える。
自分に傷を負わせた物を投げ込んできた相手を見つめる。
先ほど高い所から同胞を最も殺していた危険な人物。
あの時、奴に向かって魔法を放ったのは決して間違いではなかったことを確信した。
主は水魔法で複数の刃を形成すると、周囲に放つ。
道を切り開き、周囲の敵を散らすためだ。
そして一番厄介な奴に向かって一気に駆け出す。
サミュエルは自分が狙われたことに気が付き、すぐさまアースランスを放つ。
しかし主もそれを予測しており、紙一重で避けながらこちらに向かってくる。
「逃げろ!」
隊長が叫ぶ。最優先の護衛対象と上から言われている。それが狙われているのだ。
隊長自身は肩を掠めた際に、その威力から体勢を大きく崩しており、サミュエルからも離れてしまっている。
周りの兵士も主の魔法により足止めされてしまい、対応が遅れてしまっている。
主は魔力を他の操作に使っているため、直接牙を突き立てようとサミュエルに飛びかかる。
しかしサミュエルは主から逃げようともせず、左腰に右手を当てると、すれ違うようにして右腕を振り抜いた。
次の瞬間、主の下顎から上が両断された。
サミュエルの右手には風牙刀が握られていた。




