第101話 即席の拠点(10歳)
一行はサミュエルの違和感に従い行動した結果、魔物領域を見つけた。
「全員、すぐに出ろ……。決して慌てず、落ち着いて戻れ」
突然の魔物領域への侵入に緊張している兵たちは、隊長の指示に従い踵を返した。
魔物領域の外に出ると、兵たちは緊張が解けたように息を吐く。
しかしサミュエルの違和感だけは消えず、魔物領域特有の空気が薄まった程度にしか和らがず、一息つくことができない。
「まずは魔物領域の規模を確認する。二手に分かれて左右から確かめるぞ。ただし時間遅延爆発具は決して使うな」
隊長の指示通り、時間遅延爆発具は使わないことを徹底した。
爆発音で昨日のように魔物を引き寄せてしまうことを警戒した。
下手をすれば魔物領域内の魔物も外まで引き寄せてしまう可能性もある。
「サミュエルは俺のいる部隊に来い。そちらの部隊は副隊長の指示に従うように。では行くぞ」
すぐに部隊分けをし、規模の確認に入る。
サミュエルがいる部隊は魔物領域を中心に、左から円を描くように移動開始する。
道中に数匹の魔物と遭遇したが、隊長の指示通り、時間遅延爆発具は使わず静かに倒した。
部隊の人数が6人とこれまでより少ないため、サミュエルも協力し、中級魔術で援護をしつつ、風牙刀を振るうこともあった。
「あまり無理しなくていいぞ」
「いえ、僕も訓練しているのでこれくらいなら大丈夫です」
隊長が心配してくれたが、問題ないことを伝える。
しばらく進むと、右側から回り込んだ副隊長の部隊と合流することができた。
交戦があったにも関わらず、半刻もかからず合流を果たし、おおよその大きさが把握できた。
「規模は小さいな。おそらく出来て間もない魔物領域だろう」
「潰すなら今のうち……ですね」
隊長と副隊長の話を他の全員も聞いている。
「中には何の魔物がいたかわかったか?我々のほうでは確認することはできなかった」
「こちらは遠くから確認できました。ホブゴブリンとファングウルフの群れがいました」
ホブゴブリンはゴブリンの上位個体であり、すべての面でゴブリンより優れている。
ファングウルフは魔物だが、社会性が高く、他の魔物と共生関係を築くことが多い。特にゴブリン種とは猟犬のような関係になることが知られている。
「となると……魔物領域の主はそれ以上……ゴブリンリーダーあたりか?」
「できたばかりならそうかもしれませんね」
できたばかりの魔物領域の主はそこまで強力な個体ではない。だが、主以外に厄介な存在がいる場合も多い。
「そうなると他にもゴブリンライダーやゴブリンメイジがいるかもしれんな……」
ゴブリンリーダーは文字通り、ゴブリンの統率者である。特殊な技能を持った他のゴブリンを統率するため、単体での脅威ではなく、集団での脅威となる魔物である。
「消滅はそこまで難しくはないが……人手が欲しいな」
規模や個体の強さは問題ないが、敵の数が多いことが予想される。
「時間遅延爆発具があるので数はそんなに問題ないのでは?」
「倒すだけならな。だが音で周囲から集まってこられると、数でこちらが潰されかねない」
一人の兵が数の差は魔術具で埋められると発言したが、隊長はそれ以外の面で問題があると返す。
群れを作るタイプの魔物が支配する魔物領域。その中で四方八方から魔物を引き寄せてしまうのは自殺行為に等しい。
しかしその話を聞いてサミュエルが一つ思いついた。
「なら敵を敢えて引き寄せるのはどうですか?」
「いや、それが危険だという話をしているのだが……」
なにを言っているんだ、こいつは。といった表情を隊長はサミュエルに向ける。
サミュエルの言葉が足りないせいで誤解を与えてしまったようだ。
「いえ、それは魔物領域内で四方から来られると危険……という話なんですよね?なら魔物領域内の敵を領域外におびき寄せて、僕たちの有利な場所で戦うのはどうでしょうか?」
道中の傾向から、数が少ないと思われる魔物領域の南側のさらに外側。そこに戦いやすい拠点を構築し、魔物領域から敵をおびき寄せる。
爆発音を聞いてやってくるのなら、魔物領域からも出てくるのではないかとサミュエルは考えた。
「最初は手近な集団を引き寄せて時間遅延爆発具で殲滅します。その後近くの集団がくるはずなのでそれも同じように時間遅延爆発具で処理します。おそらく昨日のように逐次敵の集団がやってくるので、有利な地形で討伐できるんじゃないかなと……」
隊長は腕を組み、地形と敵の動きを頭の中で思い描く。
「悪くない手だ。だが拠点はどうやって構築する?工作兵はいないぞ」
「そこまで立派な砦や拠点を作らなくてもいいと思います。少し広めの広場と敵の侵入経路の制限。あとは爆発の破片に巻き込まれないようにする壁があれば十分だと思います」
サミュエルは背負っていた袋から一枚の紙の魔術具を取り出した。道中で死んだ魔物を埋めるために使った土の魔術具である。
「穴掘り用の魔術具。これで周辺に穴を掘ります。少なくともよじ登ってくるのが難しい程度に。そこで発生した土を使って僕が土壁……アースウォールの魔術で防壁を作ります」
アースウォールは土属性の壁を作る中級魔術である。無から作るなら魔力消費量は中級相応だが、土がすでにあるのならそれほど魔力を使わなくて済む。アースムーブで構築するより硬い防壁が作れる。
「あとは北側だけ侵入しやすくすることで敵を集め、時間遅延爆発具を効果的に当てられるようにすれば効率的ではないでしょうか。抜けてきても通路が狭ければ数人の兵士の方々で対応ができるとも思います」
「理論上はたしかに成り立っている……だが魔力は保つのか?」
「これぐらいであれば特に問題ないです。魔力量だけは自信があるので。ただ穴掘りは僕以外にやってほしいです。僕はアースムーブやアースウォールなどの土魔術で直接拠点の構築をするべきだと思うので」
「それならいい。しかしこれだけの広場は用意できるのか?」
「ある程度木を除去する必要があると思います。その方法も土魔術でなんとかできます。除去した木は逆茂木として利用しましょう」
「相手には火魔法が使える敵がいるかもしれんぞ?」
ゴブリンメイジなどがいる可能性も考えられるため、隊長は火魔法が使われることを想定していた。
「この季節なら生木なので燃えにくいと思います。それに土壁の向こう側に置けば燃やされてもこちらに影響は薄く、向こうが攻めにくくなるだけだと思います。あとは念のために用意した水でもかけて延焼しにくくすればいいと思います」
サミュエルは最悪、自分がクリエイトウォーターで消火してもいいと考えた。
「……他にサミュエルの案に反対や問題があると思う部分がある者はいるか?」
隊長が部隊員全員に話を振ったが、誰も意見を言う気配がない。
「では今日一日は拠点の構築に時間を使うぞ。攻撃は明日以降とする。では移動開始するぞ」
一行は魔物領域の北側から南側に戻り、拠点の構築を始めた。
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森の中だけあって手頃な広場というものはない。
そのため兵士2人が周辺を警戒しつつ、残る者たちで簡易拠点作りを始めることにした。
まずは木の除去方法を説明する。
「木の除去ってどうするんだ?」
「えっとですね……少し待っててください」
サミュエルは詠唱を始め、アースムーブを発動させる。
すると木の根元の土が移動を始め、木の根が剥き出しになった。
「あとは兵士の皆さんで押し倒せます。穴掘りの魔術具でも、範囲内に木があれば同じようなことができるので、周辺はお任せします。拠点内の整地と防壁の構築は僕がやります」
そのまま兵士3人ぐらいで木を押し倒し、枝を鉈で切り落としていく。
森の探索には必須道具のため、鉈はほぼ全員が携行しているため問題なく進んでいく。
しかしここで一つ問題が出た。できた丸太を北側の壁の補強に使いたかったが、運ぶための道具がないため、思った以上に重労働になりそうだった。
「5人ぐらいでなら……運べますか?」
「なに言ってるんだ?2人で十分だろ」
そう言った兵士が端を持ち、もう一人が反対側の端を持つことで軽々とはいかないまでも、特に問題なさそうに持ち上げた……。
「え……兵士の皆さんって……力凄いんですね……」
「鍛えてりゃどこの兵士でもこんなもんだろ。魔術が使える兵士が非力なだけだ。騎士様なんてもっと凄いぞ。たぶんこれくらいの重さなら一人で持ち上げるぞ」
この世界の人々の9割ほどが魔術が使えず、前世の人間と身体能力はほとんど変わらない。
だが、目の前の兵士が話したように、鍛えていると、前世の人間ではありえない力を発揮するようになる。
サミュエルにはなぜそうなるのか理解はできていない。
だが魔力そのものが存在する世界なのだ。前世の常識だけで測ろうとしても仕方がないと考え、今は深く考えるのをやめた。
その後、順調に整地と構築が進んでいく。
簡易的な拠点とはいえ、人数と規模から本来数日はかかりそうなものだが、魔術と鍛えた兵士のおかげもあり、1日で作業が完了した。
「魔物領域が近いため不安だが……ここで一夜を明かし、明日攻撃を仕掛けるぞ」
隊長は魔術使いの二人に必要なものを用意してもらうよう伝える。
「近くに水場がない。大変だと思うが造水器とクリエイトウォーターで多めに水を作ってくれ。それとサミュエルが持ってきてくれた新しい魔術具の使用も頼む」
竈生成、虫除けは問題ない。だが警報具は問題があった。
「あの……、警報具はどうしましょうか?これ結構な音が出るので鳴ると魔物領域から魔物を引き寄せちゃったりしませんか?」
「……音は鳴らさず光らせるだけはできないか?」
音は鳴らさず、光るだけの魔術具……。音の術式の一部を削り、ただの魔力の経路にしてしまえばできるかもしれない。
「……できる……かもしれません。ただ専用の道具がないので、失敗したらこの魔術具が使い物にならなくなります」
「君がそれでいいのなら、やってくれないか。どのみち音が鳴る状態では使用できない」
「わかりました。やってみます」
伐採した枝の切れ端を、さらに削り、風魔術を使って、扱いやすい形に整えていく。
専用道具ではなく、自分で工夫して作った道具で魔術具の術式に触れるのは、弟子入り前に毎日のようにやっていた。
それが懐かしく思い、ふと笑みが溢れた。
術式は非常に繊細だ。少し削りすぎるだけで魔術具としての機能そのものが失われてしまう。
削る際に力加減を間違えて紙を破けば修復は利かない。
慎重に削り、時間はかかったが、光るだけの警報具が完成した。
「できました。設置してきますね」
「すまないな。しかし頼んだこととはいえ、珍しいものを見せてもらった」
現場で魔術具を作り変える。
たとえ削るのみとはいえ、初めて見る光景に隊長は驚きを隠せなかった。
拠点内で野営の準備を終え、見張りが魔物領域を見つめる中、一行は身を休めることにした。




