11回裏 前だけを見据え
楓山珠音はサンオーシャンズで迎えた6年目のシーズン終了後、成績不振を理由に戦力外通告を受ける。
最後まで一選手として配慮した球団に恩義を感じつつ、自身の実力と野球への思いを鑑みた珠音は、メジャーリーグ挑戦を掲げることとなった。
11回裏 前だけを見据え
球団事務所に呼び出され、一軍監督が同席のもと球団社長から直接伝えられた言葉に対し、珠音は一呼吸入れてから返答した。
「ありがとうございました。そして、ありがとうございます」
通知内容は極めて端的だった。
「翌シーズン、楓山選手とは支配下選手契約を結びません。また、育成選手契約への移行も行いません」
話には聞いていたが、戦力外通告とはこうもあっけないものなのかと、冷静に考えられるだけの余裕は持ち合わせていた。
リリーフとして始まったプロ野球のキャリアに陰りが見え、起死回生の一手としてチャレンジした先発転向を試みた結果、前シーズンは一定の成果を残すことができた。
さらなる進化を目指した今シーズンだったが、先発のマウンドに立てば3試合連続で5回どころか4回もたずにKOされ、調整としてマウンドに上がったファームリーグでの登板内容も芳しくなく、コマ不足で一軍昇格した際には先発・中継ぎ登板の双方で結果を残すことができず、それは翌年以降の改善が見込まれないほど。
翌年以降も敗戦処理等を主戦場とする「パンダ」として選手契約する手段も、球団経営の観点で言えばあっただろう。
むしろ、あくまでも「一選手」として最後まで扱ってくれたことに、珠音は感謝を伝えるべきとすら感じており、自然と「ありがとうございます」が口からためらいなく出すことができた。
「非常な通知をした直後で何だが、来年以降はどのように考えている?球団としては短期間ながら君が球界に残した功績を十分に考慮し、然るべきポストを用意する準備がある。もちろん、現役続行の意志があればできる限りの支援はしよう」
球団社長の申し出に、珠音は思わず天を仰ぐ。
思い返せば、高校野球の公式戦出場を目指したその時から、真に野球のことだけを考え続けた日々だった(学業においては可もなく不可もなく、といったところ)。
戦力外通告を受けた選手のコメントで「野球以外を知らないだけに、思い切って新しいことに挑戦したい」や「それ以外のことができるのか不安」などのコメントを見聞きするが、いざ自分の番ともなれば存外、同じような感情を抱くものなのかと感じた。
「――野球は続けたいですね」
ひねり出した言葉に監督は満足げに、球団社長はやや残念そうに頷く。
「でも、同時に国内は厳しいだろうなぁ……」
天を仰いでいた頭は、いつしか応接室の床と机を行き来していた。
自身の実力は今や、一軍のみならずファームリーグでも通用するか怪しいレベルである。
案外と契約オファーは舞い込むかもしれないが、それは「戦力」としての期待値よりも「パンダ」としての側面が大きいだろう。
そうなると、そのように扱うことを避けるなど選手として最後まで尊重し続けてくれたサンオーシャンズに申し訳がない。
では、今までの自分はどうだったのか、自問自答する。
自画自賛かもしれないが、常に困難な道を選び続け、厳しい壁を乗り越えて前進した成果が、プロ野球選手としての”楓山珠音”だった。
自分を応援してくれる人たちや、サンオーシャンズ首脳陣への感謝をこれからの行動で示すならば、より高みを目指すために”前進する姿”を見せるのが一番だろう。
それならば、考え付く選択肢は一つだ。
「――メジャーリーグに挑戦します」
翌日、珠音の去就がスポーツ紙の一面を久しぶりに賑やかせた。
『楓山珠音、メジャーリーグ挑戦へ!!』
戦力外通告を受けて自由契約となった事実もしっかり記載されているが、人々はそれ以上に大見出しへ食いついた。
もちろん、否定的なコメントもネットニュース上では多く投稿されていたが、それ遥かに上回る激励が珠音に寄せられる。
サンオーシャンズもかつて黄金期を支えてメジャーリーグへ移籍した卜部、部坂という選手のパイプを生かし、マイナー契約にはなるだろうが移籍実現に向け最大限の支援をしてくれている。
「ほんと、たくさんの人に助けられているな」
球団施設を借りてトレーニングに励む日々。
珠音は支えてくれる人々への感謝を胸に秘め、吉報を待った。
緊張する方ではない自負があったが、珠音も流石にこの日ばかりは気分の高揚と心拍数の上昇を抑えられないでいた。
異なる環境で、同じはずなのに異なるスポーツと思えるくらいには差を感じる日々だったが、縁やチーム編成都合も重なり、今日という日を迎えた。
「Pitcher, Tamane Kaedeyama!!」
場内アナウンスで名前を呼ばれた途端、地元ファンからスタンディングオベーションで熱烈な声援を受ける。
戦力外通告を受けて1年と経たないうちに、珠音はメジャーリーグのマウンドに立つことができた。
フォーシームの球速150km台後半が主流の世界で、低身長で筋力に乏しい女性投手が投じる完璧にコントロールされた最速110km台の投球にタイミングを合わせることができず、熟練の投球術でマイナーリーグに凡打の山を築いた実力にメジャーリーグ首脳陣が目をつけ、メジャー契約を勝ち取るに至った。
グラウンド上の一番高い場所に筋骨隆々な選手たちが集まり、ひときわ華奢で小柄な体躯の選手を迎える。
長いメジャーリーグの歴史を見ても、史上初となる女性選手の登板を称える意味合いも込められているのだろう。
「たくさんの応援と期待に応えたい。でも、空回りしないように」
マウンドの輪がほどけると、珠音は自分にしか聞こえないくらいの声量で自分に言い聞かせ、キャッチャーミットにのみ集中する。
場所が変わっても、投手としての楓山珠音がマウンドに立つうえで果たすべき仕事は変わらない。
ピッチクロックなど気にならない程の小気味良いテンポで投球し、危なげなく打者を打ち取っていく。
ストライクを取るたび、アウトを取るたび、球場は大声援に包まれる。
「(流石に手強いな)」
3人目の打者は2番に座るメジャーリーグ屈指のスラッガー。
ほとんど経験のない遅い投球にもよくタイミングを合わせ、強烈な打球をファールゾーンに放つ。
一進一退の攻防でカウントはスリーボールツーストライク。
いくら慣れない球速とはいえ、世界のトッププレイヤーたちを相手に今日これ以上の投球は難しいだろう。
思い切って投じたのは、ブレーキのよく効いた、右打者の外角に逃げるよう落ちていくチェンジアップ。
見逃せばボールとなるコースではあったが、打ち気に逸る雰囲気を感じ取った珠音の術中にはまり、メジャーリーグでの初奪三振を屈指の強打者から勝ち取り、イニングを完了させた。
好投を称え、再度スタンディングオベーションで登板時以上の大声援がベンチに戻ろうとする珠音に向けられ、緊張も相まり疲労困憊の珠音も帽子をとり球場の四方に頭を下げて応える。
メジャーリーガー楓山珠音の第一歩はこうして刻まれ、シーズン通して22試合の登板機会を得たどころか、2勝3ホールドとチームの勝利に貢献し、翌シーズンの契約も勝ち取った。
『ただ前を見据え挑戦し続け、自身の背中を押す期待に見事応えることで、新たな声援を勝ち取る。言葉で表現することは簡単だが、実行することは容易ではない。それができるからこそ、楓山珠音が”楓山珠音”である所以なのだろう』
旧知の記者である立花真香は珠音のメジャーリーグ1年目の記事をこの一文でまとめ、改めて彼女の偉業を称賛した。
Pixiv様にも投稿させていただいております。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28638430




