12回表 珠音いろの指揮者
長く険しいペナントレースを戦い抜き、優れた成績を残した選手が表彰される日、土浦浩平は最も優れた選手として1年の戦績を称えられた。
キャリアハイを記録したシーズンを振り返りつつ、浩平は自身の野球人生で原動力の一つと言っても過言ではない存在のことを思い浮かべた。
12回表 珠音いろの指揮者
無数に瞬くフラッシュを一身に受け、土浦浩平は自分の思う限り最大限に明るい笑顔を作り上げる。
レギュラーシーズンが終了してしばらく経過し、ストーブリーグが徐々に盛り上がりを見せ始めていたこの日、浩平はリーグで最も優れた選手“Most Valuable Player”として表彰された。
高校卒業してすぐ飛び込んだプロ野球の世界に在籍して気付けば14年。
バッテリーを組む”相方”が話題性に富む一方で”隠し玉”とされた指名から始まったプロ野球人生は、たゆまぬ努力の賜物で着実にスキルアップし、レギュラー捕手として一時代を築くに至っている。
「土浦選手、MVP獲得おめでとうございます」
「――ありがとうございます」
フラッシュがひと段落したタイミングで、表彰式のMCから”始まりの合図”とでも言わんばかりのアナウンスが発せられ、浩平はワンテンポ遅れて返答する。
「土浦選手は打率.334、打点104で打率と打点の二冠に加え、守備でもゴールデングラブ賞と最優秀バッテリー賞を受賞、さらにサンオーシャンズのチーム防御率と失点数をリーグ最少に抑えるなど、好守において際立った活躍をなされ、記者投票でも二位を引き離しての得票を集められました」
ただひたすらに褒め称えられると、流石に恥ずかしい感情が沸き上がる。
かといって表情を崩すわけにもいかないので、浩平は必死に平静を装った。
「土浦選手、今のお気持ちを率直にいただけますでしょうか」
事前の打ち合わせでも、このタイミングでコメントを求められることは分かっていた。
流石に「手放しに褒められてこそばゆいです」とは言えないので、あらかじめ考えていた答えをなるだけセリフらしくならないようにして答える。
「まずは1年間活躍できる身体に育ててくれた親への感謝、そして打席に入った時もキャッチャーボックスにいる時も常に応援してくださるファンの皆様への感謝、それに尽きますね」
準備した通りに話せただろうか。
いつもと違う場所で、かつ着飾っていることもあり、グラウンドに立つよりも緊張しているようだ。
「ご自身の1年間のシーズンを振り返って、どのように評価されますか?」
「そうですね…」
少し考えるふりをして、浩平は今度こそ率直な気持ちを述べる。
「個人の成績は後で話しますが、やはりシーズンでチームを優勝に導けなかったことが悔しくて仕方がありません」
サンオーシャンズは浩平の活躍もありながら、打線がやや湿りがちで攻撃力が不足し、このシーズンは守り勝つ野球が主体となっていた。
長らくチームの主軸を共に務める嵐山との2枚看板はライバルチームの投手陣からは脅威とされたが、優勝チームは攻守ともにバランスに優れてかつ質も高く、つけ入るスキがまるでない印象だった。
「次のシーズンに”あれ、別人?”と悪い意味で思われないようにオフシーズンを過ごし、今年のいい所はそのまま残してより良い成績を残せるよう、頑張りたいと思います」
浮かれたことを決して語らず、チームリーダーとして優勝を果たせなかった悔しさを前面に押し出したこともあってか、MCはやや面喰ってしまった様子だった。
「主将として強い責任感を感じるコメントをいただきました。それでは、一個人としての成績については、どのように振り返りますか?」
「そうですね…」
自ら”後で話す”と言ってしまった手前、多少なりとリップサービスは必要だろうかと、考えられるくらいには緊張もほぐれてきた。
「まずは”打てる捕手”と評価いただきながら、ここ3年間は自分でもなかなか納得いかない打撃成績しか残せませんでした。特に前年は自分の中でも特に納得のいかないシーズンだったので、今年に挽回できてよかったです」
サンオーシャンズの前回優勝年よりレギュラーに定着して以降、浩平は攻守にわたって安定して高水準の成績を残していいた。
しかし、前年は打率もレギュラーに定着して規定打席に到達した年では最低を記録するなど、30歳をすぎたタイミングだったことも合わさって”限界説”が囁かれたほどだった。
「それに、高校の同窓生で元チームメイト、ポートスターズの大庭選手が去年凄かったですからね。やっぱり気合入りますよ。今年もっと頑張ってくれれば、もっといい成績が残せたかもしれませんね」
浩平の歯に衣着せぬ発言に、会場が笑いに包まれる。
大庭洋輔はポートスターズ移籍3年目にしてキャリアハイを記録したことも相まり、浩平がこのシーズンにかける思いはひとしおだった。
残念ながら今シーズンの洋輔は前年と比べると”精彩を欠いた”と言えるだろうが、実際にはいぶし銀の活躍を見せてチームの勝利に幾度も貢献している。
「あと――」
浩平は一人の顔を思い浮かべると、意図せず嘆息する。
「まぁ、とにかく凄い選手を近くで見続けましたからね」
浩平の言葉に、会場に集まった誰しもが一人の姿を思い浮かべる。
「彼女のこれまでの努力はほぼ全て見ていますし、今も嫌でも目にも耳にも情報が入ってきますから、腐ることも負けるわけにもいきません」
MCは場を盛り上げるチャンスと目を輝かせ、浩平の発言に追従してくる。
「やはり、”女房役”として今でも気になりますか?」
「そうですね、あれほど手のかかる存在はいませんでしたから、コントロールするのも一苦労でした」
自らを”女房”と表現されたことも踏まえた返答に、浩平は我ながら上手い返答ではなかったかと自己採点する。
「まぁ……」
率直な気持ちを、と促されていたので、最後に一言くらいは用意した言葉ではなく、本音を言ってもいいだろう。
「すぐ近くで彼女の活躍を見られない寂しさは正直、ありますね。彼女をリードする時は考えることも多いですし、キャッチャーとして育ててくれたのも彼女ですし、楽しみを教えてくれたのも彼女です。彼女が前に進む限り、私も負けてられませんね」
グラウンド上のチームメイトを指揮する立場として、浩平は楓山珠音が奏でる行進曲を最も長く、間近でコントロールし続けた。
マウンドに立つ彼女に合わせてチームメイトが合奏し、聴衆が感動する曲として成立するように浩平が扇の要として指揮棒を振る。
彼女はチームを去ることとなったが、その軌跡はチームに色濃く残り続け、厳しいプロ野球の世界で長いシーズンを戦う原動力になっていると言っても過言ではなく、彼自身が最も影響を受けた存在だろう。
浩平はかつての相棒に改めて感謝するとともに、翌シーズンのチームと自身の活躍を誓った。
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