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珠音いろ  作者: 今安ロキ
後日談 ―いろあせず―
78/79

10回裏 歩み続ける力

これまで共に駆け抜けてきた親友の現役引退。

そして、自身も納得のいく成績を残したとは言えない現況。


珠音は"プロ"としての選手寿命を延ばすべく、投手として新たな一歩を踏み出した。

10回裏 歩み続ける力


 鍛冶屋茉穂が引退する。

 彼女の引退会見を会場の端から見るまでいまいち湧かなかった実感も、サプライズで登場、花束を渡したころには感情を溢れ出さないよう食い止めることがやっとの状態になっていた。

 高校時代、公式戦への出場を目指していた頃に出会い、以降は投手と野手の差はあれど近しい悩みを共有し、同時に切磋琢磨し続けた、自分の分身とも言えるほどの存在だ。

 彼女の存在がなければ、トップリーグ初の女性選手“楓山珠音”は誕生しなかったかもしれない。

 そんな茉穂が、出場機会の減少と体力の限界を理由に、トップリーグ選手としてはわずか3年間の現役生活に別れを決めた。

 そして、彼女が挙げた現役引退の理由は、珠音の脳裏にも時折チラつく感情だった。

 サンオーシャンズが沖縄へ移転して2年。

 静岡サンオーシャンズとしての最後のシーズンにリリーフエースとして君臨した珠音だったが、移転以降は決して満足と言える成績を残せていない。

 防御率1点台で駆け抜けた前年とまではいかなくとも、同等の活躍を期待された移転初年度。

 身体の状態にそれほどの変化は感じられなかったが、前年の完成形が通用しないことも多く、歯車が最後まで嚙み合わないままシーズン終了。

 登板数こそ55試合を数え、通年でブルペンを支えたことは立派だが、痛打されることやランナーを残した状態での降板も多く、前年は10個積み上げたられた貯金もこのシーズンは借金5。

 更に研究と対策が進んだ今シーズンに至っては登板すれば打たれる惨状となり、シーズン中盤にはファームリーグへ降格。

 シーズン最終盤の順位確定後に顔見世興行とばかりに茉穂とともに昇格するまで、まるで戦力と言える状態ではなかった。

 2年間で128試合登板に対し、今シーズンの登板数は24。

「同じことをしていては、この世界では生き残れない。改めて強く感じた1年でした」

 登板数の減少率ほど大幅な減俸ではなかったが、提示額は妥当との判断から一発サインした後、記者会見にはシーズン中の苦闘を物語るよう、険しい表情で臨んだ。

「来シーズンに新たに取り組みたいこと、チーム首脳陣と議論されていることの中で、お話いただけることがあれば、お願いいたします」

 シーズン統括に関するやり取りを交わしたあと、記者から興味本位とも捉えられる質問が飛ぶ。

 珠音は球団広報へちらりと視線を移し、両腕で作られた大きな丸を確認すると、来るシーズンに向けた決意を述べる。

「先発に転向します」

 珠音の口から飛び出したこれまで不出の情報に、記者会見場のスポーツライターたちは色めき立つ。

「今よりも更に難しい挑戦になるだろうことは、この会場の雰囲気からもお分かりの通りかと思います。今シーズンのように1イニングも全うできないのに、と」

 珠音は自虐を交え、自身の現状認識を赤裸々に告白する。

 リリーフ投手としてほぼ毎試合にブルペンでスタンバイするには、プロ野球選手として活躍するだけの体力が勤続疲労も相まって不足がちな自覚があった。

 珠音が確立した投球術は完成形といって間違いなかった。

 それだけに、研究され尽くせば球威のなさを始めとする引き出しの乏しさや、そもそも体力不足も相まり、投球の質が低下した際に痛打される欠点がこの2シーズンで特に浮き彫りとなった。

 既にリリーフ投手としての機能を安定して発揮できなくなりつつある今、選手寿命を延ばすためにも、新たな挑戦は必須である。

「逆境を原動力にして、新たなステージに立ちたいと考え、監督や投手コーチと相談した結果の先発転向です」

 理路整然と自己分析の結果を述べたあと、珠音は改めて強い意志の込められた言葉をライターたちへ言い放つ。

『(来シーズン、面白いことになるかもしれない)』

 不思議と生じた共通認識の結果か、報道各社はこぞって「楓山珠音、先発転向の意向を示す!」と題した速報を発し、SNSのタイムライン上でも話題のキーワードとしてしばらく表示されたほどだった。



 明くる年、球春到来。

 キャンプ、オープン戦と話題をかっさらった珠音の投球成績は、可もなく不可もなくといったところだった。

 そもそも調整の意図が強く、先発調整中の投手も長くて3イニング、シーズン開幕が迫ったタイミングでようやく5イニングを投球するか程度。

 その環境下の珠音は圧巻の投球を見せることはなかったが、決して潤沢とは言えない投手陣と彼女自身の話題性も相まり、開幕ローテーションの座を射止めていた。

 沖縄サンオーシャンズは3シーズン前に優勝、移転1年目はAクラス(3位)、2年目はBクラス(6位)でシーズンを終えている。

 今シーズンは2年前のチーム成績が反映されるため、サンオーシャンズの開幕カードはホームゲーム。

 流石に開幕投手とはいかなかったが、珠音は開幕2戦目のマウンドを託された。

「楽しんで行こう」

「おっけー」

 試合開始直前、ブルペンで女房役の浩平とゲームプランの最終調整を行う。

 思えば、高校時代まではいつもの光景だったが、互いに”プロ”となってからはこのシーズンが初めて。

 かつての日常にすら感慨を覚えられる程、気持ち新たな開幕となっていた。

「先発ピッチャー、楓山珠音!」

 球場DJの軽妙なスターティングラインナップの紹介の最後。

 予告先発で登板が知られているとはいえ、珠音の名前がコールされると球場は大いに盛り上がりを見せる。

「(なんだか、ワクワクするな)」

 綺麗に整備された真っ新なマウンドに、自分の足跡だけが残される。

 真っ白なキャンバスに筆を入れる如き快感は、ホームゲームの先発投手にのみ与えられた特権だ。

「プレイボール!」

 投球練習後、球審から告げられた試合開始の合図。

 新生楓山珠音のシーズン開幕は、118km/hながら外角低めのストライクゾーンギリギリを攻めた切れのの良いストレート。

「ストライク!」

 ジェスチャーとともに発せられた球審の判定コールが、生まれ変わった珠音の背中を押したのだろうか。

 それとも、体力不足とサンオーシャンズに入団してからの勤続疲労を考慮し、所謂”投げ抹消”とホームゲーム優先での先発起用となったが、それが功を奏したか。

 湿りがちだった打線も珠音の登板機会には”勝ち運”に乗じ、のらりくらりとかわす投球の珠音には勝ち星が転がり込む。

 シーズン最終盤はこれまでの経験を活かして先発に中継ぎにとフル回転し、最終成績は終盤の疲労蓄積が祟って防御率3.42ながら7勝1敗。

 個人成績では3シーズン前に10積み上げ、ここ2年の不調で7つ減らしてしまっていた貯金を6つ取り返すことに成功し、チームも4位とギリギリではあったがAクラスに滑り込むことができた。

 先発投手としては規定投球回には大きく届かない79イニングのみ、おおよそ5イニングから6イニングで降板するなど、課題が無かった訳ではない。

 それでも、珠音が投手として新たな足跡を残したことは間違いなく、このシーズンが彼女のプロ人生におけるハイライトの1つと言えた。

Pixiv様にも投稿させていただいております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27900914

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