16:一週間がかりの長期依頼「港の納涼夏祭り・設営と警護」 【前編】:一ヶ月越しの祭り準備と、職人街での汗
16:一週間がかりの長期依頼「港の納涼夏祭り・設営と警護」
【前編】:一ヶ月越しの祭り準備と、職人街での汗
【AM 08:30 | 港町ポルトー・冒険者ギルド「潮風の錨亭」】
八月上旬の朝。港町ポルトーの街並みは、朝の八時を過ぎたばかりだというのに、早くも真夏のギラギラとした太陽の光に包まれていた。青く澄み渡る大空には白い道雲が大きく広がり、港からは潮の香りを乗せた風が吹き抜けていく。
ひよりは作業着の袖を肩までまくり上げ、首に巻いた手ぬぐいで額の汗を拭いながら、ギルド「潮風の錨亭」の重い木製扉を押し開けた。
「ふぁぁ〜〜あ……! 今日も朝からぶち暑いねぇ。太陽が容赦なく照りつけとるわ」
ひよりが呉弁でつぶやくと、腰の『おみくじ箱』がカコンと涼しげな音を立てて身を乗り出した。
『ひより様! 本日の気象データ、気温三十二度。されど本日授かる依頼は、慌てず焦らず、街の人々と歩みを共にする至福の長期仕事にございますぞ!』
「ほうなんよね。今日からの依頼は、いつものモンスター退治じゃなくて、じっくり一週間かけてやるお仕事じゃけぇね」
ひよりが受領書を手にして向かったのは、ギルドの特設掲示板前だ。そこには、羊皮紙いっぱいに豪快な墨文字でこう書かれた特別な依頼書が掲げられていた。
『ポルトー年間最大行事:第45回 納涼港祭り 1週間長期設営・街頭警護・環境整備一式』
ポルトーの夏を締めくくる最大のイベント「納涼港祭り」。街中の港沿いに何百もの赤い提灯を掲げ、巨大な木製のやぐらを組み上げ、全土から集まる露店や屋台の設営を行うという、街全体を挙げた一大事業だ。
ひよりたちが受領書をギルドマスターへ提出していると、背後から賑やかな足音が響いてきた。
「ひよりお姉ちゃ〜〜ん! おはようやきーッ!」
元気いっぱいの叫び声と共に飛び込んできたのは、亜人少女のミミだった。ミミは大きな猫耳をピンと立て、尾を機嫌よくフリフリと揺らしている。その手には、自ら進んで準備した小さな木製ハンマーと手ぬぐいが握られていた。
「ミミちゃん! おはよう! 今日から一週間、お祭りのお手伝いじゃね!」
「うん! あたい、今日から始まるお祭りの設営、ぶち楽しみにしとったがやき! 職人のおっちゃんたちと一緒に、ポルトーで一番でっかい提灯櫓を建てるがやきーっ!」
ミミが意気揚々と拳を突き上げると、その少し後ろから、車椅子を静かに押しながら歩いてくる人影があった。車椅子の上にちょこんと座っているのは、ミミの5歳の妹、ナナだ。
「……ひよりお姉ちゃん……ミミおねえちゃん……おはようやき……」
ナナは、ひよりから貰った「手編みの毛糸の小さなリボン」を髪に結び、車椅子の手すりを小さな手でギュッと握りしめて、可愛らしくペコリと頭を下げた。東の国から戻ってきて数週間、ポルトーの医療ギルドでの継続的な治療と、ひよりや付喪神たちの温かなケアのおかげで、ナナの肌には少しずつ健康的な血色が戻りつつあった。
「ナナちゃん、おはよう! 朝の体調は大丈夫かいね?」
ひよりが優しくかがみ込んで尋ねると、ナナは小さく頷き、車椅子の横に下げられた大きな「竹製のうちわ」を誇らしげに見せてくれた。
「うん……お薬飲んだから……元気やき。ナナもね……今日はお手伝いするやき。暑い中お仕事するおっちゃんたちに……あおぎあおぎ……してあげるやき……!」
「まぁぁ! ナナちゃん、うちわ仰ぎのお手伝いかいね!? ぶち偉いねぇ、みんな大喜びするわぁ!」
ひよりが呉弁で目尻を下げて頭をなでなですると、ナナは嬉しそうに小さな猫耳をピクピクと揺らしたのだった。
【AM 10:00 | 職人街と港沿いの設営現場・汗と槌音】
「そーれ! 引けぇぇい! 角材をあげるぞい!」
「オイッショ! オイッショ!」
ポルトーの港沿い「潮風通り」には、朝早くから大工や石工、提灯職人たちの威勢のいい掛け声と、カンカンッという金槌の音が心地よく響き渡っていた。
通り沿いには、数百メートルにわたって太い竹竿と木組みの枠が設置され、そこに真っ赤な「港祭り」の文字が踊る提灯が次々と運び込まれている。
「おう! ひよりちゃんにミミちゃん! 待っとっただばい!」
汗だくになって巨大な丸太を抱えていたのは、先日の防波堤建設でも一緒だった石工頭のダン吉(津軽弁)と、大工頭の源造(博多弁)だった。二人ともハッピ姿で腕まくりをし、日焼けした顔をほころばせて駆け寄ってきた。
「ダン吉さん、源造さん! 今日から一週間、よろしくお願いします!」
ひよりとミミが元気に挨拶すると、源造は太い手でミミの頭をガシガシとなでまわした。
「ガハハ! 頼りにしとるぞい! 今年は港の先端に、高さ十メートルの特大やぐらを組むとよ! 提灯の紐縛りやら、資材の運搬やら、手伝ってもらう仕事は山ほどあるけんね!」
「任せるやき! あたい、力仕事なら負けんがやき!」 ミミが大きな猫耳をピクピクさせて気合を入れる。
すると、ダン吉が車椅子のナナの元へドカドカと歩み寄ってきた。威圧感のある強面のダン吉だが、ナナの前では目元をデレデレに緩め、膝をついて目線を低くした。
「おお……ナナちゃん! 体調は大丈夫だばか? 無理しちゃいかんだばいぞ?」
「ダン吉のおっちゃん……おはようやき。ナナね……これでお手伝いするやき……」
ナナが小さな手で「パタ……パタ……」と竹製のうちわを煽り、ダン吉の顔に優しい風を送った。
ダン吉の目が一瞬で細まり、涙ぐみそうな表情を浮かべた。
「ぐはぁっ……! 奇跡のような優しい風だばい……! 一年の疲れが一気に吹き飛んだだばい……! ナナちゃん、ありがとうだばい! おっちゃん、命がけで最高のやきぐらを建てるだばいぞーっ!」
「ガハハハ! ダン吉の奴、デレデレたい!」 源造が大爆笑し、現場の職人たちからも温かな笑い声が弾けた。
「よーし! ほいじゃあ、うちたちも作業開始じゃ!」
ひよりの呉弁の合図とともに、八百万の付喪神たちもリュックから飛び出し、一斉に実体化した。
【PM 01:00 | 付喪神たちの真価と、職人街のスローライフ】
正午を過ぎ、太陽が真上からジリジリと港を照らす中、設営作業は最高潮を迎えていた。 しかし、急ぎの討伐依頼とは違い、誰も焦る者はいない。疲れたら港の木陰で冷たい湧き水を飲み、世間話を交わしながら、一歩ずつ丁寧にお祭りの形を作り上げていくスローライフな時間が流れていた。
その中で、ひよりの付喪神たちが遺憾なくその力を発揮していた。
「チョキチョキ! 糸吉の『高耐久結び糸』発射チョキ!」
裁縫用糸切りバサミの糸吉が空を軽やかに舞い、高い竹竿に吊るされる何百もの提灯の紐を、強風でも絶対にほどけない特製の結び目で次々と手際よく固定していく。
「お、おい! このハサミちゃん、結ぶ速さが職人三人分だばい! しかも結び目が芸術的に綺麗だばい!」 提灯職人のおっちゃんたちが目を丸くして歓声を上げる。
「目盛り計測、完了。西側第三提灯柱、傾き〇・五度。竹千代の補正指示に従い、固定縄を四センチ引き締めるべし」
三十センチの目盛りを光らせた竹定規の竹千代が、やぐらの骨組みの上に立ってミリ単位の垂直度を正確にチェックし、大工たちに指示を出していく。
「竹千代殿の指示に狂いはなか! やぐらが城のように頑丈に噛み合っていくばい!」 大工頭の源造が感無量の声を上げた。
さらに、猛暑の中での熱中症を防ぐため、三つ仕切りバケツの洗三が大活躍していた。
「みんな〜! 冷たい打ち水、撒くよ〜!」
洗三が港の冷たい湧き水を汲み上げ、バケツから「バシャァァァン!」と通り全体へ豪快に打ち水を撒いていく。路面から立ち上る熱気が一気に抑えられ、涼やかな打ち水の風が通りを駆け抜けた。
「ふぁぁ〜〜……洗三のおかげで、ぶち涼しくなったわぁ!」 ひよりが呉弁で汗を拭いながら微笑む。
日陰の休憩スペースでは、車椅子のナナの周りに、作業を終えた職人たちが代わる代わる集まってきていた。
「ナナちゃん、冷たいポルトーミカン食べるかだばい? おっちゃんが剥いてやっただばいぞ」 「ナナちゃん、これ職人街で買ってきた可愛い木彫りの小鳥のオモチャたい! あげるけんね!」
「……ダン吉のおっちゃん……源造のおっちゃん……ありがとやき……」
ナナが木彫りの小鳥を小さな手で愛おしそうに撫で、ミカンをモグモグと美味しそうに食べる姿を、職人たちがまるで自分の本当の孫や娘を見るような温かな目で見守っている。
東の国からポルトーへやってきて、まだ治療を続けている小さなナナ。 街の人々は、誰もがナナの存在を知り、彼女が少しずつ元気になっていくことを心から応援していたのだ。祭りを作る作業そのものが、ナナとミミ、そしてひよりたちを家族として温かく包み込む時間となっていた。
【PM 04:30 | 初日の作業完了と、夕暮れの潮風通り】
夕方になり、西の海へ太陽が傾き始めると、港全体が美しい橙色と紫色のグラデーションに染まっていった。
初日の作業目標だった「通り沿いの提灯吊り」と「メインやぐらの骨組み組み上げ」が、誰一人怪我することなく、完璧な手際で完了した。
ズラリと立ち並んだ竹竿には、数百の真っ赤な提灯が整然と吊るされ、潮風を受けて「ゆら……ゆら……」と優しく揺れている。
「ふぅ……! 今日の作業はここまでだばい! ひよりちゃん、ミミちゃん、付喪神のみんな、本当にお疲れ様だばい!」
石工頭のダン吉が汗を拭いながら、充実感に満ちた笑顔で声をかけた。
「ダン吉さん、源造さん、お疲れ様でした! 提灯が並ぶと、一気にお祭りっぽくなったねぇ!」
ひよりが呉弁で嬉しそうに通りを見渡すと、ミミも大きな猫耳をフリフリと揺らして胸を張った。
「あたい、明日はやぐらの板張りを手伝うがやき! もっともっと頑張るがやき!」
「ミミおねえちゃん……かっこよかったやき……」 ナナが車椅子の上からパチパチと小さな手を叩くと、ミミは「えへへ、ナナのためにあたい、もっと強くてカッコいい冒険者になるやきね!」と鼻を高くした。
その時、神刀の紅緒が静かに進み出で、朱色の袴を揺らしながら夕陽に輝く提灯並木を見つめた。
「ひより様……街の方々が心をひとつにして、お祭りの準備を進めるこの空気……とても神聖で、温かな気に満ちておりますね。道具として、この素晴らしい営みを護れること、誇りに思います」
「うん……! 紅緒、ほんまにそうじゃね」
ひよりは、膝の上でポカポカと優しい熱を放つ『ぬくもり』を抱きしめ、夕陽に染まるポルトーの港を見つめた。
あせらず、無理をせず、街の人々や仲間たちと汗を流しながら過ごす、最高に贅沢でゆったりとした夏の時間。 明日からの設営と警護も、きっと素晴らしい笑顔に満ちたものになる——そう確信しながら、ひよりたちは温かな夕暮れの街へと歩み出していくのだった。




