15:真夏のスイカ割り大会と、ベテラン冒険者の「秘密のビーチ」 【前編】:猛暑の休日と、コバルト入江への出発
15:真夏のスイカ割り大会と、ベテラン冒険者の「秘密のビーチ」
【前編】:猛暑の休日と、コバルト入江への出発
【AM 09:00 | 港町ポルトー・宿屋「海猫亭」前】
八月上旬の太陽は、朝の九時という段階で容赦なく照りつけ、ポートーの石畳をフライパンのように熱していた。港から吹き込む風すらも生ぬるく、潮の香りと共に重たい熱気を運んでくる。
「ひぃぃ〜〜……あつぅ……! なんなん今日の暑さは……! 呉の真夏もたいがいじゃったけど、ポルトーもぶち照りつけるじゃん……」
ひよりは作業着の袖を肩までまくり上げ、首に巻いた手ぬぐいで額の汗を拭いながら、呉弁で大きく溜め息をついた。腰の『おみくじ箱』も、心なしか暑さで「カチ……カチ……」と弱々しい音を立てている。
『ひより様、本日の外気温はすでに三十四度を突破。極めて危険な猛暑日にございます』 竹定規の付喪神・竹千代が、シャキーンと目盛りを光らせて正確な音声を響かせた。
「こんな日は日陰でじっとしとるのが一番じゃねぇ……」
ひよりが宿屋の軒下に退避しようとしたその時、ガタゴトと重い車輪の音と共に、聞き覚えのある豪快な大声が響き渡った。
「お〜い! ひよりちゃん! 部屋で干からびておらんかだばい!?」
「ひよりちゃん、暑気払いに行くぞい! 家の中に籠っとったら、かえって病気になるばい!」
現れたのは、ギルドのベテラン冒険者コンビ——津軽弁の魔法使いガルバと、九州弁の巨漢斧使いレンだった。二人は普段の重厚な鎧を脱ぎ捨て、涼しげな麻のシャツと半ズボンという、すっかり「休日の街着」姿である。さらにガルバの背中には、巨大な木製のリアカーが引かれていた。
「ガルバさんに、レンさん!? なんねその大きな大八車は……?」
「ガハハ! 今日はあまりの猛暑でギルドの依頼も全面休業だばい!」 ガルバが日焼けした顔をほころばせて胸を叩く。
「だからな、俺たちのとっておきの『秘密の場所』へ案内してやろうと思ってな! 街の奴らは誰も知らん、ポルトーの東の崖の裏にある『コバルト入江』だばい! 水が氷みたいに冷たくて、透き通っとる最高のビーチだばいぞ!」
「コバルト入江……!? 海水浴じゃね!」 ひよりの目が輝いた。
「そうたい!」とレンが太い腕を組んで頷く。 「ミミちゃんや、治療中の妹のナナちゃんも連れていくとよ! リアカーに荷物も車椅子も積んでいけば、ナナちゃんも無理なく海に行けるばい!」
「うわぁぁぁ! ぶち嬉しいわぁ! ちょっと待っとってつかぁさい、みんな呼んでくるけぇ!」
ひよりは呉弁で声を弾ませ、宿屋の中へと駆け込んで行ったのだった。
【AM 10:00 | 秘密のビーチ「コバルト入江」への道中と到着】
ガルバが引くリアカーには、着替えや日よけの大きな布、そして車椅子に乗った5歳の亜人少女ナナが大切に乗せられていた。ミミは大きな猫耳をピンと立て、リアカーの横を跳ねるようにして歩いている。
「ねえねえレンおっちゃん! コバルト入江ってどんなところやき!?」
「おう、ミミちゃん! あそこはな、高い崖に囲まれとるから船も入ってこられん、隠れ家みたいな入江たい! サンゴ礁があって、お魚が足元を泳いどるのが丸見えたい!」
「お魚……! ナナ、お魚見たいやき!」 車椅子のナナが、ミミの言葉に小さな猫耳をピクピクと動かし、細い声で期待を寄せた。
「ふふっ、ナナちゃんも楽しみじゃねぇ」 ひよりが優しく車椅子の背もたれに手を添えて歩く。
港の喧騒を抜け、断崖沿いの秘密の抜け道を抜けること三十分。 突如として視界が開け、そこには息をのむような絶景が広がっていた。
「うわぁぁぁぁぁぁっ……! ぶち綺麗じゃぁぁぁっ!!」
ひよりの呉弁の感嘆が、白い砂浜に響き渡った。
高聳え立つ断崖に囲まれたその入江は、名前の通りコバルトブルーからエメラルドグリーンへとグラデーションを描く、奇跡のように澄み切った海だった。白い波が静かに打ち寄せ、水底の白い砂や小さな熱帯魚が手に取るように見透通せる。
「すごいやきーっ! ナナ、海やき! 本物の海やきーっ!」 ミミが目を輝かせ、靴を脱ぎ捨てて砂浜へ駆け出していく。
「ミミ殿、足元の突起物(貝殻・鋭利な石)に注意! 負傷率一五パーセント!」 竹千代が警告を発しながら後を追う。
「よし! ここに大きな日よけテントを張るばい!」 ガルバとレンがテキパキと大きな布と丸太で快適な日陰を作り出し、車椅子のナナも涼しい日陰へと案内された。
【AM 11:30 | 水遊びと、『洗三』特製の水たまり】
海辺に着くと、付喪神たちも大はしゃぎで実体化した。
「カッカッカ! この澄んだ海水、塩漬けの魚や出汁の構想が膨らみますな!」 木製しゃもじの飯蔵が豪快に笑い、天球儀のステラは真夏の太陽の光を反射して、海の上にキラキラと美しい虹色の光を降らせた。
「ミミおねえちゃん……つめたそう……」 車椅子の上から海を見つめるナナの瞳には、羨ましさと、まだ体力が戻っていないことへの少しの寂しさが混ざっていた。
それに気づいたのが、三つ仕切りバケツの付喪神・洗三だった。
「ナナちゃん! 海に入らなくても、洗三が最高のプライベートプールを作ってあげるね!」
洗三はバケツの仕切りをシャキンと切り替えると、波打ち際から湧き出る冷たい海水を汲み上げ、日陰の砂浜に掘った小さな穴へ「ジャバーン!」と注ぎ込んだ。
さらに、洗三の持つ浄化の力で塩分濃度を優しく調整し、冷たすぎない絶妙な温水(冷水)プールを完成させたのだ。
「ほら! ここなら足をつけるだけで遊べるよ!」
ひよりがナナを優しく抱き上げ、靴下を脱がせて小さな足を水たまりに浸してあげた。
「あ……っ……つめたくて……きもちいい……」
ナナの小さな足指が、水の中でパタパタと泳ぐ。 洗三が「ふふっ、お魚さんも呼んであげるね!」と湧き水で遊ぶと、水たまりの中に小さな透明の海エビがポコポコと現れ、ナナの足先をつつき始めた。
「あは……くすぐったい……やき……!」
ナナの口から、鈴を転がすような可愛らしい笑い声が溢れ出した。
「良かったねぇ、ナナちゃん! 洗三、ぶち手柄じゃね!」 ひよりが呉弁で褒めると、洗三は「えへへ、洗三にお任せだよ!」とバケツのフチを誇らしげに叩いた。
ミミもバシャバシャと海から上がってきて、ナナの隣で足をつける。 「ナナ、冷たくて気持ちええやきね! 今度は二人で泳げるようになるやき!」
「うん……! 泳ぐやき……!」
療養中のナナの表情に、太陽のような温かな血色が戻っていく。その姿を、日陰で見守るガルバやレンも嬉しそうに目を細めていた。
「ひよりちゃんたちの道具(付喪神)は、本当に優しかねぇ……。ただの戦いの道具じゃなか、心があるたい」 レンが大斧を膝に置き、しみじみと語る。
「そうだばい。俺たち冒険者は道具を消耗品だと思ってたばってん……ひよりちゃんと出会ってから、自分の武器が愛おしくなっただばい」 ガルバも自分の短剣を優しく撫でた。
【PM 01:00 | 浜辺の発見! 特大のポルトースイカ】
みんなで水遊びを楽しみ、お腹が少し空き始めた頃。 浜辺の崖の陰、冷たい湧き水が海へと流れ込む小川のほとりを探索していたミミが、突然大声を上げた。
「ひよりお姉ちゃ〜〜ん! ガルバのおっちゃん! すごいもの見つけたがやきーッ!」
「なんねミミちゃん、大声出して!?」 ひよりが駆け寄ると、ミミは冷たい湧き水の中に浸かっている「それ」を指差していた。
そこに転がっていたのは——なんと、大人の胴体ほどもある、ツヤツヤとした深緑色に漆黒の縞模様が入った、超巨大な【特大ポルトースイカ】だった!
「うおっ!? なんじゃこのデカいスイカはだばい!?」 ガルバが目玉を飛び出させた。
「誰かが冷やすためにここに置いて忘れていったのか……いや、上流の農園から時化で流れてきたやつたいね!」 レンが持ち上げようとするが、あまりの重さに「ぬおっ!」と声を上げるほどの重量感だ。
「ぶちでっかいスイカじゃねぇ! 表面がキンキンに冷えとるよ!」 ひよりが手で触れると、湧き水のおかげでスイカは食べ頃の冷たさに冷えていた。
「ひよりお姉ちゃん! これ、みんなで食べたいやき!」 ミミが大きな猫耳をピクピクさせておねだりする。
「よし! ほいじゃあ……海と言ったらこれしかないじゃろ!」 ひよりは呉弁でニヤリと微笑み、浜辺の全員に向かって宣言した。
「みんな! これからこの特大スイカで……『真夏のスイカ割り大会』を始めるよーっ!」
「「「おおーっ!!」」」
浜辺に割れんばかりの歓声が響き渡った。 まだ体力の戻らないナナも、車椅子の上からパチパチと小さな手を叩いて喜んでいる。
眩しい夏の太陽の下、隠れビーチ「コバルト入江」での賑やかなスイカ割り大会が、いよいよスタートしようとしていた。




