閑話2 鍵束と吸い取り紙と墨汁の壺
閑話2 鍵束と吸い取り紙と墨汁の壺
世界樹の街を襲った怪鳥の群れを「おにぎり」で満腹にさせて追い返し、エルフの秘湯でのぼせた体を「金魚の団扇」の優しい風で癒やしてから一夜。
天照ひよりの夏休み特別研修(という名の異世界バカンス)は、いよいよ本番とも言える「二日目」を迎えていた。
「……うわぁぁぁ、何これ! あっちのお店には光るガラスの靴が並んでるし、こっちのお店には、見たこともないカラフルなスパイスが山盛りになってる! 硯水さん、見て見て! あのアクセサリー、本物の精霊の涙でできてるんだって!」
世界樹の中層に位置する、大陸最大規模の『天空交易市場』。
ひよりは、木の葉の屋根から差し込む朝日に目を輝かせながら、右へ左へと忙しなく動き回っていた。十六歳の女子高生にとって、異世界の異国情緒溢れるショッピングモールは、まさに夢の国そのものらしい。
「落ち着きなさい、ひより。お主は昨日、エルフの長老たちから『街を救った大巫女』として、この市場で使える特別な『王室共通手形』を貰ったのだろう? いくら軍資金が無限だからといって、目についたガラクタを片っ端から買い漁るのは、小説のプロットとしても少々品を欠くというものだ」
私はひよりの背負うリュックの中で、依り代である文机を小さく実体化させ、羊皮紙を広げながら応えた。私の名は『硯水』。
千年の歴史を持つあの超ど田舎の神社で、人間の様々なお買い物(物欲)や願いの歴史を書き留めてきた文机の付喪神だ。
「ガラクタじゃないよ! これは全部、呉の実家にいるパパとママへのお土産候補なんだから! あーあ、二人は今頃、呉の蔵本通りで屋台のラーメンでも啜りながら、『うちの娘、今頃何してるんかねぇ』なんて話してるのかな。娘が異世界で、エルフの王女様をアッシー君みたいにして買い物してるなんて知ったら、どんな顔するんだろ」
「あ、あはは……。アッシー君というのはよく分かりませんが、ひよりさんが楽しんでくれているなら、私はいくらでも荷物持ちをしますよ?」
ひよりの隣で、これまでに買い込んだお洒落な服や珍しい魔導書の袋を両手に抱えた生徒会長のセリアが、苦笑いしながらついてくる。王位継承権を持つ第一王女のはずなのだが、すっかりひよりのペースに巻き込まれていた。
「さて、ひよりさん。お買い物の次は、我がエルフ族が誇る世界最高峰の歴史的建造物――世界樹の最上層にある『古代エルフ遺産神殿』へご案内します。そこには、数千年前の超魔法文明が残した、
現代の魔法構築理論では解析不可能な『生きた遺産』が安置されているのです」
「エルフの古代遺産! まさにファンタジーって感じ! いこういこう、セリア様!」
ひよりはセリアの手を引っ張り、世界樹の幹を螺旋状に登る「魔導エレベーター」へと乗り込んだ。
## 第二章:古代遺産神殿と「壊れた鍵束」
エレベーターが最上層に到達し、扉が開いた瞬間、ひよりは「ほう……」と息を呑んだ。
そこに広がっていたのは、下層の賑やかな市場とは完全に切り離された、静寂と神秘に満ちた白亜の空間だった。世界樹の最頂部に位置するその神殿は、透き通った巨大な水晶の柱で支えられ、周囲には雲海がどこまでも広がっている。
「ここが『古代エルフ遺産神殿』です。……ですが、おや? 少し様子がおかしいですね」
セリアが美しい眉をひそめた。
神殿の最奥へと続く、歴史的な価値を持つ巨大な『七重の封印扉』の前に、エルフの神殿守衛たちが十数人も集まり、あーでもないこーでもないと大騒ぎしていたのだ。
「どうしたのですか、守衛長?」
セリアが厳かに声をかけると、守衛長のエルフは慌てて膝をついた。
「これはセリア王女殿下! ……実は、大変な不祥事が起きてしまいました。本日、数百年ぶりに遺産の定期調査を行うため、この七重の扉を開けようとしたのですが……経年劣化により、扉の魔力回路の『鍵穴』が完全に錆びつき、古代の正規のマスターキーを受け付けなくなってしまったのです!」
「何ですって!? 現代の解錠魔法は試したのですか?」
「当然試しました! しかし、この扉は古代文明の【絶対拒絶】の呪式で守られており、現代の魔法をぶつければぶつけるほど、中の遺産ごと自爆するシステムになっております……。もう、物理的に壊すことも、魔法で開けることもできず、完全に手詰まりです……」
守衛たちの絶望的な言葉を聞き、セリアは頭を抱えた。
「そんな……。数百年ぶりの調査の日に、鍵が壊れて開かないなんて……」
「開かない扉、かつ現代の魔法が通用しない古代の鍵穴か」
私はリュックの中から、ふっと煙管の煙を吐き出した。
「ひより、お主の魔力タンクの出番だ。我が神社のデッドストックの底には、戦闘の役には一切立たないが、『開かない場所に入り込む』ということに関して、それこそ執念の塊のような、東の第三蔵の錆びた箱の底に眠る『あの偏屈な道具』がいる」
「東の第三蔵の偏屈な道具……? あ! おじいちゃんがいつも腰にぶら下げてて、どこの扉の鍵だか全然分からなかった、あの……!」
「そうだ。あれは、千年の間、あらゆる人間の『秘密の部屋』や『隠し引き出し』の錠前を、その不条理なこじ開け能力で暴き続けてきた、鍵束の付喪神。……ひより、彼を呼び出して、その古代の頑固な扉のへそを曲げさせてやれ!」
## 第三章:封印解除と「鍵束の錠破り」
ひよりは一歩前に出ると、白亜の床に、これまでにないほど細く、しかし鋭い銀色の魔力を叩きつけた。
「デッドストック、起動! 我が故郷の蔵の底、千年の間、開かない扉を笑い飛ばしてきた、最高の泥棒……じゃなくて、解錠のプロフェッショナル、おいで!」
ジャララン……! と、
古びた金属が擦れ合う、どこか怪しげな音が神殿に響き渡った。
光の中から出現したのは――数十本もの、形状がすべて異なる錆びついた鉄の鍵が、一本の太い鉄の輪で束ねられた、古風な『鍵束』だった。
「ケケケッ! 誰だい、俺の昼寝の邪魔をするのは。……ほう、随分と上等な、木のお城じゃないの。どれ、どこのじゃじゃ馬(扉)が俺に色目を使ってやがるんだ?」
鍵束の輪から立ち上った黒い煙が、細身で、片目にモノクル(単眼鏡)を嵌めた、いかにも泥棒風のニヒルな青年の姿をした付喪神――名を『鍵之介』という。
千年の間、人間のありとあらゆる泥棒行為や、逆に絶対に開けてはならない「開かずの箱」を開けるために酷使され、「この世に俺が開けられない穴(錠前)はねえ」という、強烈な自負から生まれた鍵束の付喪神だ。
「鍵之介さん! あの七重の大きな扉ね、鍵穴が錆びついちゃって、本物の鍵でも開かないの! 魔法を使うと爆発しちゃうらしいから、なんとかして!」
「鍵穴が錆びついたぁ? ケッ、職人の手入れが足りねえんだよ。魔法が使えねえなら、なおさら俺の独壇場だ。古代の神様だかエルフだか知らねえが、俺の『骨董操作』に弄ばれな! ――【千門万戸・万能開錠】!」
鍵之介が自らの身体である鍵束をジャラジャラと激しく鳴らすと、束の中から、一本の「何の特徴もない、泥のついた古い平鍵」がニュッと伸びた。
鍵之介はその鍵を指先で弄びながら、七重の封印扉の、最初の巨大な鍵穴へと近づき、躊躇なくその錆びついた穴へと突っ込んだ。
ガリガリ、ギチギチ……と、金属が削れる嫌な音が響く。守衛たちが「ひっ、爆発するぞ!?」と頭を抱えて縮み上がる。
しかし、鍵之介がニヤリと笑い、手首をパチンと捻った瞬間。
カチャリ。
あまりにも小気味良い、完璧な解錠の音が神殿に響き渡った。直後、ズズズ……と、第一の封印扉が滑らかに左右へと開いていく。爆発の兆候は一切ない。
「な……何という事だ! 古代の絶対拒絶の呪式を完全に無視して、ただの物理的なピッキングで開けただと!?」
守衛長が目玉が飛び出そうなほど驚いている。
「へへん、驚くのはまだ早いぜ、エルフの旦那。次、いくぞ!」
鍵之介はそのままの勢いで、第二の扉、第三の扉、第四の扉へと次々に鍵を突っ込み、カチャリ、カチャリ、カチャリと、まるで引き出しを開けるかのような軽さで、すべての古代の封印をものの数十秒で完璧に解き放ってしまったのである。
最後の第七の扉が完全に開き、神殿の最奥にある『遺産の間』が姿を現した。
「ふぅ、大したことねえ錠前だったな。ひよりの嬢ちゃん、次からはもうちょっと歯応えのある穴を用意してくれよな」
鍵之介は退屈そうに欠伸をすると、元の鍵束の姿に戻ってひよりのリュックへと収まった。
## 第四章:暴走するエルフ遺産と「文房具の墨消し」
封印が解かれた『遺産の間』の中央には、驚くべき古代の遺産が鎮座していた。
それは、周囲が直径十メートルほどもある、無数の魔法文字が刻まれた巨大な純白の石碑――『古代魔力増幅碑』だった。
「素晴らしい……! これこそが、我がエルフの祖先が残した、大陸全体の地脈の魔力を安定させるための超遺産です!」
セリアが感動の面持ちで石碑へと近づく。
しかし、その時だった。
先ほど鍵之介が強引に全ての扉を開けたことで、神殿内の魔力バランスが一気に変化したためか、石碑の表面に刻まれた古代の魔法文字が、突如として禍々しい深紅の光を放ち始めたのだ。
キィィィィィィン!!!
神殿全体に、脳を突き刺すような、凄まじい高周波の魔力ノイズが響き渡る。
「くっ……!? あ、頭が割れそう……!」
ひよりが耳を押さえてうずくまる。
「大変です! 石碑の魔力回路が、数百年ぶりの空気の流入によって『過負荷』を起こし、暴走を始めました! このままでは、この石碑に刻まれた数万文字の古代魔法が、ルミナスの街へ向かって『無差別な破壊魔法の豪雨』となって放出されてしまいます!」
セリアが必死に防御障壁を張ろうとするが、石碑から放たれる圧倒的なエネルギーの波の前に、杖を持つ手すらもガタガタと震えていた。
「不味いな。石碑に刻まれた文字そのものが、自動的に破滅のプログラム(プロット)を詠唱し始めている」
私は文机の前に立ち、万年筆を強く握りしめた。私の現実改変で『石碑が止まった』と書くには、石碑が持つ数千年の魔力質量が大きすぎて、ひよりの魔力を全て吸い尽くしても相殺しきれない可能性が高い。
「ひより! 文字によって動くプログラム(暴走魔法)を止めるなら、私の執筆ではなく、我が神社の『最も文字の価値を否定し、消し去ってきた』、本殿の引き出しの奥の墨壺の横に置かれていた、あの『真っ黒な道具』を呼ぶのだ!」
「墨壺の横の真っ黒な道具……? あ! お父さんがお習字の時間を間違えた時に、上から真っ黒に塗りつぶしてた、あの……!」
「そうだ。あれは、人間の書き間違いや、この世に存在してはならない『不適切な文言』を、容赦ない闇で塗りつぶすために作られた、至高の抹消兵器だ」
## 第五章:暴走阻止と「吸取り紙の墨消し」
ひよりは過負荷のノイズに耐えながら、真っ赤に輝く石碑に向けて、渾身のデッドストックの光を放った。
「デッドストック!! 我が家の書斎に眠る、すべての間違いを闇に葬るお宝、出てきてあの嫌な文字を全部消しちゃって!」
バシャァァァン!!! と、
空間に大量の「黒いインク」が飛び散るような、禍々しい魔法陣が出現した。
光の中から出現したのは――木製の頑丈な取っ手がついた、底面が緩やかなカーブを描いている、古びた『吸取り紙(スタンプ式ブロッター)』、そして真っ黒な『墨汁の壺』の一組だった。
「おやおや。随分と、お行儀の悪い文字が並んでいますねぇ。……これでは、美しい神社の帳面(世界)が台無しです」
黒いインクの霧の中から現れたのは、全身真っ黒な喪服のような着物を纏い、瞳の奥に底なしの闇を湛えた、大変に冷徹で美しい女性の姿をした付喪神――名を『墨消し(すみけし)』という。千年の間、神職たちが書き間違えた御朱印や、呪術の失敗作の文字の上に「真っ黒い墨」を押し当て、その存在そのものを歴史から完全に抹消し続けてきた、吸取り紙の付喪神だ。
「墨消しさん! あの石碑に書いてある赤い文字が暴走してるの! 全部、綺麗に消しちゃって!」
「不適切な文字の抹消ですね。承知いたしました。……我が墨の前に、存在を許される記述はございません。――【一筆抹殺・暗黒破却】」
墨消しが、自らの本体である巨大な吸取り紙の底面に、壺から溢れ出る真っ黒な「神域の墨汁」をたっぷりと浸した。
そして、暴走して赤い光のレーザーを放とうとしていた巨大な石碑に向けて、その吸取り紙を、ドォォォン!!と、力強く押し当てた。
ジュゥゥゥゥゥゥッ!!!
凄まじい水蒸気と、焦げ付くようなインクの匂いが神殿に立ち込める。
なんと、石碑の表面に刻まれていた、数万文字の古代エルフの魔法文字の上に、墨消しの放った真っ黒な墨がピタリと貼り付き、その赤い暴走の光を、文字通り「一文字残らず完全に塗りつぶして」しまったのである。
「な……なな、何ということだ……!古代の超魔法文字が、ただの『黒いシミ』になって、魔力フローが完全に切断された……!?」
セリアが顎が外れそうなほど驚いている。
「ふふ、これでよし。……どんなに偉大な古代の呪文であっても、読めなくなれば(消されれば)、ただの石の落書きですからね」
墨消しは静かに微笑むと、石碑の表面から黒い墨をフッと吸い取り、何事もなかったかのように綺麗に文字を元の「休眠状態」へと戻して、一組の文房具の姿に還ってひよりのリュックへと収まった。
石碑の深紅の暴走光は完全に消え去り、神殿には、再び朝の静かな光と、雲海を渡る穏やかな風だけが戻ってきた。
## 終章:エルフの隠れ家と、呉の未来を想う
エルフの古代遺産の暴走を、「鍵束」と「吸取り紙(墨消し)」という、世界のどの魔導書にも載っていないような不条理な文房具コンボで完全解決したひより。
世界樹の最上層には、再び完璧な平穏が戻り、守衛たちは「天照ひより様は、エルフの神殿の救世主である……!」と、涙を流してひよりを拝んでいた。
その日の夕方。特別研修のすべての日程を終えたひよりは、世界樹の街で一番高い場所にある高級ホテルのテラス席で、セリアが王室の特権で用意してくれた、最高級の『世界樹特製エルフジュース(マギ・ネクター)』を贅沢に楽しんでいた。
「ぷはぁぁぁぁ! お買い物の後の冷たいジュース、最高! 鍵之介さんも墨消しさんも、今回は本当に大活躍だったね!」
ひよりはエメラルドグリーンに輝くジュースを飲み干し、大満足の笑顔を浮かべる。
「本当に、ひよりさんの持っている『ツクモガミ』の力には、毎日驚かされっぱなしです。まさか、我が国の最高機密の遺産まで、文房具の力で修理(?)してしまうなんて……」
セリアも、すっかりのぼせから回復し、ひよりの隣で嬉しそうに特産のクッキーを齧っている。
私は文机に向かい、この『閑話:エルフの街の観光記』の最後の一行を、満足のいく文字で締めくくったところだった。
「硯水さん、今回の本のタイトルは?」
ひよりがテラスの柵から身を乗り出して覗き込んでくる。私は微笑み、表紙に美しい文字でこう書き込んだ。
『名もなき神社のデッドストック・閑話~天空市場のお買い物と、古代エルフ遺産の墨消しパニック~』
「ふふ、実に中身の詰まった、楽しいバカンスの章になったな。さあ、ひより。明日からはまたルミナス魔法学院に戻って、新しい物語を紡ぐ日常の始まりだ」
「うん! よーし、学校に戻ったら、みんなにお土産のクッキーを配らなきゃね!」
世界樹の巨大な葉の隙間から、美しい夕焼けの赤い光が雲海を染め上げ、ひよりの黒い髪を優しく揺らす。
「パパ、ママ。私ね、エルフのめちゃくちゃ高い神殿の鍵を泥棒みたいに開けて、暴走した石碑を墨汁で真っ黒にして世界を救っちゃった。だから……いつか呉のレンガ通りでお買い物する時は、私の大好きなクリームがパンパンに詰まったメロンパン、絶対にパパの奢りで買ってね!」
少女のどこまでも明るい笑い声と、千年の時を超えてリュックの中で賑やかに笑う付喪神たちの声は、世界樹の街を渡る爽やかな新緑の風に乗って、遠い、遠い故郷の空へと、どこまでも響き渡っていった。
みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?
少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。
励みになりますので、☆☆☆☆☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
今回は女子高生のお話です。
よろしくお願いします。




