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狭間塞領奇譚 〜元社畜は、最強霊能者に拾われ、もふもふ猫先輩を愛でたり怪異に怯えたり、頑張ります!〜  作者: キキ イチ
第2章 新しい職場と業務説明

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9.地獄の初仕事決定、ノリが軽すぎませんか?



「あー……マジで気が散る。鷹松、いい加減にしろよ」


 唐突に響いた、腹立たしげな声。

 振り返れば、春日井が頭を覆っていた分厚いヘッドホンを乱暴に外し、誰もいない虚空に向かって忌々しげに吐き捨てていた。

 

(鷹松……? ボイスチャットの相手かな?)


 それにしては春日井の視線は「YOU LOST」と表示されたモニターではなく、部屋の隅の何もない空間に向けられている。思わず首をひねる夏樹に、横で伊津がふふっと笑うと。


「鷹松さんは、春日井くんの守護霊さんよ。甲冑姿のお武家様で、とっても渋くてかっこいいの」

「……守護、霊……?」

「そう。春日井くんってちょっと自堕落でしょう? だから心配してよくお小言を言ってるの」


 よくあるオカルトワードの登場に、夏樹はとりあえず「はあ……」と曖昧にうなずく。しかし不意に、「守護霊」「お武家様」「お小言」というキーワードが、夏樹の脳内の引き出しをかすかに揺さぶった。

 あの九十九駅のホームで、見えない虚空から聞こえてきた『主君には、心というものがおありでないのか』という、古風な口調の低い男の声。あの声はどこか人を諌めるような響きがあった。もしかして、あの声がその「鷹松」なのだろうか。


(甲冑姿、と言うことはもしかして帯刀してたりする……? まさか、春日井さんに失礼なことを言ったら、袈裟斬りにされる、なんてことはないよな?)


 九十九駅で聞こえた言動が春日井の守護霊のものだったとすれば、常識人っぽい雰囲気があったように思う。しかしながら姿形が見えない「鷹松(誰か)」に対する警戒心から、物騒な想像が脳裏に閃いてしまい、夏樹は目に見えない気配を探るが――当然のごとく守護霊の姿などさっぱり分からず、ただただ身体をすくませるしかない。

 すると、ゲーミングチェアをくるりと回転させ、春日井がこちらを振り向いた。その切れ目の三白眼は、ゲームで負けた苛立ちも相まって、九十九駅で出会った時以上に険しく、機嫌が悪そうだった。


「で。ババア、説明は終わったかよ」

(ババア!?)


 年上に対して、一切の敬意を欠いた暴言。そのあまりの口の悪さに、夏樹は息を呑んでドン引きした。

 相手は母親ほどの世代で、しかも「発注元」というれっきとしたビジネスパートナーのはずだ。

 来客があってもゲームにかじりついたままという件もそうだが、春日井のあんまりな態度に、夏樹はハラハラして伊津の顔色を窺った。

 それに対し伊津は怒るどころか、慣れた様子でお茶をすすり、しかし一つ溜め息を吐いた。


「もう、春日井くんったら本当に何も説明してないんだから。この子、貴方の名前も分かってなかったのよ? 私が来なかったらどうしてたの」

「どうせ来るし、おしゃべりが好きなんだから丁度良いだろうが」

「まったくもう……夏樹くん、この子ったら誰に対してもこんな調子だから、めげないでね。私から説明出来ることがあったら教えてあげるから」

(優しい……!)


 夏樹は、伊津の背後に後光が差しているように見えた。

 思わず両手を合わせたくなりながら、「この人が発注元の担当者なら、それほど無茶な仕事はないのかも……?」と、期待するが。

 

「はっ、ぬかせ。そうやって恩着せがましく良い人ぶって、面倒な仕事を押し付ける前振りだろうが」

 

 春日井が鼻で笑い、心底嫌そうな顔で伊津を睨みつける。

 それを伊津は「あらやだ、お見通しねえ」とあっさり肯定し、ふわりと微笑んだ。

 その微笑みに、夏樹の心に差し込んだ期待の光が、スッと消え失せた。優しいおばさんだと思ったのに、この人も結局はブラックな仕事を押し付ける「あちら側」の人間らしい。


「上がね、九十九駅の件、継続して春日井くんにお願いしたい、ですって」

「ほらみたことかよ」


 伊津の口から出たその地名に、夏樹はあんな恐ろしい場所の仕事を持ってきたのが伊津だったのだと知って、やっぱり神様はいないのかもしれないと思う。


「お膳立ては十分にしてやっただろ」

「それが、丁度いい人がいないのよ~」

あそこ(九十九駅)は色々、集まってて面倒臭いんだよ」


 春日井はゲーミングチェアの背もたれに深くもたれかかり、だるそうに天井を仰いだ。


「受けてくれたら予算は4割増しだそうよ。なかなか頑張ったでしょう?」

「何処がだよ、必要経費を考えたら妥当な金額だろ」

「もう……! このまま放っておいたら被害が拡大するじゃない」

「知るか。俺の知ったことじゃねぇ」

「夏樹くんだって、ある意味今回の被害者だし……ねえ? 夏樹くんだって同じ目に遭う人は減った方が良いと思うでしょう?」

「えっと……それは、そうですが、俺は素人ですので……」


 伊津に同意を求められて、夏樹は思わず視線を逸らし、言葉を濁す。

 社会人としては春日井の態度はどこまでも無責任だし自分勝手極まりない。

 だが、困った様子で交渉する伊津には申し訳ないが、夏樹にとっては春日井が九十九駅の仕事を断ってくれる方がありがたかった。正直、あんな恐ろしい場所の仕事など、絶対に関わりたくない。

 このまま春日井がゴネて、別の仕事――できれば安全なデスクワークか何かに回されることを祈るばかりだ。

 どうか俺には関わりなく終わりますようにと、大人しく二人の成り行きを見守り、心の中で祈りを捧げる夏樹だったが、春日井が天井を見つめたまま、ふと、何かに気がついたように「あ」と声を漏らした。

 そして、その視線をゆっくりと下ろし、なぜか夏樹へと向けたのだ。


「そっか、……コイツにやらせればいいじゃん」

「……へ!?」


 夏樹の口から、間の抜けた声が漏れた。

 今、春日井は何と言ったのだろうか? コイツにやらせろ? コイツとは――俺のことか? 


 ……九十九駅の処理を、俺に?


 先日、あわや怪異の餌食になりかけた、因縁にして最恐のトラウマスポット。そこをオカルト素人である、喧嘩すらロクにしたことのないただの一般人に、一体何の処理をさせようと言っているのか。

 そもそも、もう一度あそこに行けと言われている事実に、夏樹の胃袋が激しく痙攣を始めた。


(ムリムリムリムリ、絶対無理!!!! いやだ!!!!!)


 心の中で全力の絶叫を上げ、夏樹は首が千切れるほどの勢いで横に振った。

 そして、ガタガタと震えながら、すがるような目で伊津を見た。


(伊津さんっ! 俺には無理ですよね!? ただの一般人ですよ!? 素人をあんなヤバい場所に放り込むなんて、いくらなんでも無茶ですよね!!?)


 驚きすぎて声にならない悲鳴と、必死の「NO」のサインを視線に込めて、伊津に訴えかける。

 その眼差しにきっと「何を馬鹿なこと言ってるの春日井くん、素人にできるわけないじゃない」と窘めてくれるに違いないと思った――のだが。


「あら~。その手があったわねぇ」


 夏樹の悲痛な視線を受け止めた伊津は、ポフッ、と手を打ち合わせ、実に嬉しそうに、おっとりとした声でそう言ったのだ。


「えっ……」


 夏樹が喉の奥から、弱々しい声を漏らすのを尻目に、伊津は笑顔のまま、夏樹の絶望を完全にスルーして、春日井の方へと向き直った。


「夏樹くんは一度あそこに迷い込んで『波長』が合っちゃってるし、確かに適任かもしれないわね……」

「だろ。今後使えるかどうか、ちょうど良い『実験』にもなるし。最悪、ツバキの手足くらいにはなるだろ」

「まあ! そうなってくれたら助かるわ~」

「実験って……あの……」


 夏樹が口を挟む間もなく、あまりにもゆるいノリで、自分の運命が決定してゆく。

 先ほどまでは仕事を受けて、受けない、で揉めていたはずなのに、むしろ話が盛り上がっている。

 目の前の光景に、キュウ、と夏樹の喉の奥で悲鳴が声にならず小さく漏れた。


 悪魔(春日井)を止めてくれると思った伊津(ストッパー)は、どうやら悪魔と同様の容赦のない発注元()だと、夏樹はやっと悟ったのだった。



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