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狭間塞領奇譚 〜元社畜は、最強霊能者に拾われ、もふもふ猫先輩を愛でたり怪異に怯えたり、頑張ります!〜  作者: キキ イチ
第3章 再び、九十九駅へ

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21.意外な才能発見!で、見直されて……ます?



 翌日。

 夏樹は昨日と同じ十時きっかりに、春日井のマンションのインターホンを鳴らした。

 相変わらず随分と待たされた後に、返事もなく開いたオートロックの自動ドアをくぐる今日の夏樹の服装は、リクルートスーツではなく洗いざらしのシャツにジーンズだった。

 昨日の別れ際、伊津から「スーツだと汚れるし動きにくいでしょ。明日からジーンズとTシャツとか、動きやすい格好のほうがいいわよ~」とアドバイスを受けたからだ。

 社会人になってから、休日以外でスーツ以外の服を着て「出勤」するのは初めての経験だ。流石にTシャツといったラフな格好をする勇気はなく、無難にシャツを着てきたが、首を締めつけるネクタイがないだけでも、呼吸が楽に感じた。

 ――もっとも、これから向かうのは何が出てくるか分からない、息の詰まるオカルトな職場であることには変わりないのだが。


「おはようございます……」


 昨日と変わらず、チャイムを鳴らしても返事のない玄関は、鍵が開いていた。恐る恐るリビングへ足を踏み入れると、更に昨日と全く同じ光景が広がっていた。

 ゲーミングチェアに深く腰掛け、キーボードとマウスを操作している春日井は今日もゲーム中らしい。アイテムを漁りながら、春日井はちらっとだけ夏樹の方へ視線を向けたが、すぐに知らんぷりをして画面へと向き直ってしまう。


(……うっ、今日も、機嫌悪そう……)


 夏樹は部屋の入り口で手持ち無沙汰に立ち尽くした。

 昨日のお礼を言おう、とは思っているものの、物事にはタイミングという物がある。

 思い切って今切り出すべきか。それとももう少し機会を窺うべきか。春日井の耳には分厚いイヤーパッドのヘッドフォンが装着されている。話しかけたとして、聞こえなくては意味が無い。


「おはよ~夏樹くん。昨日はちゃんと眠れた?」


 迷う夏樹の背後から玄関の開く音がして、タイミング良くエコバッグを提げた伊津が現れた。


「あ、伊津さん、おはようございます。……ええ、まあ。疲れ果ててたので、泥のように」

「初めての現場だったものねぇ、お疲れ様」


 伊津は昨日と同じように適当なマグカップを持ってきて椅子に腰掛けると、「今日はハーブティを持ってきたの」とエコバッグから保温ボトルを取り出しお茶を注ぎ始めた。


「あの、それで、今日はどうしたらいいでしょうか……?」

「あら春日井くんから聞いて……ない、わよねぇ」


 春日井の方を窺いつつ、夏樹が尋ねると、伊津もチラリと視線を投げて溜め息をつく。


「とりあえず、調査後の基本。今日は報告書を書きましょう」

「報告書、ですか?」

「ええ。昨日の九十九駅での一件について、狭間塞領事務所に提出する事後処理のためのレポートを作らなきゃいけないの。今回はイレギュラーな処理をしちゃったから、事の顛末をいつもよりも更にしっかり説明しておかないとね」


 伊津は、ゲームに熱中しているのか、あえて無視してるのか、一切こちらを見ようとしない春日井に向かって、少し声を張り上げた。


「春日井くん! 夏樹くんが使えるパソコンか何か、ないの~!?」


 呼びかけに、春日井は画面から目を離さず、ただ右手の親指だけをビッと部屋の片隅へ向ける。

 その指が示した先のカラーボックスの上には、真新しい薄型のノートパソコンが無造作に放り出されていた。


「あら、ちゃんと準備してるじゃない。じゃあ夏樹くん、これを使ってね」

「はい、ありがとうございます」


 ノートパソコンにはスマホと同様に「HZM」というソフトがインストールされていた。そこから、伊津の指示通り指定の報告書用フォーマットを開く。


「住所や氏名欄は分かるから良いとして、……問題はこの欄ね。できるだけ時系列に事実と、所感を書くときはこの記号で挟んで……」

「分かるなら時間とかも書いていった方が良いですか?」

「とりあえず、全部書きだしてみましょうか。いらないところは後で削れば良いし」

「わかりました。ありがとうございます」


 伊津から簡単な諸注意や書き方を習って、夏樹はこれまで作成したことがある、議事録や報告書と似た感じかなと想像する。ただ「これくらい簡単だろ」という圧力ではなく、「はじめてだから、上手く書けないかもだけど、とりあえず後で整えれば大丈夫だから、覚えている内容を書いてみましょう」という伊津の言葉に、ちょっと心が軽くなる。

 リップサービスだとしても、「出来て当然」と言われるのとはプレッシャーが段違いだし、なによりちゃんと書き方も教えてくれるのって良い。初日の現場調査はあり得なかったが、こういう書類作成は、まだまともな「仕事」っぽくて安心する。

 ――なんて、ことを思いながら。


「あらー……」


 リビングに凄まじい速度の夏樹のタイピング音が鳴り響く。

 九十九駅での、気温や匂いの変化から始まり、事前情報と違った実際の飛び降り自殺の男が持つ強制力についてから、作業指示書の説明不足箇所、そして現れた泥の怪異の挙動、移動速度、捕捉された時に発していた言葉に至るまで。

 毎日、「業務報告」を書き、議事録を押しつけられ、客先への説明報告書を作成させられ、少しでも抜けがあればネチネチと詰められる地獄の日々。そこで培われた「とにかく速く」という意識。そして、情報不足を指摘されるより無駄に細かく書いておく方が嫌味が少なくなる(ゼロにはならないが)、という経験則から生まれた「詳細な報告スキル」が、奇しくも、どんな情報が解決の糸口になるか分からない、狭間の調査記録報告書に、カチリとハマって遺憾なく発揮される。

 怒濤のタイピングに、若干、伊津が驚いて固まっているのにも気が付かず。夏樹は(後半はチャットで時間がわかるので書きやすいな)などと呑気に考えながら、スマホの文字チャットの時間まで書き起こしてゆく。

 夏樹の書類作成の間、伊津は持参してきたらしい書類をしばらくはちまちまと処理していたが、時計を見て席を立つと。


「ヤダ~! 夏樹くん、タイピング速いと思ったけど、もうそんなに書いたの!?」


 夏樹の後ろから、画面を覗き込んだ伊津は感動したように声を上げた。


「細かいところまで時系列で書いてくれてるし、ちゃんと指示した書式通りだし、説明もわかりやすい……本当に、すっごく助かるわ~! 春日井くんが書くと『出た。片付けた』の二行で終わっちゃうから、いつも事務の人に怒られてたのよぉ」

「あ、いえ、この書き方で問題ないなら良かったです……」

「問題ないどころか百点満点よ~!」


 夏樹は謙遜しつつも、偽りがなさそうな喜色満面の伊津に、心の中で少しだけガッツポーズをする。

 比較対象の春日井の報告書が少しばかり酷すぎるのが問題かもしれないが、褒められるのは純粋に嬉しい。

 前職では「こんなの誰でもできる」「遅い」「ここの表現がイマイチ」「もっと良い感じに」と、どんなに頑張っても重箱の隅をつつくような言葉と、それでいて具体的な改善指示ではなく、フワッとしたニュアンスの、答えのない指示が返って来るばかりだった。


(マトモに認められて褒められるって、こんなに嬉しいことだったんだ……)


 頑張って速くしたタイピングも、ちゃんと伝わるようにと考えた文章も。今まで一度も褒められたことが無かった。

 それが伊津の一言で、なんだか努力が報われた気がした。夏樹は少しだけ泣きそうになりながら、残りの所感を記入し終えようとした、その時。


「ん、まあ、悪くねぇな」


 不意に。

 いつの間にか夏樹の背後、伊津とは夏樹を挟んで反対に立っていた春日井が、画面を覗き込みながら低く呟いた。


「えっ……!」


 夏樹は思わず大げさに肩を震わせて振り返った。

 春日井は腕を組み、モニターに表示された膨大な文字情報の羅列を、少しだけ感心したような、しかし相変わらずの三白眼で眺めていた。


(ほ、褒められた……!? あの春日井さんが、俺の仕事を……!?)


 伊津と違って、絶対にお世辞を言わなさそうな春日井だからこそ、つい、その一言に食いついてしまう。

 前職の理不尽な上司と同じ種類の人間のように見えて、昨日助けてくれたことといい、実は不器用なだけで、意外と根は良い人なんじゃ――。


「お前、顔がウゼぇ」

「へ、……ぇ!?」


 夏樹の心の声がダダ漏れの表情に、春日井が心底嫌そうに顔をしかめる。


「事務処理能力はマシって話だ。調子のんな」

「……はい」


 即座に突き放され、夏樹は(いや、少し、もしかしてって思ったけど……!)と内心で肩を落とす。

 しかし、画面の文字を追う春日井の横顔は、昨日の「ただの雑用」と見下していた時とは、ほんの少しだけ違う色を帯びている気がした。

 ――それはただの自惚れかもしれないけれど。そうだといいな、と思いつつ、再び夏樹は報告書に向かった。



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