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彩峰梛は恋をしない  作者: 七葉菜々


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第11話 何事も 終わり良ければ 全て良し⑥

「……まあ、適当に見て回るか。歩いてるうちに、姉貴の気になるものの一つや二つくらい、さすがに見つかるだろうしな」


 と、またしても振り出しに戻ったところで、凜桜は急にぴたりと足を止めた。


「どうした、足でも痛めたか? ベンチで少し休憩でも……」


「ううん、違うよー。ここ見たいなーって思ったの!」


「……ここ、か?」


 凜桜が立ち止まったのは、家電や大型家具、生活雑貨などを取り扱う、大手のインテリア用品店の前だった。


 このショッピングモールに限らず、どこの地域にでも存在する、特に珍しくも何ともない店。いったい、ここで何を見るつもりでいるのか。


「あ、もしかして、一人暮らしを検討してたり……」


「ちーがーうーよー! 梛とずっと一緒だもん!」


「じゃあ、なんでこんなとこ見るんだよ……」


 言いながらも、梛は凜桜と共に店の中へと足を踏み入れる。


 散々どこでもいいと言っていた凜桜が、せっかく初めて自分から行きたい場所を教えてくれたのだ。理由が何であれ、こんな機会を逃すわけにはいかない。

 何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回す凜桜に手を引かれながら、梛も同じように店内を見て回る。


「それで、何探してるんだ?」


「えっとね、梛が探してた本棚が売ってないかなーって思って。どこにあるかなー?」


「……俺のを探すために、わざわざ店に入ったのかよ」


 どこまでも梛第一な凜桜に、呆れ返った梛は思わず苦笑をこぼした。


「だって、もっと色んな本を読みたいのに、本棚がいっぱいだから新しい本を買えないんでしょー?」


「いやまあ、たしかにそれはそうなんだけどさ。でも、本棚自体は別に買おうと思えばいつでも買えるわけで……」


 梛自身、特に家具に対してこだわりを持っているわけではない。だが、複数揃えるのであれば、できる限り同じ商品、同じ色で統一したいのだ。


 そのため、現在使っているものと同じ本棚を一年ほど前からネットや実店舗で探しているのだが、一向に見つかる気配がない。両親に聞いてみるも、梛が小学校低学年の頃に買ったものなので、どこで買ったか覚えていないという。


 いっそのこと、今使っているものよりはるかに大きい本棚を新しく買うことも考えたが、そうなると今まで使っていたものをどうするのかという問題が発生する。もちろん、まだ使えるのに処分するのはもってのほかだ。


 結果、なかなか新しい本棚を用意することができず、置く場所もないので新しく本も買えていない。なんなら、すでに買っている本すら入り切っておらず、棚に並んだ本の上には、収まり切らない本が雑に積まれているくらいだ。


 それに加え、そんな梛を見かねた凜桜が、「おねーちゃんの部屋に置いていいよ!」と、溢れた本を自身の部屋へ運び出そうとすることもあった。もちろん断った。


「今使ってるやつと同じので揃えたいっていう、俺のしょうもないこだわりのせいで買えてないだけなんだから、別に姉貴がわざわざ気にするようなことでもないんだって。俺のじゃなくて、姉貴が見たいのを見ようぜ」


「でも……」


「その気持ちだけで十分だから。な?」


 あまり納得はしていないようだったが、梛が頭を撫でてやると、弟思いで心優しい凜桜は、次第にいつものだらしない笑顔を取り戻した。


「本棚なんて別にどうでもいいから、他に何か見たいやつとかないのか? 俺のじゃなくて、姉貴自身のやつでさ」


「んー……んー…………ん——あ!」


 唸りながら頭を悩ませに悩ませた結果、どうやら何か思いついたらしい。凜桜は短く声を上げると、梛の手を引っ張って歩き出す。


 そうしてたどり着いたのは、同じ店の寝具売り場だった。


 ひんやりとしたベッドパッドや掛け布団、枕カバーなどが、この先の夏に向けてか、早くも売り場の前面に展開されている。そして奥の方には対照的に、この時期にはもう用済みであろう、ふんわりもこもことした厚手の毛布などがひっそりと並べられていた。


「なるほどなあ……」


 まさに凜桜にぴったりな場所である。梛も思わず、感嘆するように呟いた。


 周知の事実ではあるが、凜桜という人物はとにかくよく眠るのだ。


 今も昔も、誰よりも遅くまで寝ているし、休日ともなれば昼前まで寝ている。誇れることではないが、幼い頃から毎晩のように布団に潜り込まれていたため、その事については誰よりも知っている自信がある。


 そんな凜桜が寝具売り場へ行きたいと思うのは、極めて自然なことだった。


 もっとも、常日頃から人のベッドで寝ているというのに、新しい寝具を欲しがるのはいささか疑問ではあるのだが。


 とはいえ、これを機に自身のベッドで寝るようになるかもしれない。そんな淡い希望を胸に、梛は大人しく付き合うことにした。


「それで、姉貴は何を——」


「見て見て、あったよ! 二人で使える枕! これで一緒に寝よーねー!」


「…………」


 やはり凜桜は凜桜だった。どうやら、抱き枕のごとく横に長いこの枕がお目当てのものらしい。

 よほど欲しかったのか、まるで無邪気な子供のように目を輝かせている。さすがの梛も、買わないとは言い切れなかった。


「……まあ、買うのはいいとして、自分の部屋に置いとけよ? 俺はいらないし、部屋にあっても邪魔なだけだから」


「じゃあ、梛もおねーちゃんのお部屋で一緒に寝てくれる?」


「何が『じゃあ』なんだよ。寝るわけないだろ。自分の部屋で一人で寝てくれ」


「やーだー! 枕はいらないから一緒に寝るー!」


 凜桜は手に取った枕をすぐに棚へと戻し、それなら梛の腕を抱き枕にするとばかりに、梛へしがみついた。

 そんな凜桜に対抗するように、梛は凜桜が戻した枕を即座に手に取る。


「遠慮するなって。買ってやるから、一人で寝てくれ」


「いーやーだー! いーらーなーいーかーらー!」


 凜桜が梛から枕を奪取しようと必死に手を伸ばすも、梛は梛で枕を遠ざけてそれを許さない。……が、リーチは凜桜の方が長いわけで、梛の抵抗も虚しく、あっさりと奪われてしまった。


 凜桜は梛から離れて枕を棚に戻すと、取らせまいとでもいうように大きく腕を広げて立ち塞がる。まるで威嚇するレッサーパンダのようだった。


「……なあ、姉貴」


「やだ」


「いや、まだ何も」


「一緒に寝てくれなきゃやだ」


「…………普通に買ってや」


「梛が一緒に寝てくれないならいらない」


 凜桜の中では、梛と一緒に寝ることこそが最優先事項なようで、梛が何を言おうとも、その意思は決して揺るぐことがなかった。


 しかし、そんな発言とは裏腹に、凜桜は売り場から一歩たりとも動こうとしない。この枕が欲しい気持ちは微塵も変わらないらしい。


 別に梛とて鬼ではないので、枕を買うくらいなら何の問題もないし、断る理由も一切ない。これを買うだけで凜桜が一人で寝てくれるのであれば、一個どころか五個くらい買ってやろうと思うほどだ。


 まあ、そもそもの話——


「……買っても買わなくても、どうせ潜り込んでくるよな?」


 今まで梛が何度「一人で寝ろ」と言っても、凜桜がそれを聞いた試しはないのだ。


 どうせ結果が同じなら、このやりとり自体が時間の無駄でしかない。この場に美卯がいれば、「またやってんの?」と呆れながら口を挟んでくることだろう。

 わがままな姉と甘すぎる自分に、梛ははあと嘆息し、凜桜の背後の棚へと手を伸ばす。そして、今度は妨害を受けることなく、凜桜が欲しがった枕を手に取った。


「で、いらないのか?」


「…………ほしい」


 先程までの攻防は何だったのか。凜桜は素直にこくりと頷いた……が、しかし。


「けど、梛とも一緒に寝たい」


「……頼むから、少しは頻度を減らしてくれよ?」


 最後には梛が譲歩——というより、どうしても一緒に寝ることを諦めきれない凜桜に、完全に折れた。


 甘やかしすぎているのは誰が見ても一目瞭然ではあるが、今朝の一件へのお詫びと思えば、このくらい軽……くはないが、まあ仕方ない。

 いつかはこの枕を身代わりに、凜桜の拘束から抜け出せるようになるだろう。

 もっとも、そんな変わり身の術みたいなこと、できるわけがないのだが。


 梛は右腕に枕の入った袋を抱え、左腕は満足そうな凜桜に囚われながら、重くも軽くもない微妙な足取りで店をあとにした。




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