第11話 何事も 終わり良ければ 全て良し⑦
「ねー、なーぎー。プリ撮りに行こーよー」
マイペースで甘えん坊な凜桜は、いつもの調子で梛の腕に抱きつきながら言ってくる。
ほんの少し前まで「一緒に寝る」と意固地になっていたとは思えないほどの、恐ろしい変わり身の速さ。これが、店を出てわずか数秒後のことだった。
「ねーえー」
「行かないし、この前出かけたときに散々撮っただろ」
「梛と二人きりで撮りたいのー!」
たった一店舗訪れただけで疲弊した梛には、抵抗する力など残っていなかった。その場で必死に踏みとどまろうとするも、凜桜はそんな足掻きなどものともせず、ゲームセンターのある方へ梛をずるずると引きずっていく。
このまま為す術なく連れていかれるのか——と諦めかけたところで、モールの案内看板がふと梛の目に留まった。
「なあ、姉貴。アイス——」
「アイス!?」
凜桜は梛の言葉を最後まで聞くことなく、勢いよく振り返った。
あまりのチョロさに、いつか詐欺に遭わないか心配になってくる。これでよく、知らない人について行くようなことがなかったものだ。
「あ、ああ。ちょうど三時過ぎたところだし、おやつにどうかと思ったんだけど……食べたいか?」
「食べる食べるー!」
「んじゃ、さっさと行こうぜ。この時間だと、同じ考えのやつが多そうだしな」
凜桜の手を引いて、梛はゲームセンターとは真逆の方向へ歩き出す。
表情や足取りを見るに、もうゲームセンターのことなど頭から抜け落ちてくれたらしい。ひとまずの危機は去ったと言っていいだろう。
もっとも、あくまでその場しのぎにすぎないので、ふとした拍子に凜桜が思い出す可能性は低くないのだが。
それに、家に帰ってからの問題もある。
もし美卯に外でアイスを食べたことを知られれば、怨嗟や怨恨の滲み出た不平不満をぶつけられるに違いない。梛や凜桜と同じくらい甘いものが大好きなのだから、火を見るより明らかだ。
凜桜に口止めを……いや、口外しないという保証はどこにもない。それなら、お土産としてコンビニで代わりのものを買って帰り、素直に話すべきだろう。それで許してもらえるとは限らないが、誠意を見せれば美卯もわかってくれる……と思いたい。
とまあ、そんな少し先の未来のことはそのときの自分に全て押し付け、梛は今このときを楽しむことにした。
無論、『デートを』ではなく、『おやつタイムを』だ。……まあ、場合によっては、少しくらい配分を変えることもあるかもしれないが。
「梛は何食べるのー?」
「そうだな……。まあ、期間限定とかもあるだろうし、そこら辺見てから決めるかな。姉貴はどうするんだ?」
「おねーちゃんはねー、チョコクッキーとー、ラズベリーチーズケーキとー、抹茶とー、それからー……」
「そんなに食べると腹壊すぞ」
「むー……じゃあ、二つにするから、一緒に食べよーねー!」
「へいへい」
梛の手を握ってぶんぶんと振りながら、楽しそうに嬉しそうに言ってくる凜桜に、梛は適当に返す。
そうしてフードコートまでたどり着くと、今度は凜桜が梛の手を引き、一目散にアイス屋へと駆けていった。
梛の言った通り、時間が時間なので店の前はだいぶ混み合っていて、平日の朝の電車待ちのような長蛇の列を成している。
そんな中、どのフレーバーにするか駄弁りながら数分ほど並んだのち、凜桜はチョコクッキーとラズベリーチーズケーキを。一方の梛は、宣言通りに期間限定フレーバーだという杏仁豆腐と、凜桜が食べたそうにしていた抹茶を選んだ。
昔から凜桜も美卯も、自分が選んだ味を相手に食べさせては、相手のアイスを最低でも一口掻っ攫っていくのが常だったのだ。
どうせ今回も凜桜に食べられるに違いない。と、梛はいつものように、相手が食べたいであろう味を選んだのである。
売り切れや機械の故障などもなく、無事にアイスを受け取ると、二人はフードコートの隅——アイス屋から最も離れた位置にある空席へ腰を下ろした。
こんなにも混み合っている中で、場所は遠くとも奇跡的に座ることができたのは、おそらく凜桜の幸運が故だろう。今回ばかりは感謝だ。
「はい、梛。あーん!」
と、凜桜は自分が味わうより先に、梛の口元へとアイスを差し出してくる。
みんなで出かけたときはもちろん、綾芽とのデートでも頑なに断っていた梛も、今回ばかりは抵抗することなく口を開いた。
凜桜には今まで散々食べさせられてきたため、梛もさすがに学んでいる。どうせ何を言ったところで、凜桜は梛が食べてくれるまでこの状態を維持するのだ。
この恥ずかしさが永遠に続くくらいなら、さっさと終わらせるのが自身のためだろう。あと、この間にも刻々とアイスは溶けているので、早く食べないと液状に化してしまう。
「どう? 美味しい?」
「まあ、不味いアイスなんてそうそうないしな。普通に美味しいんじゃないか?」
梛が言うと、凜桜は満足そうに頷き、今度は自分にもしてくれとばかりに、大きく口を開いた。
これまた同様に、梛は抵抗することなく、凜桜の口へアイスを突っ込んでやる。すると、凜桜は大袈裟に頬を押さえ、幸せそうに顔を綻ばせた。
「ん〜! やっぱり抹茶は美味しいねー!」
「そりゃあ良かったな。杏仁豆腐の方も食うか?」
「食べる食べるー!」
まるで餌付けでもするかのように、梛はまた一口、凜桜に食べさせてやる。
不思議なことに、一度でもこのように食べさせてやると、しばらくの間はなぜか抵抗感が消滅するのだ。おそらく、『一回やったなら何回やっても同じ理論』から来るものなのだろうが、これに慣れすぎてしまうと、そのうち何でもしてしまいそうで恐ろしい。
しかし、時すでに遅し。そうして互いに食べては食べさせ合ってを繰り返しているうちに、気づけば二人のカップは空になっていた。
とはいえ、朝はあんなに絶望的な表情を浮かべていた凜桜が、今ではこうも満足そうに笑っているのだから、このくらいで済むなら安いものだろう。あとは帰りに美卯へお土産を買うだけだ。
「あ、そうだ! このあと一緒にプリ撮ろうねー!」
……前言撤回。相手が凜桜なのだから、この程度で済むわけがなかった。
結局、最後にはゲームセンターへと引きずられ、狭い部屋で恥ずかしいポーズを取らされて。二人の初めてのデートは、無事に幕を閉じた。




