第11話 何事も 終わり良ければ 全て良し③
部屋から漏れ出ている陰鬱な空気を扉越しに感じながら、コンコン、と数回ノックしてみるも、案の定梛からの反応はない。まあ、普段から梛の返事を待たずに入っているので、返事の有無は大して意味をなさないのだが。
ふう、と覚悟を決めるように息を吐き、美卯は部屋の扉をゆっくりと開けた。
普段なら窓から目一杯の光が射し込んでいるであろう梛の部屋は、隙間が見当たらないほどカーテンで締め切られており、まるで梛の心境を表すかのように闇に閉ざされている。そんな薄暗い部屋のベッドの上で、梛は身体を丸め、全身を覆い隠すかのように掛け布団にくるまっていた。
表情を見ることもできなければ、当然その姿を見ることすらも叶わない。
何も見たくない。誰とも話したくない。誰とも会いたくない。そういった暗い感情がひしひしと伝わってきた。
とはいえ、このまま見て見ぬふりをして部屋から立ち去るわけにもいかない。そもそも二人は、ただ梛の様子を見にきたわけではなく、誤解を解くために来たのだ。
それさえできれば万事が万事……とはいかないものの、おおよその問題は解決するのだから、妙に優しくしたり気遣ったりするのではなく、いつものように梛へ接すればいい。美卯はベッドまで近づくと、声をかけることなく梛を覆っていた掛け布団をバッと取っ払った。
身を隠すものを奪われた梛は、怯えるように身体を震わせ、慌てて近くにあった枕を押し当てて顔を隠す。一瞬ではあるものの、目元が赤くなっているのが見えた。
まるで自分が虐めているような構図に嫌気が差しながらも、美卯はいつもの調子で言ってやる。
「お兄ちゃんは、ゴールデンウィーク中に何回お姉ちゃんを泣かせれば気が済むの? それともそういう趣味?」
「…………」
「寝てるふりとかしなくていいから。お姉ちゃんの前でそんなことしても、意味ないのはわかってるでしょ」
「…………嫌がってんのになんで無理やり連れてきてんだよ」
梛はちらりと凜桜を一瞥したのち、再度枕に顔を埋めた。やはり凜桜に嫌われたと勘違いしているらしい。
梛には申し訳ないのだが、ここまで盛大に勘違いをされると、誤解が解けたときに梛がいったいどんな反応をするのか、少し楽しみになってきた。
美卯は鼻で笑い、シリアスはもう終わりだとばかりに、あっさりと真実を告げてやる。
「そりゃあ、いるでしょ。お姉ちゃんに嫌われたと思ってること自体が、お兄ちゃんの勘違いなんだし」
「………………今なんて?」
「いや、だから。別にお姉ちゃんは、お兄ちゃんのこと嫌ってなんかないんだって」
恐る恐る枕から顔を覗かせる梛に、美卯はやれやれと肩をすくめ、改めて事のあらましを話す。
「あくまでお姉ちゃんは、ゴールデンウィーク最終日なのにもかかわらず、約束をすっぽかしてるお兄ちゃんに怒ってただけ。あと、綾芽さんとはちゃっかりデートしてたことに対してもね」
もっとも、後者については美卯が極めて個人的な理由で梛を唆したからであって、梛が自分の意思で行ったかと言われると怪しいところなのだが……まあ、面倒なことになっても困るので、ここでは黙っておくべきだろう。言わぬが花、というやつだ。
美卯は自身のことを棚に上げ、凜桜の擁護を続ける。
「そりゃあ、お姉ちゃんも怒るよね。約束を破られたどころか、他の人とはデートしてるんだから」
「……本当にごめん。全面的に俺が悪い」
「え、あ……うん……」
後者については梛に落ち度はないというのに、言い訳もせずこうも素直に謝られると、それはそれで罪悪感がすごい。梛の潔さに思わずたじろぎ、言葉が続かなかった。
「でもさ……」
「ん?」
「約束を忘れてた身で何言ってんだって話ではあるんだけどさ。……言ってくれればいい話なのに、無視までするか?」
「うん。それは私も思った」
何を言うかと思えば、至極もっともなことだった。美卯は激しく同意とばかりにこくこくと頷く。
「けどまあ、お姉ちゃんも反省してるみたいだし、許してあげて」
美卯がちらりと振り返りながら言うと、まるで叱られるのを恐れる子供のように、凜桜が美卯の背後からそーっと顔を覗かせた。
「な、梛……」
「ごめんな、姉貴。約束した以上、すっぽかすつもりは全くなかったんだけど……まあ、忘れてたとはいえ、結果的には同じだもんな。姉貴が怒るのも当然だよな」
「……ううん。おねーちゃんこそ……おねーちゃん、こそ……——」
と、そこでついに限界に達したらしい。もう我慢しなくていいと悟った凜桜は、せっかくの整った顔をもったいないくらいにくしゃくしゃにさせ、潤ませた瞳から濁流のように大粒の涙を溢れさせながら、梛の胸元へと飛び込んだ。
「梛ぃ……! こんな、おねーちゃんで……ごめんね……! もう絶対に、無視なんて、しないから……! もう、絶対……に! だから……おねーちゃんのこと、嫌いに、ならないでぇ……! 梛……梛ぃ……!」
凜桜は号哭しながら、ただひたすらに愛する者の名前を繰り返す。
そんな凜桜を、梛は心の底から安堵したような穏やかな表情を浮かべながら受け止め、そのまま無言で抱きしめた。
それが凜桜からの謝罪に対する答えか。はたまた、凜桜への謝罪の気持ちを表したものか。美卯にはちっともわからなかったが、少なくとも梛に抱きしめられている凜桜のことが、心の底から羨ましく感じた。




