第10話 こどもの日 主役となるは 菖蒲かな⑥
昼食を終え、食後にコーヒーブレイクを挟んだのち、梛たちは再びショッピングモールへと戻ってきていた。
まったく、女子高生というものはどうにもショッピングモールが好きらしい。まさか日に何度も同じ場所へ連れてこられるとは思ってもみなかった。
昼食後の眠気はカフェインでも拭い切れないようで、梛は綾芽に手を引かれながら、もう片方の手で漏れそうになったあくびを押さえた。
「……それで、次はどこに行くつもりなんですか?」
「いやー、それがまだどこに行くか決まってないんだよねー。だから今は、テキトーにぶらぶら歩いてるだけー」
「やることないなら解散でいいのでは?」
梛は己が美卯から課せられたミッションすらも忘れ、即座に帰宅を提案した。
しかし綾芽がそれを受け入れるわけもなく、ふるふると首を横に振る。
「いやいや。あくまでどこに行くかが決まってないだけで、ちゃんと目的はあるのだよ」
「目的…………何を企んでるんですか」
「何も企んでないってばー。初デート記念に、梛くんとお揃いのものを買いたいなーって思ってるだーけ!」
そう言って、綾芽は屈託のない笑みを浮かべながら、鼻をちょんとつついてきた。
妙にこそばゆいのを誤魔化すように、梛は綾芽へ半眼を向ける。
「お揃いって……まさか、またペアルックがどうとか言い出しませんよね? 絶対に着ませんよ」
「んー、お姉さん的にはもちろんしたいところではあるんだけど、梛くんに嫌われるようなことはしたくないからねー。な・の・で、梛くんから『したい』って言ってもらえるのを、お姉さんはお待ちしておりまーす!」
「多分、一生言うことはないので、待ってても時間の無駄ですよ」
梛が言うと、綾芽は「そんなこと言わないでよー!」と、不満そうに繋いだ手をぶんぶんと振った。
しかし、そう言われたところで、自らそんな恥ずかしいような真似をする度胸などあるわけがない。梛は肩をすくめるほかなかった。
「話を戻しますけど、まずはどんなものを買いたいか考えるべきでは? そうすれば、どこへ行くかも自ずと決まると思いますし」
「んー、そうだねぇ……。色んなところを見て、『これだ!』ってなったやつを買おうかなーって考えてたけど、それだとあっという間に日が暮れちゃうもんねー」
綾芽は「むむむ」と考え込むように唸ると、甘えるかのように腕を絡ませ、梛の肩へ寄りかかる。
「ねーねー、梛くんはどういうのがいいと思うー?」
「いや、俺に聞かれても……。こういうのは女子の方が詳しいんじゃないですか?」
「いやー、お姉さんもお揃いのものってあんまり買ったことがなくてさー。思いつくのが、お洋服かアクセサリーくらいなんだよねー。お洋服は梛くんが嫌らしいし……となると、アクセサリー……お揃いの指輪……——結婚指輪!?」
「却下」
名案を思いついたとばかりに声を上げる綾芽に、梛は即座に言って返した。
「なんで『アクセサリー=指輪』になるんですか。もっと他にもありますよね」
「えー、だって善は急げって言うでしょー? 梛くんとだって、いずれはそういう関係に……」
「なりません。一生ありえません」
梛がきっぱり言うと、綾芽は「ぶー」と唇を尖らせる。
「結婚指輪じゃなくてもいいからさー、お揃いの指輪つけよーよー」
「なんでそんなに指輪にこだわるんですか。アクセサリーなら他にも色々あるでしょうよ」
「だって、ピアスは耳に穴開けるの怖いしぃ……」
「……いやまあ、気持ちはわかりますけど」
綾芽の思わぬ反応に、梛は思わず苦笑した。
たしかに、耳たぶのような柔らかい場所とはいえ、自分の身体に穴を開けるというのは考えるだけでも恐ろしい。それに、一瞬とはいえ痛い思いをするのは誰だって嫌だろう。
「というか、指輪以前にアクセサリー自体つける機会がないですしね。腕時計ですら引き出しにしまったままですから」
「そういえば、梛くんってあんまりそういうのつけないよねー。……うん、それならアクセサリーもやめた方がいいかもね!」
「……いいんですか?」
「せっかくお揃いにするんだから、お互いに合うものじゃないと!」
あれだけ指輪にこだわっていたというのに、綾芽はあっさりと引き下がった。
綾芽はこんなにも相手のことを考えてくれているというのに、自分は出された案を片っ端から却下しているだけ。そう思うと、自分の心の狭さが少し嫌になった。
「……あの——」
ここは少しくらい譲歩するべきだろう。と、梛が断腸の思いで自分からペアルックを提案しようとしたところで、綾芽はぴたりと足を止めた。
「ねえねえ、あそこなら良いのが見つかるんじゃない?」
「え?」
梛は綾芽の指差した先へと視線を向ける。そこには、テナントの一角で落ち着いた雰囲気を漂わせている雑貨屋が佇んでいた。
外からでも、おしゃれな小物が所狭しと並んでいるのが見て取れる。綾芽の言う通り、ここでならお目当てのものも見つかりそうだった。
「たしかに良さそうですね。普段使いできそうなのも色々置いてありそうですし」
「でしょでしょ? それじゃあ早速行ってみよー!」
綾芽は「早く行こー!」と言わんばかりに歩調を早め、梛を引っ張るように店へと向かった。
店内は案の定というべきか、カップルや女性の買い物客などで賑わっていた。まあ、並んでいる商品がバスボムやアロマキャンドルをはじめとした女性向けのおしゃれな雑貨ばかりなのだから、それも当然と言えば当然なのだろう。
日頃こういった店に来ることのない梛は、まるで迷子の子供のように綾芽に手を引かれながら、店内をきょろきょろと見て回る。
「それで……何か気になるものはありましたか? お揃いどころか、誰かにプレゼントを贈ったことすらないので、どういうのがいいのか全然わからないんですよね」
と、その言葉を聞いた綾芽は急に立ち止まり、ぎぎぎ……と油の切れたロボットのようなぎこちない動きで、梛の方へ首を向けた。
「……え、凜桜にもプレゼントしたことないの? マジで?」
「……ないです。いやまあ、昔は花を買ったりしてはいたんですけどね。欲しいものを聞いてもまともに答えてくれないので、最近はケーキとかお菓子を買うくらいです……」
叱られている子供のように肩をすぼめながら、梛は気まずそうに答えた。
昔から両親に何が欲しいかを聞かれても、凜桜は依然として「梛と結婚したい!」の一点張り。欲しいものを聞かれているのに、願望を口にするのだから話にならない。
そのせいで、梛も何を贈ればいいのかわからず、毎年ケーキやお菓子を渡すくらいしかできなかった。
そして凜桜と同じように、美卯や楓にもプレゼントをしたことがない。結婚したいなどと言い出すわけではなく、二人はそもそも遠慮してしまうのだ。
何が欲しいか聞いても、返ってくるのは「別に気にしなくていいよ」の一言だけ。夕飯のリクエストを聞いて「何でもいい」と返されるくらい困る話で、最終的には美卯や楓にも無難にケーキやお菓子を贈ることがほとんどだった。
「なんだか、梛くんからお洋服もらったのが申し訳なくなってきたよ……。凜桜に怒られちゃわないかな?」
「怒るかどうかはともかくとして、絶対に拗ねますね。まあ、今度改めて欲しいものを聞いてみて、それで勘弁してもらうことにします……」
綾芽にだけ形に残るものをプレゼントするというのはいささか平等性に欠ける。それで凜桜が納得するはずもないので、いざとなれば一緒に買いに行くことも視野に入れるべきだろう。
「それはそうと、気になるものはあったんですか?」
「んー、気になるのは色々あったんだけど、お揃いってなると難しくてさー。マグカップとかお財布なんて良さそうだなーって思ったんだけど、新しく買っちゃうと今使ってるやつはどうするの? ってなっちゃってさー」
「あー、たしかにそれはわかりますね。まだ使えるのに捨てるのももったいないですし」
「でしょでしょ? そういうのは一緒に暮らし始めてから買うものだから、まだ早いと思うんだよねー」
「いや、それはわかりかねます」
なぜ一緒に暮らすことが前提になっているのか。綾芽の思考回路は、常人の梛には到底理解できなかった。
「でもまあ、梛くんのおうち用に、マイマグカップは欲しいよねー」
「相変わらず入り浸る気満々ですね……。客人用のがありますし、それで十分だと思うんですけど」
「いやいや! お姉さんはもう梛くんの家族みたいなものだから、お客さん用じゃなくて専用のを買わないと!」
「いや、だから…………もう勝手にしてください……」
これ以上何を言ったところで、綾芽が意見を曲げることはないだろう。梛は諦めて、最後まで綾芽のわがままに付き合うことにした。




