第10話 こどもの日 主役となるは 菖蒲かな④
「綾芽さん。本当にすみませんでした……」
店で買い物を終えたあとのベンチでの休憩中。梛は隣に座る綾芽に深々と頭を下げていた。
誕生日という、年に一度のめでたい日だというのに、意図しない梛の一撃で、綾芽の心を傷つけてしまった。
さすがの梛も、今回ばかりは全面的に自分が悪いと理解している。誰だって太ってるなんて思われたら嫌だろうし、それが女性なら尚更だ。
お詫びも兼ねて、サイズの合う同じ服を誕生日プレゼントとして贈ったものの、それでも気まずいのには変わらない。
——などと、いつまでもうじうじと気にしているのは梛だけだった。
当の綾芽は、もう過ぎたことだというようにけろりとした様子で、服の入った紙袋を嬉しそうに抱きしめている。あまりにも立ち直りが早すぎて、試着室で見せたあの落ち込んだ姿すら演技だったのではないかと思えてしまうほどだった。
「ねえ、梛くん。そんなに気にしなくてもだいじょーぶ! せっかくのデートなんだから、いつまでも落ち込んでちゃダメだぞっ!」
「いや、大丈夫って……綾芽さんもすごく不安そうだったじゃないですか」
「そりゃあ、好きな人に太ってるなんて思われたら、お姉さん、ショックで死んじゃうよ! でも、違うんでしょ? なら良し!」
「……まあ、大丈夫なら良かっ…………ん?」
励ましてくる綾芽の言葉に違和感を覚え、梛は首を傾げた。こめかみに手を当てながら、聞き流しかけたその言葉を復唱する。
「…………好きな、人? 俺が……綾芽さんの?」
「あ、もちろん、『LIKE』じゃなくて『LOVE』の意味だからね! まあ、その辺は言わなくてもわかってるよねー」
「……いや、全然わかってませんでした。というか、初耳ですよ。……え、正気ですか?」
梛が困惑したように言うと、綾芽は予想外の反応だというように目をぱちくりさせ、気まずそうに頬を搔いた。
「ありゃ? お姉さん、言ってなかったっけ? でも、結構アピールしてたと思うんだけどなー。道理で梛くんが冷たいわけだよー」
「多分、言われても言われてなくても、綾芽さんに対する接し方は変わっていないと思いますよ」
好き好き言って引っ付いてくる凜桜相手にも、梛は変わらぬ態度を貫いている。おそらく、ちゃんと告白されていたとしても、今まで通り接していたはずだ。
とはいえ、動揺はしている。
何とか平静を装ってはいるものの、面と向かって「好き」と言われて、動揺しない方がおかしい。梛の心臓は、急に抱きつかれたときのように、忙しなく鼓動を刻んでいた。
そんな梛に追い打ちをかけるように、綾芽は「ごほんごほん」とわざとらしく咳払いをして言ってくる。
「それじゃあ改めて——お姉さんは梛くんのことが好きです! 大好きです!! 結婚しよう!!!」
「……告白すっ飛ばしてプロポーズするのが流行ってるんですか?」
「じゃあ、付き合ってください!」
「『じゃあ』って何ですか、『じゃあ』って」
いつもと変わらぬ綾芽のおかげで、梛は次第に落ち着きを取り戻してきた。呆れたように言って返す。
「……まあ、好いてくれるのはありがたいんですけど、誰とも付き合うつもりも結婚するつもりもないので、告白でもプロポーズでも、この際どっちでもいいですよ」
「おー、さすがは梛くん。一筋縄では行かないねー。でも、だいじょーぶ! 今は応えてくれなくても、いつかは梛くんのことを振り向かせてみせるから!」
綾芽は「うんしょっ」と跳ねるように立ち上がると、両手で梛の手を掴み、そのままぐいっと引っ張って立たせた。
「まずは今日のデートを楽しもー! さてさて、お次はトルソーを買いに行っきまーす!」
「……トルソー? 何でそんなもの……」
梛が当然の疑問を口にすると、綾芽もまた当然だというふうに言ってくる。
「だって、梛くんからの初めてのプレゼントだよ? 大事に飾らないと! ……って、あれ? でも、このデートもプレゼントの代わりだから……初めてじゃなくて二つ目?」
「まとめて一つ目でいいんじゃないですか? あと、飾るくらいなら普通に着てくださいよ。そのために選んだんですから」
そもそもトルソーなんて、こんなショッピングモールで売っているようなものではない。ネット通販か大型の服飾雑貨店でもない限り、取り扱ってすらいないだろう。というか、仮に売っていたとして、あんな大きなものをどうやって持ち帰るつもりなのか。
「……たしかにそうだね。次の梛くんとのデートで着なきゃだもんね!」
「いや、これが最初で最後ですよ」
「もー、そんなこと言わないでさー、お姉さんともっとデート行こーぜー。みんなと一緒でも良いからさー」
「それはもうデートって言わないのでは……?」
腕を絡めて横に揺すぶりながら、支離滅裂なことを口にする綾芽に、梛は呆れて正論で返す。
まあ、本人がそれでいいなら、たまにくらいなら出かけてもいいだろう。それが半年に一度か、はたまた一年に一度かは知らないが。
「それより、そろそろお昼にしましょうよ。もう結構いい時間じゃないですか?」
梛はふと立ち止まり、モール内のカフェにかけられた時計へ目を向けた。
ショッピングモールに来てからおよそ一時間が経過し、時刻は十二時を回っている。太陽も真上近くで燦々と輝いている頃合だ。
「おっと、もうそんな時間か! いやー、梛くんと過ごしてると、楽しくてつい時間を忘れちゃうねー」
「そういうのって、普通は帰り際に言うものじゃないんですかね……」
「まあまあ、細かいことは置いといて! 梛くんの言う通り、お昼ご飯にしましょー!」
綾芽は再び梛の手を引き、ショッピングモールの外へと出て行く。
てっきり、フードコートで適当に済ませると思っていたのだが、どうやら違うらしい。財布の危機を察し、梛は頬に汗をひとすじ垂らした。
「……もしかして、コースメニューとかあるようなお高いところに行くつもりですか?」
「ノンノン。これから向かうのは、安くて美味しいデートの定番——ファミレスだよ!」
不安そうな梛に、綾芽は得意げに胸を張って言う。
「定番……なんですかね?」
「ありゃ? ラブコメだと、主人公とヒロインがデートでファミレスに訪れる……ってあるあるじゃない?」
「あー、たしかにそういうシーンはよくありますね」
「でしょー? それとも、梛くん的にはお高いお店の方が良かった?」
「いえ、安いに越したことはありませんよ。ただ、今日は綾芽さんの誕生日ですから。どこで食べるにせよ、こっちが払うつもりだったので、手持ちで足りるか不安になっただけです」
梛が安堵したように言うと、綾芽は小馬鹿にするように肩をすくめてみせた。
「もー、嫌だなあ、梛くんってば。いくら誕生日とはいえ、梛くんに全部出させるわけがないじゃーん。仮に梛くんの想像しているようなお高ーいお店に行くとしても、しっかり半分ずつ! そうすれば、梛くんとデートできる回数も倍増ってわーけ!」
言って、綾芽はふふんと自慢げに鼻を鳴らす。
「ファミレスみたいなお安いお店なら尚のこと! そこからさらに二倍、三倍……ってな感じで、デートできる回数がどんどん増えていくんだよ! ま、『懐が寂しいよー!』ってときは、おうちデートをすればいいんだけどねー」
「そもそも、今後もデートするなんて一言も言ってませんよ」
「お姉さんは諦めないよー? たとえ何十年待つことになっても、梛くんとデートしてみせる!」
「俺はなかなか予約の取れないレストランか何かですか……」
あまりの執念に、梛は思わず苦笑を漏らした。おそらく今日を皮切りに、これからも幾度となくデートへ誘われることになるのだろう。




