第8話 火の用心 阿呆が一人 火事の元④
外に出た梛の目に最初に飛び込んできたのは、バーベキューコンロやアルミテーブルなどのアウトドア用品、そして――先程秋穂にひったくられたゴミ袋だった。
やはり燃やそうとしていたのだろう。ガスバーナーも近くに置いてあった。
「危なすぎんだろ……」
大丈夫だとは思うが、何かの拍子にゴミ袋へ引火でもすれば、ログハウスどころか周囲の森まで焼き尽くす大火災になりかねない。
梛は凜桜に引っ付かれているとは思えない速度で動き、ゴミ袋をウッドデッキの端の方へ追いやり、ガスバーナーをバーベキューコンロのそばへと移動させた。
ひとまず安心……ではあるが、秋穂には火の危険性について、今一度小学生でもわかるように詳しく教え直す必要がありそうだ。
「……てか、よくあれで教師になれたな」
やはり教員不足の問題は深刻らしい。日本の未来はお先真っ暗だった。
「おまたせー!」
と、梛が秋穂と今後の日本に憂いていると、楓たちが食材を持って現れた。
テーブルに置かれたトレーの上には、定番の串焼きをはじめ、焼き鳥やウインナーを始めとする肉類、とうもろこしや玉ねぎといった野菜類が山のように積まれていた。
もちろん、秋穂と雛菊は両腕でビール缶を抱えている。ついさっきまで二日酔いで死んでいたとは思えないほど、なんとも生き生きとした表情だった。
対して楓は、少し不安げな顔を覗かせる。
「用意してから気づいたんだけど、意外と量が多くて……。食べ切れるかな?」
「まあ、なんとかなるんじゃないか? 朝飯食べてないのが三人もいるんだしな」
言いながら梛は、抱きついたままの凜桜と、その向こうでバーベキューコンロの準備をしている秋穂たちを見やる。
秋穂がガスバーナーに触れていて一瞬ひやりとしたが、雛菊の指示通りには動いていたので、多分大丈夫……なはずだ。
「そうそう。最悪、残ってもお兄ちゃんの口に全部突っ込めばいいしね」
「いや、やるなら俺じゃなくて笹塚先生たちにやってくれ」
「なんでそうなるんだ」
なんとも醜い押し付け合いに巻き込まれ、秋穂が炭に着火しながら半眼を向けてくる。
しかしそれも一瞬で、「危ないから目を逸らしてはダメだよ」と雛菊に注意され、すぐさまコンロに向き直った。
「まったく……彩峰のせいで怒られてしまったじゃないか」
「笹塚先生が目を離すからいけないんですよ……」
コンロをじっと見つめたまま、背中越しに文句を言ってくる秋穂に、梛は苦笑を漏らす。危なっかしくはあるものの、雛菊が一緒にいる限り火災の心配はなさそうだった。
「まあ、余ったら余ったで、そのとき考えればいいんじゃない? 無理に食べなくても、ピザの具材に回すなり、持ち帰るなりすればいいでしょ」
「だな。……と言っても、ビールとの比率を考えると残らないような気もするけどな」
テーブルの上にずらりと並べられたビール缶を見て、梛は呆れたように笑う。
昨日の夜だって、お酒とおつまみを交互に飲み食いして、買ったものを一晩で全て平らげていたのだ。それと同じ要領で、今回もあっという間になくなるだろう。
もっとも、その理論だと今日も昨日のような醜態を晒すことになるのだが。
「……っと、そうだそうだ。彩峰、燻製の用意を頼めるか?」
と、秋穂が思い出したように顔を上げ、振り返って言ってくる。雛菊に注意されていないあたり、どうやら着火はできたようだ。
「…………あー、そういえば買ってましたね」
「なんだ、今の間は。さては、忘れてたな? 昨日から楽しみにしてたんだから、しっかりしてくれ」
忘れていたと白状するような反応を見せる梛に、秋穂はずいっと詰め寄り、肩をがしっと掴む。
「期待してるからな?」
「いや、そんなに期待されても、俺は燻製器を用意するだけですから……」
昨日のうちに楓が食材の下準備まで済ませてくれたので、残す作業は燻すのみ。梛の仕事は、せいぜい燻製器を組み立てるくらいのものだった。
一生のお願いを持ち出してまで代わりに全てこなしてくれた楓には本当に頭が上がらない。
「今用意するんで、笹塚先生は大人しく酒でも飲んでてください」
いまだ離れようとしない凜桜を引きずりながら、室内から燻製器を回収して戻ると、楓たちが肉や野菜を焼いている後ろで、テキパキと組み立てていく。ダンボールに棒を刺して、そこに網を乗せるだけなので、そう時間はかからなかった。
あとは食材を網に並べ、スモークウッドに火をつけるだけ。そんなところへ、ガスバーナーを片手にした秋穂が、隣にしゃがみこんできた。
「どれ、私が火をつけて」
「いや、いいです。遠慮します。させてください」
梛が若干食い気味に申し出を断ると、秋穂は釈然としないといった表情を浮かべる。
「……そんなに不安か」
「そりゃあ、ゴミ袋を燃やそうとして、雛菊さんに見張られるくらいには心配されてて。不安な要素しかないですよ」
「そんなに心配なら、君が見張っていればいいだろう」
秋穂は梛をぐいと押し退けて燻製器の真ん前に来ると、ガスバーナーでスモークウッドを炙り出した。
五分後。黒くなった木材から、まるで大量の線香を一度に焚いたかのように、もくもくと煙が立ち上る。
燻製特有の香ばしい匂いが、ふわりと梛の鼻をくすぐった。
初心者におすすめとされていたクルミのスモークウッドを選んだのだが、そもそもクルミの匂い自体嗅いだことがないので、それが本当にそうなのかはわからなかった。
ある程度匂いを堪能したのち、スモークウッドが乗せられた受け皿を燻製器の中に手早くしまう。
あとは待つだけで、中の食材たちが燻されて完成するというわけだ。あまりにも簡単すぎる。
「どのくらい待つんだ?」
「たしか……一、二時間くらいですね」
瞬間、秋穂は絶望にも似た表情を浮かべた。
「……そんなに待つのか?」
「らしいですね。まあ、ゆっくりバーベキューの方を楽しんでれば、いつの間にかできてますから」
「そうだな。……うん、そうだよな」
よほど楽しみにしていたのだろう。反応が全てを物語っていた。
そんなしおれた様子の秋穂を見て、雛菊は苦笑しながらビール缶を差し出す。
「少年の言う通りさ。果報は寝て待てというだろう? 食べながら飲みながら、気長に待つとしようじゃないか」
「……まあ、こうして燻製器の前で待ってても仕方ないしな。まずは余興を楽しむとするか……!」
秋穂は立ち上がってビール缶を受け取ると、すぐさま開けて、ごくごくと飲み始める。
その飲みっぷりと風景が相まって、さながらビールのコマーシャルを想起させた。
そうして一本まるまる飲み干す頃には、すっかりいつもの調子に戻っていた。なんとも単純な性格である。
「……なあ、彩峰。今、私のことを単純なやつだとか考えなかったか?」
「…………なんのことですかね」
心の内を読まれ、梛はとぼけるようにそっぽを向いた。
しかし、秋穂もしつこい。逃がすまいとばかりに、梛の首へ腕を回す。
「いーや。絶対思ってただろ。私の目は誤魔化せんぞ」
「ちょっ……酒臭いですって……!」
「おいおい、女性に向かって臭いはないんじゃないかあ?」
言いながら秋穂は、反対側の凜桜と同じようにぐいぐいと身体を押し付けてくる。まだ一本しか飲んでいないのに、まるで酔っ払っているような絡み方だった。
そんな秋穂のダル絡みを皮切りに、その場の流れに身を任せる形でバーベキューは始まった。
高校生組がファミレス感覚でだべりながら食べる一方で、大人組は宴会気分で豪快に飲み食いする。このあと夜にもあるからか、昨日の夜よりは控えめだった……気がした。
とはいえ、かなりの量は飲んでいる。燻製が出来上がる頃には秋穂も完全に出来上がっていた。
燻製卵やチーズ、ベーコンなど色々食べはしたのだが、酒のせいでその辺りの記憶もすっかり飛んでしまったらしい。
酔いが覚めた頃に「また作ってくれ」とねだられることになったのだが、それはまた別の話である。




