8:思惑
部屋の窓から覗く景色に、馬車の姿が遠のいていく。
リュネット・サルペントと接触を図り、数時間後。
彼女の馬車を見つめながら、クルード・フォン・プレニウスは腕を組み黙りこくっていた。
──「手を貸してくれないだろうか?」
そう述べたクルードに、リュネットの返事は、決して、乗り気でも抵抗でもなく、どこか値踏みし警戒を滲ませたものだった。
内心、(それはそうだろうな)と納得するものの、しかし、
(……久しく見ないうちに変わったものだ)
胸の内で呟くクルード。
彼の脳裏に蘇るのは幼き頃。
サルペント男爵に連れられ朗らかに笑う少女の彼女だ。
元より聡い娘ではあったが、ああも……
──と。
よぎる過去と今の彼女に、思わず右手で口元を隠すクルードに、後ろから。
ショーンの遠慮がちな声が響いた。
「……クルード様……本当に、彼女を信じてよいのですか?」
問われ振り返る。
壁を飾る、歴代のプレニウス家当主の肖像画が威厳と風格を放つ中、ショーンは不安そうだ。
大方、リュネットの受け答えに恐れ慄いたのだろうが……
クルードは金の髪束を揺らし問いかける。
「……ショーン。おまえにはどう映った」
「あの目の奥に潜むもの……底知れない思惑を感じて……ワタシには、恐ろしく映りました」
「ああ、そうだな」
予想通りの受け答えに、ひとつ相槌。
そして、彼は青の瞳を怪訝に細め呟く。
「……昔はあれほど牙を秘めた娘ではなかったのだが」
「昔は昔です、クルード様」
「ショーン。おまえの言いたいことはわかる」
あくまで警鐘を鳴らすショーンに、クルードは見をただして頷いた。
ショーンは優秀な側近であり、何よりもクルードの身を案じているのだ。彼の生い立ちを考えれば、その想いは手に取るようにわかる。
──しかし。
それを振り切るように、クルードはひとつ。
カツンと踵を鳴らすと、腕を組み、その表情に難色を示し口を開くと、
「我がプレニウスは代々、王家よりこの土地を治める使命を賜っている。私怨に動くべきではない……それも分かってはいる」
固い口調で言う。
決意は揺るがぬと示すように。
「しかし我々には彼女の力が必要だ。ダルネスの周囲に蠢く謀略……これが事実なら、叩かねばならない」
述べ、過ぎるは「密告」。
ダルネス子爵に纏わる黒い噂。
どぐん……っと胃の奥が蠢く感覚に襲われた瞬間、ふと、クルードの目に飛び込んできたのは、テーブルの下の白い布。
リュネットが掛けていたソファーの足元のそれに気がついて、ゆっくりと足を進めるクルードに、ショーンの戸惑いの声は続くのである。
「ですがクルード様、その……」
「随分と歯切れが悪い。どうした」
「リュネット様に手の内を明かすことになります。あんな壊れかけの笑顔を作る女に、協力要請など……!」
「ショーン」
牽制の音が飛んだ。
ショーンの言い分はわかるが、クルードはやや腹を立てていた。
指の先で絹のハンカチを拾い上げ、丁寧に汚れを払うと、クルードは彼に顔を向け述べる。
「……壊れかけの笑顔、か。おまえにはあれがそのように見えたのか」
確かに作りこまれたエガオだった。
語る彼女の『本音』も、狂気に感じるのも仕方ない。
しかし、貴族というのはそういうものだ。
クルードには到底真似できぬ芸当だが、笑顔で、虚像、渡り歩かねばならない魔窟の世界……。
それを知り得るクルードは言う。
ある程度の確信を持って。
「リュネット殿は壊れてなどいない。
あれは、壊れた人間の目ではない。
彼女は恐ろしく用意周到に状況を作り上げている」
流れてくる悲壮めいた状態に怪訝を抱いたが、あの女……
「……『人は哀れなモノに心を寄せる』、はは、名言だ! それで掌握しているのなら大したものだ」
愉快を宿してもう一度、クルードはニヤリと口元を緩め笑う。
しかし、横目で捉えたショーンは未だ、不安そうだ。
その瞳に込められた想いと、互いの奥底に茹だる復讐心を決意の笑みに宿して。クルードは手元のハンカチに目を落とし、言う。
「……案ずるな。全てを信じはしない。まずは見極める」
リュネットが彼らにとって、欲しい逸材であることは間違いない。
夫のダルネスにも元より愛情はなかったようだがしかし、奴の嫁であることは変わりない。
「……同志か、駒か」
右手のハンカチに、彼女を映して。
呟くクルードは、その、どちらでもない選択肢がよぎる自分に、口を閉ざした。
彼女の目には、理屈では割り切れない力がある。
彼女の雰囲気には、男でさえ躊躇う覇気がある。
────そして……
「……」
クルードは、絹のハンカチを折りたたみ、懐にしまい込みながら、口の中で呟く。
「……しかし、あの女……愚図の女にしておくのは惜しい……」
呟く彼の鼻腔に、ハンカチから香るほのかな匂いが広がった。
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一方、リュネットの馬車の中も静まり返っていた。
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ショーン(17):クルードの付き人
得意:火起こし
ネネ(19):リュネットの侍女
得意:魔法遊び
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