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59:オルセリアの静謐 





 聖堂の内部に足を踏み入れると、そこは荘厳な世界が広がっていた。

 高くそびえる天井。七色の光を放つステンドグラス。

 壁面にはカルデウス神にまつわる物語が彫刻され、床には複雑な神聖紋様が刻まれていた。



 …………はう…………

 その神聖さに、リュネットは感嘆の息を漏らしていた。


 

 ……美しいわ……、まるでこの世界ではないみたい……



 空間全体が神聖な力によって満たされているかのようで、心が洗われる。

 うっとりと圧倒されるリュネットを尻目に、アナンはゆったりとした歩調で進みながら語りだした。



 「ここ、オルセリアは“水の都”とも呼ばれています。豊穣の源である『静謐の滝』と『聖女の泉』によって、数百年もの間、この大地は潤されてきました。」



 歩みと共に流れる聖堂の回廊は美しい。

 壁面には、滝や泉を模した美しい浮彫が並んでいて、目に飽きない。

 ──が、しかし、リュネットは慌てて我に返った。

 このままでは、何もわからないまま奥へ連れていかれてしまう。


 ────聞かねばならない。

 

 前を行くアナンに、彼女は少々、緊張を宿して声をかける。



「あの、少々お伺いしても?」

「はい、どうぞ」


「聖女選別への選考は、どのように行ったのですか?」

「神の意向です」


 ……神の意向……、随分と便利な言葉だ。

 リュネットは、少々怒りを込めて言い返す。


「わたくしは17です。年齢制限に即しておりません」

「──ああ、あれは形式上です。ただの慣例にすぎません」

「と、仰いますと……?」


 

 言われて眉を寄せた。

 どうにも都合が良すぎる。アナンという神官の言葉に信憑性がない。

 そんな気配を察したのか、アナンは軽く振り向くと、くすりと小さく笑い、問いかけるように手を挙げ述べるのである。



「《年齢》とはなんでしょう? 同じ年月を重ねていれば、同じ人格ができあがるのでしょうか?」


 

 突然、なにを?

 リュネットはそう思ったが、黙して聞きに徹した。



「同じ素養の個体ができあがるのでしょうか。違いますね? 同じ年月を重ねていても、稚拙なものも居れば優秀なものも居ます。聖女の器にふさわしい人も、そうでない人も」


 述べていることはわかる。

 しかし、少しはぐらかされているようにも感じ、リュネットが険しい視線を向けた先。アナンは踵を揃え、くるりと振り向くと、両手を後ろに組み、




「リュネット・サルペント候補。あなたはその『器に相応しいと選出された』、それだけのことですよ」



 ……その声は、妙に聖堂の廊下に響いて、リュネットの懸念を柔らかに刺激した。


 それで納得できるわけではなかった。



「いまいち納得できていないようですね。貴女は覚悟を以ってここまで来られたのでは?」

「──覚悟はあります。けれど、不透明な選出に納得はしていません」

「ほう?」


「聖女の役割も、使命も、わたくしは何も聞かされておりません。ご説明いただけますでしょうか?」

「ええ。もちろん。意外にせっかちなんですねぇ。驚きました」



 ……なんなのかしら。この人……

 楽しむような態度に、少しばかりの不快が沸く。

 けれど、今この状況で、下手に怪しんだりすることは悪手だ。


 アナンは続ける。


「──聖女の役割を説明する前に、まずは、聖なる水源・『静謐の滝』について話す必要があります」

「……静謐の滝」


「ええ。太古の昔、静謐の滝は“暴れ滝”でした。オルヴィ山から流れ出る濁流は、下流の村々を何度も襲い、壊滅に追いやったのです。 しかしある時、村人たちは川の源流に滝があることに気づきました。そして、滝に宿る神の怒りを鎮めるため、滝を奉り、ここに街を築いたのです。以来、滝は静けさを取り戻し、豊かな水と恵みをもたらしてくれる存在となりました」



 こつ・こつ。

 沈黙を埋めるように響くアナンの足音が、いやに大きく聞こえ、リュネットは息をつめた。そんなリュネットに、アナンは淡々と、しかし愉快そうに語るのである。



「以来、滝を穏やかに保つことそのものが、我がオルド大陸の「治水」となりました。静謐の滝が穏やかであり続けるよう、匿い護ることが、この聖堂の役目。そして、聖女に選ばれた者には、その滝と泉を守り、大地の調和を司る役割が課されるのです」



 ──聞いて、心がぐらついた。

 自分が背負うものの大きさに慄く。

 そんな意識は、自然とリュネットの口から戸惑いとなってこぼれ出る。


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