57:ざまあざまぁ、はい、バカ~~~、今どんな気持ち? ねえどんな気持ち?
「何言ってるんだ、追いかけるぞ」
「え?」
当たり前、と言わんばかりのショーンに、勢いよく問いかえした。
さらっとしれっとそう言うが、そんなの計算に入っていない。
追いかけるって、追いかける?
今から?
え? 空耳?
追いかけるって、馬で? え? 馬で??
混乱しながら、つぅ……と汗を垂らすネネに、ショーンは無慈悲に言うのである。
「追いかけるって言ったんだよ。主のそばにいるのが付き人の役目だろ。ほら、急げ。追いつけなくなるぞ」
「…………ぇ」
無理である。
言いたいことは解るが、無理だ。
ネネは馬に慣れていない。
馬車でも揺れが激しく長時間乗っていると疲れてしまうというのに、上下の揺れが激しい馬に乗って追いかける──など、全身の筋肉がやられてしまう。
(──あ、あれは普段鍛錬してるひとだから乗れるもので、普段筋肉使ってないと無理なんだけど……!? そ、それに……っ!)
内心動揺しながら、ひとつ。
せっせと支度するショーンに、ネネは、覚悟を決めて声をかける。
「……しょーん? え~~~っと、あの~~~、ね?」
「なに」
「ショーン。ごめんだけど」
「なんだよ、どうした? まさかここで『退職する』とか言わないよな?」
「……たてない……」
「はっ?」
ぽそっと役立たず申告した。
ショーンの声が裏返ったが、そんなもんは気にしない。
あれだけの術を使って悠々と立っていられるほど、普段から魔法を使っていないのだ。技術として覚えてはいるが、体が着いていかないというやつである。
それを伝えるべく、彼女は、降り注ぐ懸念の視線(槍)を受けつつも、こりこりと頬を掻き、
「だから「立てない」。アナタとアタシ、二人も変身させたアタシの体、今、動かない」
「…………」
落ちる沈黙。
落ちる視線。
ショーンの言いようのない沈黙と、ネネのどうしようもない現実が交錯して──
…………はぁっ。
次に響いたのは、ショーンの溜息と、ガリガリと後ろ頭を掻く音だった。
ショーンはため息をつきながら、流れるようにしゃがみ込むと、顔に全力の「仕方ないな」を浮かべ、
「……仕方ない、おぶってやる。ほら、立て」
言いながら背を向け、ノールックで腕だけを引く。
──ぐっ。
腕だけを引く。動かない。
ぐっ! ぐぐっ!
腕だけを引く。ネネはちっとも動かない。
「……おい。せめておんぶされる気になれよ。ほら、引っ張ってやるから、立って」
「いやあのだから、えーと、だからね? あのえと、あの、えーと」
「……………………………………………………ってまさか腰も上がらないのか!?」
「上がるわけない~~~~! 口しか動かない~~!」
勢いよく振り向いて。
思いっきり言い放ったショーンの驚きを纏った抗議は、ネネの泣き言が混じった悲鳴と共に、森に響き渡ったのであった。
:
■
:
水の都・オルセリア。
小高い山をそのまま掘削し発展したような造りの街に、その聖堂はある。
セラフィア大聖堂。
別名・水と静寂の神殿とも呼ばれ、水源・静謐の滝を背後に抱えている。その出で立ちはまさに「圧巻」の一言であり、民々のシンボルとして、奉られている。
セラフィア大聖堂を前にして、リュネット・クルードの二人はその扉の大きさに言葉を失っていた。
聖堂の大扉は、重々しい静寂と共に立ちはだかっていた。
複雑な紋様が施された扉には、滝のように光が垂れ下がり、どこからともなく聞こえる水音が厳かな響きを加える。その場に佇むだけで、リュネットは目に見えない圧力が胸を締めつけるのを感じていた。
──ここが、聖女選別の場……
息を詰めたままそっと目を閉じ、瞼の裏に滲む光の残像を頼りに気持ちを整える。だが、心の中に広がる不安は、容易に消えることはなかった。
「ようこそ、リュネット・サルペント聖女候補」
静かに空いた扉の向こう側。
冷ややかな響きを持つ澄んだ声が、静寂を切り裂いた。
開けた先、立っていたのはひとりの女性。
銀色の瞳が厳かにリュネットを見つめている。
「私はアナン。本日は神託に定め、貴女をお迎えいたしました」
その名を聞いた瞬間、リュネットの肩が僅かに震えた。
アナンの放つ雰囲気か、それとも聖堂内部に気圧されたのか。どちらかは解らないが、緊張に呑まれ息を呑んだ。
しかし、直後に肩を支えられた感触に目を上げる。
隣に控えるクルードに守られたのだ。
そこから感じる庇護の気持ち。
すぅ……と息を吸い込んだその時。
「聖女候補リュネット──前へ」
言われ、リュネットは反射的にクルードを振り返った。
進むと決めたはずなのに、胸に舞い上がったのは一抹の不安。
この先は彼と共に行けるのだろうか。
そう迷い走らせる瞳に、彼の力強い相槌が返ってくる。
それは『案ずるな、傍にいる』と語り掛けており──リュネットがほっと息をなでおろした時。
「クルード・フォン・プレニウス。貴方は、ここから先はご遠慮ください」
アナンの制する声が、固く冷淡に場に響いた。
「なぜだ」
「愚問ですね。ここから先は聖女候補だけの道です」
瞬間、クルードが苛立ったのが分かった。
アナンの言うことは間違っていないが、ここで別れるのは正直、後ろ髪を引かれる思いだ。『独り』という事実に不安を浮かべ振り向くリュネットに、クルードの眼差しが返っていく。
紺碧の瞳に迷いを乗せて、こちらを心配するように見つめる彼は、一瞬。
何かを飲み込むように息を止めると、優しい眼差しで口を開く。
「……わかった。リュネット、無理はするな」
「…………はい」
彼の言葉を胸に、リュネットは深く頷き踏み出した。
途端、重い音を立てて締まりゆく扉。
彼の姿が消えていく。
──その、不安ともどかしさを堪え潰したような表情が、リュネットの胸を打つ。
……わたくしも寂しいです、不安です、クルード様。
けれどこれは、神の信託。
わたくしは行って参ります。
待っていてください……!
愛しい人を扉の向こうに、リュネットは聖堂奥に足を踏み入れるのであった。




