55:どーせアンタもそんな澄ました顔の腹してるけど腹んなかではいい気味だと思ってんでしょ!? ほら、笑いなさいよ! 『いい気味ー! ざまぁ~!!』って醜く笑いなさいよ!
グレマーヴの橋の上。
男たちの怒号が響き渡る。
「引き込め!もっとだ!」
低く鋭い声が場を制した。
冷たい風の中、プレニウスの騎士・ダレム・エストランは眉ひとつ動かさず、橋に向かって押し寄せる盗賊団を見据えていた。
密告通りだ。
賊はクルード……いや、リュネットの不在を狙い、彼らに化けて悪事を働くつもりだ。密偵の報告によれば、奴らの最後尾には「リュネット」の姿があったとのこと。
おそらく相手の魔術師が、変容の術で化けているのだ。
これも、クルードの見立て通り。奴らはリュネットの姿で暴れ、彼女の信頼を失墜させるつもりである。
それらを踏まえて、ダレムは兵にもう一度、声を放った。
「──引き込め! 全軍、後退しろ! 隊形を崩すな!」
あくまで冷静な撤退に見えるそれは、クルードが授けた策の一端だ。
「橋に引き込む。敵の退路は確保するな!」
グレマーヴの橋の上。
凌げと檄を飛ばすプレニウス軍とは反対に、橋に押し寄せるのは賊どもだ。
奴らは勝利を目前にした興奮から、足音も荒く乱雑に石畳を踏み鳴らしていた。
武器を振り上げ、戦意を示す叫び声が響き渡る。
「抜けるぞ! 一気に突破だ!」
「けへへへへへへ腰抜けどもが!! 宝も食いもんもいただいて行くぜぇ!」
賊たちは有頂天だった。
攻略が難しいと言われていたプレニウス軍だが、攻め入る我らに退くばかり。現にここまでほとんど犠牲を出していない。街を蹂躙し、『リュネット』が高らかに笑うまで、そう時間はかからないだろう。
──今夜は祭りだ!
誰しもがそれを確信し、橋の中程まで達した頃。
混沌とした隊列の中央にいた盗賊団の団長は顔をゆがめて笑った。
「この腰抜けどもが! おらおらおらぁ、街はすぐそこだぞ、ぐははは!」
賊たちの怒声と笑いが橋上を支配する。だが、その歓喜は長く続かなかった。
「おい、待て……なんだ、あれは……?」
始まりは動揺の声。
賊長が訝し気に見渡せば、次の声はどこからともなく湧き出した。
「待て!……後ろだ……!」
「──後ろだと!?」
後衛の一人が、まるで凍りついたように震える声で叫んだ。
視線を向けた賊たちの背後。橋の向こうから、静かに現れたそれは……プレニウス軍の本隊だ。
「バカなッ! 挟撃だと……!?」
誰かが驚愕の声を上げる。
その焦りは瞬く間に部隊全体に広がった。
罠だ。罠だった!
プレニウスは腰抜けだって聞いてたのになぜ!?
ビビりくそ軍隊じゃなかったのか!
誰だ!
こんな街簡単だとか言った奴は!
いやそれよりなにより、隊の中心にいる影はなんだ!
なぜクルードとリュネットがなぜここにいる!?
「やつらはオルセリアに向かってるはず……!」
呟いた声はひどく乾いていた。
副団長の頭の中、思考が渦を巻く。
なぜ、どうして本人がここにいる、奴らは間違いなく朝方出たはずだ、それを狙ったのにどうして、いや待て、今の状態を考えろ、──ここは──橋の上だ!
グレマーヴの橋の上。
前にも後ろにも進めず、もはや身動きの取れない状態であることに、彼らが気付いた時。敵陣から、クルード・フォン・プレニウスの号令は、絶望の怒号となって場に響いた。
「────落とせ!」
ズゥゥゥン……! ごごごごご……──ガッ!
ごどごどごど、ドゴァッ!
「「うううわあああああ!?」」
『クルード』の勇ましい声が響いたと同時。
足元が目映く光り、ほどなく響いた不気味な地鳴り。
視界が一瞬で反転する。
足元が消えた。
身体が浮いた。
落ちる──!!
ゴシャアアァァァン!!
水に沈みながら、彼らは理解した。
──ああ、奴らは最初から、橋を落とし俺らを一網打尽にするつもりだったのだと。
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一連の首謀者はやはり、ナルシア・ド・ローズだった。




