53:尊大な邪魔者
「ショーン? しょーん、どこー?」
「ココだよネネ。なに、どうした?」
「お手紙ですよ~。お手紙が届いたようですよ~」
「二回言わなくてもわかるって。誰から?」
それは、聖女選別招集の通達が来て数日後のことだ。
ショーンは、クルードに就く人間としての訓練を終え、汗を拭きながら廊下を歩いていたのだが──指の先でひらひらぴらぴらと封書をチラつかせるネネに声をかけられ、呆れ交じりに返したのが今。
浅い髪色のうなじを湿った麻布で拭きながら顔を向けるショーンに、ネネはひょいっと肩をすくめて答え出す。
「それが、なーんも書いてないの。後ろに《バロル》ってだけ。……『バロル』ってお酒の名前だよね? なんかの隠語?」
「…………?」
ネネに問われ首を傾げた。
ぱっと思い当たる人間は居ない。
バロルはルジェリア産の葡萄酒だ。そんな名前を語る愉快な人間など、彼の知るところでは──
「……!」
何気なく封書をひっくり返したその時、ふわりと漂った煙たい匂いに、ショーンは勢いよく顔を上げた。
──ラヴィズだ。
ダルネスの裏を取るために、リュネット様の伝手で知り合った盗賊崩れの密偵である。
ダルネスを酔わせたあの夜、奴が足で転がし遊んでいた酒瓶に記されていたのが《バロル》だった。祝宴の場では欠かせないそれを、ごろりごろりと踏みつけ弄んでいたのが印象に深かった。
「なぁに? 血相変えて。知ってる人なの?」
ネネが呑気に首を傾げるのを傍目に、ショーンは勢いよく封を破る。
ラヴィズはあの後、正式に密偵として動いている。そのラヴィズがこのような封書を送ってきたということは、何か、陰謀を企てている者がいるということだ。
ショーンは素早く瞳を滑らせ、羊皮紙の文字を流し読み──
「なっ……!? クルード様へ報告を! クルード様!」
「ちょ、ショーン!?」
驚くネネの声も後ろに、彼は石の床を駆けだした。
■
石造りの壁に囲まれた軍務室は、冷ややかな空気が漂っていた。
長年使い込まれた木製の作戦卓が中央に鎮座し、その上には領内地図や作戦書が広げられている。卓の周囲には、重厚な椅子が規則的に並び、騎士団の象徴たる彫刻が椅子の背面を飾る。
壁に並ぶのは、手入れの行き届いた武具。物々しく並ぶ甲冑も、まるで兵士がその場に佇んでいるかのように陳列され、プレニウスの士気の高さを物語っていた。
作戦卓の上に広げられた領内地図と大陸図。
クルードは、護衛や日程の配置を再確認しながら、オルセリアまでの経路を目で追っていた。
要所となる街道や中継地点、休息を取るべき村落を順に押さえ、戦場を支配するかのように目を光らせる。
道中で「何かあったら」いけない。
これは行軍ではなく護衛だ。体力のないリュネットのことも考え、慎重にかつ確実に旅路を終えなくてはならないのだと、神経を尖らせる。
オルセリアへ発つまで、残された時間はわずか。護衛と民心を万全にせねば。
聖女選別の方法も、試験の内容も、また、聖女の勤めも定かでないこの状況がもどかしいが、とにかく行かねばならぬのだ。
不服に思いながらもクルードは、指先で地図上の重要な街道を軽くなぞり、思考を巡らせていた。そんな彼の思索を遮ったのは、慌てた様子で駆け込んできたショーンの声だった。
「クルード様! 大変です!」
「どうしたショーン。今度はなんだ」
息を切らせるショーンに目を向けながらクルードは、「これで何回目だ」と胸の内で毒づいた。
思えばここ数週間、こんなことばかりだ。
いい加減落ち着け・何の恨みがあるのだと、恨み言のひとつふたつでも言いたくなるが、それは、貴族らしくない。伯爵として、ぐっと不満をため込むクルードに、ショーンはそのまま口を開ける。
「オルセリアに発つ日は、明後日でしたよね……!?」
「そうだ。街道に不具合でも出たのか、それとも野獣が暴れているのか?」
視線を手元に戻し問いを投げる。そして、ため息だ。
「……それならそれで本望だがな、リュネットが望むから送り出しているだけで、俺は……」
その口ぶりはクルードらしからぬ、自棄を含んでいた。
彼女の手前、激しく嫌悪も抵抗も出してはいないが、本当は送り出したくない気持ちは変わっていない。これが聖堂でなければ、討って出ていた。
──そう、思うクルードのそれらを全て遮るように。
息を整えたショーンから、その報告は告げられたのである。
「密告がありました。どうやら、ナルシア率いる盗賊団が明日、クルード様とリュネット様の不在を狙って、ラプレニア(城下町)を襲撃する算段のようです!」
「……なっ……! 強襲、だと……!?」




