52:尊大な邪魔者
『リュネットに聖女選別の声がかかった』。
この知らせは瞬く間にプレニウス城に広がり、波紋を生んだ。
「聖女候補だって? リュネット様が?」
「あの『売られた妻』が?」
執事や侍女、騎士団の一部までが口々に噂を交わし、疑念と皮肉が混じり合った声が飛び交う。それも仕方のないことだった。リュネットの烙印は覆ることはないものだし、賊をけしかけた黒幕もまだ捕まっていない。
つまり、教会は『売られた上に盗賊を招いた女を、聖女候補として呼び寄せている』のが大衆の見解だ。
彼女らは口々に言う。
「聖女候補になるなんて、普通は名誉なことだけど……売られた過去を持つ方が選ばれるなんて、少しおかしいんじゃない?」
「まったくだ。神祖カルデウスが本当にそんな方を選ぶのか」
「賊をけしかけた容疑を払拭するために、根回ししたんじゃないのか」
「そうだ! 結局まだ、盗賊頭が捕まっていない! あり得る話だ」
「まったく小賢しい烙印女め。クルード様も、あんな女に嘆かわしい」
使用人たちの間で陰口が絶えなかった。
だが、その一方で、別の声も上がり始める。
「でも、そう悪いお方には見えないんだよなあ……」
「民の人気凄かったものね」
「おれんちのばーちゃん、すげー褒めてたんだよ。領主さまの婚約者だって言ったらカルデウスに拝み倒して喜んでたぐらいでさ~」
その声は少数であったが、それでも確実に、リュネットの行いは周りに響いていた。
一方、街の広場では大騒ぎである。
露店の主や多くの民が足を止め、興奮気味に語り合う姿が見られた。
「リュネット様が聖女候補に? それは確かなのか?」
「礼拝堂の聖女がマジもんの聖女になっちまうのか!? そいつぁすげえや!」
「こらあ、毎日ぶどうパン供えてお祈りせにゃならんなあ」
「あたいも薬草茶のむし」
「だがな、元はと言えば『売られた妻』だろう? あんな過去を持つ方が聖女に選ばれるなんて、何かの間違いだ!」
「選別に加わったところで、本当の聖女として認められるわけじゃないだろうさ」
そんな、群衆の反応は、もちろんクルードの耳にも届いた。
疑念と期待の入り混じる声。
誰もがこの選別に興味を持っていることは明白だった。
──ここは、重要な岐路だ。
リュネットをオルセリアに運ぶか、それとも教会に背き彼女を傍に置くか。
正直なところ、クルードは、リュネットを連れて行きたくない気持ちは変わっていなかった。彼女は、これまでの生涯で唯一、心の底から欲しいと思った女だ。本当ならば一刻一秒たりとも離れたくないし、常にそばで顔を見ていたいのを堪えている状態なのに、なぜ? という気持ちが強かった。
しかし。
この先、リュネットと共にプレニウスを治めていくのであれば、彼女が聖女になるのは最もいい選択であるのは明白だ。
『聖女』の冠は何より強い。
もし聖女の冠を得れば、あの忌々しい『売られた妻』という烙印など一瞬で無に帰すだろう。民も、城内の者たちも、誰もが二度と侮れなくなる。
──今後の体裁・彼女を護るため・自分の安寧。
すべてを丸く収める為、大局を取るなら、リュネットを連れて行くべきなのだが──
気持ちが付いてこない。
リュネットを自らの手で遠ざけることになる、それが恐ろしい。
彼女はどこへもやらない。どんな神の啓示であれ、そう決意していたはずだ。
そもそも情報が不足しているのだ。
聖女の勤めも、選別試験も、その後の暮らしも、全くわからない。オルセリア出身のネネでさえ「極秘」と言うほどだ。そんな得体の知れない制度に従えというのがどうにも気に食わない。
しかしそれでもリュネットは、『神の啓示』として受け止めようとしている。
リュネットが己の意思を固めている以上、無理に引き止めれば、かえって彼女の未来を曇らせることになるかもしれない。
「……あいつは、聖女になることに前向きだ……」
その言葉を自分に言い聞かせながらも、胸の内のざわめきは止まらなかった。
自分の中で押さえつけていた『一人の男としての欲』が、行くなと叫んでいる。
──しかし。
「──神よ。これも試練だというのか」
彼は大きく息を吐き出すと、ゆっくりと広場から視線を外した。
全てを守り抜くために。彼女を信じるために──今は進むしかない。
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「ショーン? しょーん、どこー?」




