47:聖女のお触れ 2
ただでさえリュネットは、"売られた妻"という過去を背負い、ようやく新たな生活を手に入れたばかりだ。
それなのに、なぜ再び理不尽な運命に引き裂かれなければならない?
年齢から外れているリュネットに声がかかったことも、名指しの招集であることも、全てにおいて納得できない。
──ああ、なんなのだ、くそ! 神は俺たちに恨みでもあるのか!
苛立ちそのままガリガリと頭を掻きむしると、一息。
全身の苛立ちを吐き出し自分を抑えるかのように視線を滑らせ、クルードは言う。
「神意、か。……教会に楯突くわけではないが! ……そんな曖昧なものに、大切な人を奪われるのか……!」
「落ち着いてくださいクルード様。まだ『選別召集の知らせが来ただけ』です。リュネット様に適性があるとは限りません!」
「しかしだな、ショーン! あのリュネットだぞ! 行ったが最後、選ばれないわけがない!」
「そのお気持ちはわかりますが……!」
「失礼いたしまーす」
過熱する二人の熱を逃がす様に、のんきな女の声が響いた。
二人揃って目を向ければ、そこに現れたのはリュネットの付き人「ネネ・ヴィズカル」。
リュネットの前では良い子を侍女だそうだ。
ショーン曰く「あいつは猫かぶり」らしいが、今のところ、クルードにとってネネは大人しい侍女だ。
そんなネネは、畳んだタオルを片手に、きょとんと場を見渡すと、
「……あらショーン。旦那様も。どうされました? なにかトラブルですか?」
「「…………」」
「あれ? それ、オルセリア聖堂の蝋印? あ、すみませ……っ」
間の抜けた声から一転。
跳ね上げたように向けた視線の向こうで、ネネが慌てて口を塞いで肩をすくめた。
場の空気に畏縮したのだ。
そう気づいたクルードは、ネネに対し、落ち着き払って声をかけた。
「……わかるのか?」
「ええ。アタシ、オルセリアの出です」
「え!?」
にこやかに頷くネネに、驚いたのはショーンである。
静かに目を見開くクルードを横目に、ネネに一歩踏み出すと、
「ネネ、キミ、そうだったのか!?」
「言ってなかったけ?」
「……聞いてない。全然、」
「そーなの実はオルセリア出身なの。ばっちりしっかりオルセリア産。純度100ぱーせんと。」
陽気に笑って自分を指さすネネに、ショーンが小さく「言えよな~……!」と文句を垂れるが、ネネはどこ吹く風だ。ケロッとしている。
そんなやり取りに、クルードは、すぅ……と一息ついた。
ネネの登場で空気が緩んだ。
先ほどより息がしやすい感覚に、視野狭窄を自覚したクルードの前。
流れるようにネネに向き直るのはショーンである。
彼は呆れ交じりに腕を組むと、
「じゃあキミは、聖女選別の方法や役割もわかるのか?」
「ウン? なんでそうなるの?」
「だって生まれ育った町だろ?」
「ウウン。知らない。全然。極秘」
「えぇ……」
「ネネ。どういうことだ? 聖女の役割などは公表されていないのか?」
「あ、えっと、そうなのです、クルード様」
まともに引くショーンと入れ替わるようにクルードが尋ねると、ネネはパチンと手を合わせて相槌を一つ。
今までのけろりん顔を少し引き締めて、「説明しますね」と言わんばかりに指を立てると、指の先に光を集め始めた。
途端、宙に現れる『どこかの街』。
──展開術だ。
術者の脳内を具現化する魔法術で、比較的ポピュラーなものである。
クルードの軍にもこれを使えるものは多い──が……
その明度や詳細さは術者の力量に作用するらしく、ネネが映し出した「山の中の街」は、今までのどの術者よりも鮮明で立体的だった。
「……これが──オルセリアか?」
「ええ、そうです、クルード様」
ネネの指先。
映し出されたのは、山間部に現れた水上要塞のような街。
水の都・オルセリア。
小高い山をそのまま削ったような街の造り。
最頂部にそびえるのは壮麗なセラフィア大聖堂。
水源である『静謐の滝』から町全体に広がる水路が美しく映し出されている。
その景観は、信仰と水が織りなす神秘的な聖地の姿そのものだった。
「……壮観だな」
「もともとここは、滝しかなかったそうですけど……神聖な場所として、古代に掘削されて街ができたんです」
「音がないと、かえって幻想的なものだな」
「すみません、音まで響かせるほどの力はないんです~」
「十分だ。これだけでも街の息吹が感じ取れる。……で、聖女の役割やその試験内容は?」
「あっ、えと、はい、そうでしたっ」
急に話を戻したクルードに、ネネは若干戸惑うように頬を掻いたが、すぐに続きを話してくれた。




